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【名盤伝説】”Paul McCartney and Wings / Band On The Run”
お気に入りのミュージシャンとその作品を紹介しています。ポール・マッカートニーがビートルズ時代を彷彿とさせる大活躍した1973年の締めくくりとしてリリースされたアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』です。
1973年4月にUS盤、5月にはUK盤がリリースされた前作アルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』。その頃のポールの制作意欲はマックス状態でした。
そんな中で次回作の録音をアフリカ元英国領ナイジェリアで行うことになりました。ところがメンバーの意見の対立から離脱が相次ぎ、ポールとリンダ、デニー・レイン(G)の3人となってしまったウィングスですが渡航が強行されます。
しかし予定していたスタジオは完成しておらず、また盗難事件に巻き込まれてデモ・テープや制作資料などが強奪されるなど散々な現場となってしまいます。
結果的にポール自身のマルチぶりを発揮せざるを得ず、ベースとキーボード以外にドラムも担うなど、想定外の展開の中で何とかレコーディングを終えます。
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刑務所からの脱獄犯が追い詰められている様子がモチーフとなっているデザイン。かつてのビートルズ時代のハード・ワーク(監獄)から抜け出したいというイメージがテーマになっているとのことです。
収録曲
A1 Band On The Run
A2 Jet
A3 Bluebird
A4 Mrs. Vandebilt
A5 Let Me Roll It
B1 Mamunia
B2 No Words
B3 Picasso's Last Words (Drink To Me)
B4 Nineteen Hundred And Eighty Five
タイトル曲A1。3部構成のナンバーで、後にシングル・カットされてポールのシングル盤の中で最も長い曲(5:09)となりました。繋ぎの「If we ever get out here」とはビートルズ時代のジョージ・ハリスンの口癖だったそうです。「一体何時になったら仕事が終わるんだよ」という束縛からの逃避や、自由を謳歌したい願望などの色々な思いが詰まっている気がします。
何だかんだと言いながらワーカー・ホリックとして有名なポール。ビートルズ時代にも嘆き節のナンバーは何曲かありますよね。アルバム・ジャケットから脱獄囚のイメージが刷り込まれ、自由を渇望する世界観が出来上がってしまいましたが、仕事のストレスを別の仕事で解消するポールらしい曲だったかなと思います。
ドラムはポール自身。急拵えドラマーの演奏を聞いた周囲のミュージシャン仲間の間では「このドラマーは誰だ」と話題になったそうです。難しいことは一切無しですが、勢いだけでも的確にテンポをキープする、素人感満載のムーグ・シンセのフレーズとともに結果的に良い味となって曲に馴染んでいるように思います。後半のオーケストラ・アレンジが施されて、ようやくプロの作品として聴けるようになっているのかなと感じます。ポールの作品に対して批判的だったジョン・レノンもこの曲は称賛したとされています。
アルバム・セールスが初動で振るわず、急遽シングルカットされたA2。シングルは大ヒットを記録し、この戦略が功を奏してアルバム・セールスも急上昇。リリースから4ヶ月経ってからUSチャートで1位を獲得します。
「Jet」とはポールの飼犬の名前(飼っていたポニーの名前という説もあり)だそうです。とはいえ歌詞には「君のお父さんは、二人の結婚は未だ早い」など、リンダの父親のことを歌っているような部分もあり・・・単に語感の勢いで作ったというのが正解かもしれませんね。コンサートでも大人気のナンバーです。
「1985年なんて誰も生き残っていないよ」と刹那的なB4。ジョージ・オーウェルの名作「1984」のオマージュとされていますが果たして・・・。束縛からの自由を求めて荒野をいくポール達の行く手には何が待っているのか。「永遠の愛を信じていくだけさ」というシンプルなラヴ・ソングで締めくくるというのが無難な解釈ではないでしょうか。
当初アルバムからのシングル・カットを望まなかったというポール。アルバム通して聞くと、トータル感を出したかった意図がよく伝わります。この曲も単品ながらビートルズの名盤『アビー・ロード』のラストの超絶盛り上がりを彷彿とさせる良い曲だと思います。シングルカットされた「バンド・オン・ザ・ラン」のカップリングに採用されています。ポール自身「バンド…」で始まりこの曲で終わることへの拘りがあったのかなと感じます。
時は経って2024年にアルバム50周年記念版が発売されます。今時のアナログ盤のリリースに加えてアンダー・ダヴド・ミックス版が収められます。元曲に様々な音源をオーヴー・ダヴして完成させていくのですが、その逆で、完成版の曲から加えた音源を外していったという、ある意味ではラフ・ミックスのお披露目という企画がなされます。意図は不明ですがアレンジに隠れた生の音に触れられると興味津々でした。
実際に聞いてみると、曲にもよりますが、よくぞこの曲にこんなオーケストラ・アレンジを思いついたものだと感心しきりです。ボーカルの生っぽさが際立つあたりはビートルズの企画盤『Let It Be…NAKED』にも通じるものはありますが、そこまでリミックスしていないので、ほんとにシンプルな出来で「このテイク聴きたいのは、コアなファンだけかな」という印象でした。
一曲だけタイトル曲のマイナス・バージョンをご視聴ください。特に後半のスッピン振りは聞きものです。ポールも間違えているし(苦笑)。
結果的にポールのアルバム・セールスの中でもトップを競う作品となりましたが、当時は様々な事情があったのだなということが知れました。このアルバムは私はリアルタイムで購入しました。そんな事情などほとんど知りませんでしたが、良い曲というよりも、良いアルバムだなという印象で聞いていましたね。
改めてポールの才能には脱帽です。
こちらのマガジンで、ビートルズ解散(1970年)以降の4人のソロ活動についての記事をまとめています。よろしければどうぞお立ち寄りください。