二兎を追う者
カリフォルニアには、欧州の伝統産地には無い楽しみが多くある。その一つは、「生産者が、自由に品種や畑を選んでワインを作ることができる」ということだ。
例えば、制度的な問題が大きいとは思うが、ブルゴーニュの著名生産者がメルローのワインを作ったり、ボルドーの有名シャトーがピノ・ノワールを仕込んだりすることは、ほとんどない。他方、カリフォルニアでは、ブルゴーニュ品種を手掛けながらカベルネ・ソーヴィニヨンのワインを作ることは珍しいことではないし、他にもイタリア、スペイン、南仏で見られる品種を扱う生産者は少なくない。
異なる品種を栽培しワインを仕込む経験が、さらに生産者の技量を引き上げていくことは想像に難くないだろう。
ただ、筆者は経験上、ある品種の組み合わせには注意する必要があると考えてきた。それは、「ピノ・ノワールを得意とする生産者がカベルネ・ソーヴィニヨンを作ると、あまり上手くいかない(あるいは、この逆も同様)」というものだ。
どうも、ピノ・ノワールを好む生産者がカベルネ・ソーヴィニヨンを仕込むと、味が痩せて奥行きがないワインが多いように思う。果ては、ステンレス・タンクを使用して、なかなかに実験的な味わいのワインを作ってしまうこともある。逆に、カベルネ・ソーヴィニヨンが得意な生産者がピノ・ノワールを作ると、どうにも果実味や樽香が前面に出すぎて、エレガンスに欠けるワインになってしまう場合が、しばしばあるように思う。
ピノ・ノワールを好む消費者が選ぶカベルネ・ソーヴィニヨンが今ひとつであることがあるように(その逆もまた然り)、両方の品種で質の高いワインを作る生産者は珍しいと思っていた。
しかし、最近、そうした経験則も過去のものになりつつあると考えるようになった。例外の一つとして、Paul Latoを挙げることができる。
Paul Latoは、Pinot Noir, Chardonnay, Syrah, Grenacheに加え、Sauvignon Blanc, Malvasia Bianca, Tokai Friulano, ViognierのワインもリリースしているSanta Barbaraの代表的な生産者の一人である。ソムリエのキャリアから裸一貫でワイン生産者に転身し、初ビンテージをリリースする前にRobert Parker Jr.氏に見出されたエピソードは、今やカリフォルニアでもシンデレラ・ストーリーとして有名だ。
そんなPaul LatoからCabernet Sauvignonがリリースされると聞いたときは、耳を疑った。しかも、ブルゴーニュ品種の作り手としてキャリアをスタートした同氏が、一足飛びにNapaの果実を使うというから、期待よりも不安がよぎったのが正直なところだ。
Santa Barbaraにも良質なカベルネ・ソーヴィニヨンを育てる畑は存在する。Napaの力強さを飼いならすには、Santa Barabaraの畑とは異なるアプローチが必要だろう。果たして、そんなことがPaul Lato氏に可能なんだろうか。
ところが、偶然、熱心なインポーターの方のご好意で件のワインを飲む機会を得たことで、こうした懸念は杞憂に終わることとなった。
CavatinaというNapa valley AVA(American Viticultural Area)の果実から作られたそのワインの印象は、カシス、野苺、無花果、オレンジピール、ハーブの豊かな香りが感じられ、瑞々しくも柔らかな飲み口が実にNapaらしいワインだ。ただ、充実した果実味と奥行きがあるにも関わらず軽さが感じられた点が大きな特徴に感じられた。アフターの充実度も申し分ない。
この佳作のNapaのCabernet Sauvignonには、良い意味でPinot NoirやSyrahを手掛ける生産者の特徴が表現されている。ワインの力強さや骨格に頼るというよりも、フィネスに重きを置いているように思う。Paul Latoは、既にPinot Noirだけでなく、ChardonnayやSyrahでも高い評価を得ているが、今後はCabernet Sauvignonでも同様の評判を勝ち得るのではないか。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」とよく言われるが、情熱を持って楽天的にワインを作るならば、カリフォルニアはその限りではないといったところか。
本日のワイン:
Paul Lato Cavatina Napa Valley Cabernet Sauvignon 2019
94+pts
https://www.paullatowines.com