【名盤伝説】”Chicago / 16”
MASTER PIECE USを代表するブラス・ロック・バンドのシカゴの『シカゴ 16』(1982)です。
1967年にアルバム『Chicago I (シカゴの軌跡)』でデビューしたシカゴ。「クエスチョン 67 & 68」や「サタデー・イン・ザ・パーク」などのヒット曲を連発して絶大な人気を誇っていました。
しかし70年代も後半となると、バンドの中心メンバーだったテリー・キャスの突然の事故死(1977)もあり、その活動自体も低迷の時期に陥ってしまいます。
81年のレーベル移籍を機にバンドは心機一転、新たな方向性を模索し始めます。そんな中で制作されたのが、この『16』(スタジオ録音としては13作目)です。
変革その1としてプロデューサーに泣く子も黙るデビッド・フォスターを迎えて特徴となるブラス・セクションを活かしながらも洗練されたテイストを重視したサウンド・メイクにチャレンジしてしたことが挙げられます。合わせて外部のコンポーザーを大胆に導入して収録曲にもバラエティを持たせています。
そして変革その2として、なんとなんとフォスター人脈の大物ビル・チャンプリンがメンバーとして正式に加入したことでした。フラワー・ムーヴメント時代から活動していたビルは、シンガーとしてだけでなくソング・ライターとしても才能を発揮していて、その卓越した歌心は、フォスターと双璧を成すジェイ・グレイドンのスタジオ・ワークでも重宝されていました。そんな彼が正式に加入して、シカゴはどう変わるのか大注目の中でアルバムがリリースされます。
さらにはフォスター制作だけあって、メンバー以外のゲスト・ミュージシャンも多数参加します。TOTOからスティーヴ・ルカサー(G)、デヴィッド・ペイチ(Key)、スティーヴ・ポーカロ(Key)。その他にマイケル・ランドウ(G)もクレジットされています。
アルバムはUSチャートで9位を獲得、プラチナ・ディスクになる大ヒットとなりました。また映画とのタイアップなどもあり、シングル・カットされたナンバーも次々とヒットして、シカゴ・リマスター計画は商業的には大成功となりました。
ブラスよりもハードなギターが目立つA1。ソングライトはマクサスのジェイ・グルスカと後にTOTOのメンバーとなるジョセフ・ウィリアムス。ピーター・セテラの歌声とも相性はいい感じですね。ブリッジのギター・ソロはまさにルーク節全開で、フォスターの大胆なアレンジは圧巻です。まさに時代の音作りというオープニングで期待が膨らみます。
シカゴの曲というよりもシカゴをトリビュートしたというイメージのA2。フォスターとペイチにルークの共作によるナンバー。セテラとビルによる掛け合いのヴォーカルは、馴染みが未だ無い中で一体誰の曲なんだろうという感じでした。旧来からのファンの困惑する顔を浮かぶ一方で、新たなファンの歓喜する表情も交錯するナンバーです。
フォスター節が堪能できるバラードからのハードなブラス・ナンバーのメドレーのA5。前半部分のバラードがシングル・カットされて大ヒットしましたね。今でも大人気の美しいナンバーです。フォスターとメンバーのピーターとロバート・ラムの共作です。
これぞビル・チャンプリンといった歌いっぷりを聞かせてくれるB2。ビルにしてもソロでは活動にも限界があろう中での大物バンドへの加入は、自身の楽曲やプレイの機会も大幅に増えるだろうとメリット満載。これでビルが見れるぞと大喜びするファも多いか・・・って、私のことです^^;。
そしてアルバム・ラストを飾る大ヒットバラードB5。このアルバムのおかげでバラード・バンドのイメージを持たれた方もいるのではと心配になります。フォスターとセテラの共作。この二人の相性は元々良かったのかもしれませんね。
大胆なサウンド改革で勢いを取り戻したシカゴは、暫くこの路線で稼ぎまくります。他のバンドのアルバム紹介でも書きましたが、こうした変化があると従来のファンが離れる一方で新たなファンの獲得に繋がり、その良し悪しや功罪は一概には語れません。ましてや従来路線で行き詰まらなければ、こうした変革も必要ない訳ですからね。怒る従来ファンの方々の(ある意味)せいでこうしたことをしなければならなかったということを、認識していただきたいものですね。と、私はどっちも好きという小狡い立場ですw。
ビル・チャンプリンが加入してシカゴ観に行きましたというエピソードをこちらで記事にしていますので、よろしければご覧ください。