打球分類ごとのEscape Velocity~フライボール革命の幹~

思いつきですが、Escape Velocityの理論(物理の方じゃないよ)を打球分類(ゴロ、フライ、ライナー)ごとにも当てはめてみます。

◆Escape Velocity

Escape Velocityは簡単に説明すると、88mphまでは打球速度で価値に差がつかないんだから88mphからどれだけEscape(脱出)できたかを評価しようという考えから生まれた指標です。

具体的には60mphと80mphと100mphはEscape Velocityでは0mphと0mphと12mphという扱いになります。

一応確認として、打球速度とwOBAとの関係が以下。

88mph以下を等価で評するEscape Velocity95mph以上の打球割合を示すHard Hit %の妥当性が確認できるんじゃないかなと思います。

Escape Velocityは同じ平均打球速度でも85mph + 85mph より100mph + 70mphを高く評価しますが上記の関係を考慮すると野球的に正しい指標であると言えます。

平均打球速度とEscape Velocityで特徴のあった打者の例はこちら。

2021~2023、min 200 BBE、順位は512人中、バントは除く

例えばマイク・トラウト、彼は平均打球速度はメジャー32位に甘んじていますがEscape Velocityはメジャー11位の数値です。
例えばMJ・メレンデス、彼は平均打球速度はメジャー23位ですがEscape Velocityはメジャー84位です。
メレンデスがトラウトより平均して速い打球を飛ばしたことは間違いではないですが、野球的にトラウトより“良い”打球速度を出していたわけではないということです。

今回はこの理論を打球分類ごとにも当てはめたり、打球速度とwOBAの関係を打球分類ごとに見ていきたいなという回です。

◆ゴロ

まずはMLBではすっかり負け打球扱いされているゴロです。

当たり前ですがそもそもの価値の低さが目立ちます。Escape Velocityの理論もなんとか当てはめられそうですが、その閾値は全打球の時より低く設定できそうです。バントやハーフスイングが含まれていて信頼区間の幅も広い低速打球を取り除いて拡大したのが以下。

Escapeできていると言えそうなのは81mphぐらいからでしょうか。全打球では88mphが閾値ですがゴロに限ると80mph程度かなと思います。

仮に80mphを閾値に設定した場合の2021~2023のゴロのEscape Velocityトップ10とワースト10がこちら。

2021~2023、min 100 GB、Ovr Rk.は全打球のEscape Velocityの順位を466人換算したもの

トップ10には当然パワーヒッターが並びますが、W.カルフーンやM.ビアリング、K.ヘイズのような全打球のEscape Velocityでは上位にいなかった選手が気になります。結論を述べると彼らはパワーツールをフライやライナーと比して極端にゴロに使っています。後にまた語りますが良いとは言えないでしょうね。

◆フライ

次はMLBではすっかり勝ち打球扱いされているフライです。

めちゃくちゃ気持ち悪いけど野球を感じられる曲線が浮かび上がりました。
注目すべきは二つの谷でしょうか。50mph付近と85mph付近に人工的かのような谷ができています。フライは守備範囲であればほぼ確実にアウトになる打球なのでこの二つの谷は内野手と外野手の守備範囲と考えられそうです。70mph付近の山はいわゆるポテンヒットでしょうか。

一応スプレーチャートで確認してみます。

打球速度85~90mphのフライを500個無作為抽出
打球速度65~70のフライを500個無作為抽出

フライという括りにおいては85~90mphが丁度悪く、65~70mphが丁度良い飛距離になっていることが見て取れます。ちなみに50~55mphはほとんどがpopupですので当然ヒットになりません。

ではゴロと同じように低速打球を取り除いて拡大します。

半端な数字が多くて美しくない

高速度帯に注目するとEscapeの閾値は92mphとして良さそうですが、58~80mphの山を無視するわけにもいかないのでそこが面倒くさいところ。58~80mphの頂上は98mphと同じ高さなので、それを参考に傾きの違いも補正します。具体的には以下。

・~58 → 0
・58~67 → (打球速度 - 58) × 0.67
・67~80 → -(打球速度 - 80) × 0.5
・80~92 → 0
・92~ → 打球速度 - 92

全然美しくないですが、この計算で求めたフライのEscape Velocityトップ10とワースト10は以下。

2021~2023、min 100 FB、Ovr Rk.は全打球のEscape Velocityの順位を403人換算したもの

基本的にイメージ通りの選手が並んでいるかとは思いますが、気になるところはY.グリエル。2021年首位打者を獲得した彼は決して非力ではありませんがパワーポテンシャルをフライではなくゴロに費やしています。実際グリエルの打球分類ごとのEscape Velocityはゴロが24位なのに対してフライ397位、ライナー265位です。各打球分類の"傾き"を考慮すれば正直もったいなという感想しかないですが、ゴロだから強い打球が打てているという可能性や三振をしないアプローチが影響している可能性もあります。

◆ライナー

最後は打者も投手も制御しづらい最強打球ライナーです。

フライのように打球速度があれば高確率でホームランとなる打球角度ではないので高速度帯ではフライのようなインパクトはないですが、非力な打者でも問題なく出せる60mph程度から安定して価値の高い最強打球です。

例によって拡大すると以下。

切りよく50mphを閾値に設定して問題ないかなと思いますが、問題は72~102mphの範囲。フライの時のように細かい扱いをすることもできますが、woba_valueの幅も狭いので72~102mphは67mphと同じ扱いにして、102mphオーバーは72mphオーバーとして扱います。具体的には以下。

・~50 → 0
・50~72 → 打球速度 - 50
・72~102 → 67 - 50 = 17
・102~ → 打球速度 - 102 +22

この計算で求めたライナーのEscape Velocityのトップ10とワースト10はこちら。

2021~2023、min 100 LD、Ovr Rk.は全打球のEscape Velocityの順位を343人換算したもの

順当にパワーヒッターとパワーレスヒッターが並んでいます。特に触れるところもないですが、アラエスはライナーあたりの価値は低いながら高価値を出すための必要打球速度の小さいライナーをリーグ屈指の割合で発生させているTHE・功打者ですね。

∇総論

ではまとめに入ります。

◆フライボール革命との繋がり

ゴロ(赤)、フライ(青)、ライナー(緑)の打球速度と価値の関係

上記グラフを見ても分かるように打球分類ごとに価値に差が出る打球速度が変わります。今回はその特徴を確認してきました。

Statcastシステムが整備され、打球速度の価値が再認識され、打者が打球速度を追い求めた結果得られる恩恵はゴロを転がしていてもたかがしれています。もちろんライナーは良いですが、ライナーを高確率で発生させるのはゴロやフライのそれとは難易度が違うことは周知の事実です。

フライボール革命"幹"が見えてきたんじゃないでしょうか。

打球速度と打球価値には当然結びつきがあるので打球速度の向上を求めるのも必然です。ですが打球速度向上といってもスイング軌道によってフライ、ライナーの打球速度に差が出る研究もあります。アッパースイングはフライの打球速度を上げ、レベルスイングはライナーです。
ライナーは60mph程度から高価値を持ち、以降の変化の割合も小さいですが、フライは100mph近く必要で以降の変化の割合は絶大です。この観点のみを見ると打球速度向上と合わせ技したいのはアッパー一択ですが、先述した研究によるとコンタクトやタイミング関連はレベルに分があります。そして打球のフライ割合にはスイング軌道等の他に投手の球種コースなど外部の変数も入ってくるでしょう。

打球速度と垂直角度と打球価値がフラレボの幹ですが、今ダラダラ語った部分や水平角度等も含めて思考、実践してフラレボの幹に枝がついて花が咲くと思っています。

フラレボは語り出したら終わらないのでいつか納得できる形で自分でもまとめたいですね。ちなみに今も進行中ですよ。

◆Advanced Escape Velocity

ここからはおまけみたいなものです(なんか凄く長くなった…)。
せっかく打球分類ごとのEscape Velocityとか物好きなことやったので最後にそれをまとめてAdvanced Escape Velocityでも作ろうかなと。まあ察しの良い方ならそんなんxwOBAconじゃんって気づいてそうですが。

2021~2023、min 200 BBE、トップ20と中間の20人とワースト20

通常のstandard Escape Velocityと今回やった打球分類ごとのEscape Velocityを単純に加重平均したbb type Escape Velocityと打球分類ごとの"傾き"も考慮したadvanced Escape Velocityです。
wOBAconとxwOBAconとの決定係数は以下。

2021~2023、min 200BBE、n = 512

まあ当たり前にadvancedはxwOBAconのほとんどを説明できますね。bb typeのしょぼさはゴロのしょぼさみたいなところがあります。フライとゴロでEscapeできた時の恩恵が10倍ほど違うのに等価で評したらそらそうなります。standardは88mphオーバーしか拾わないことで間接的に傾きの大きいフライの影響力を大きくできています。こういうシンプルな作りだけど間接的に他の要素も考慮できているセイバー指標は多いです。

ではstandardとadvancedで差がでた選手をピックアップします。

トラウトは平均打球速度でも過小評価?されていましたけど、standardでもトラウトの打球の価値は捉え切れていません。トラウトはゴロやライナーよりフライのEscapeが得意で、かつフライ率も高いという点でパワーツールを野球に効率的に変換しているさまがうかがえます。

トラウトの他にもパワーをフライで発揮できている打者が左側に並んでいます。フラレボを語る際に重要参考人になる人たちでしょう。またコンタクトに難を抱えている打者が多いのも偶然ではないでしょう。

対して右側の打者はパワーツール(Escape能力)がありながら、恩恵を非フライで享受している打者やフライを発生させられていない打者たちです。

暴力的な上半身からセンター逆方向に強烈なゴロを放つY.ディアス。彼もフラレボの重要参考人になりそうです。ディアスは高いゴロ率ながら、ゴロの打球速度や水平角度が優秀です。しかしゴロで打撃貢献を稼いでいるというよりかはゴロのマイナスを抑えているという方が正しいです。
ディアスはフライでマイナスを叩きながらゴロのマイナスを抑えてライナーでプラスを稼いで非打球でもプラスを稼いでいます(K% 14.1, BB% 12.5)。

正直右側の打者はタイプが多様なので語ってたらキリがないんですが、言えるのはパワーポテンシャルを生かし切れていない可能性があることですかね。ただヘイズはあのゴロが多くなるスイングプレーンだからこそ打球速度が出ているようにも思えますし、そのような向き不向きがあるならさらに複雑な話になってきます。

ちょっと話が長くなりすぎているので優等生風にまとめると、「パワーはフライで生かした方が良いけれどコンタクトとトレードオフの可能性やスイングの向き不向きの考慮もしましょう」ですかね。

◆余談

散々Escape Velocityを語っていてなんですが、今はEscape Velocityなんて確認できません(多分)。というのも物理の脱出速度と紛らわしくなる名前がいけなかったのかEscape Velocity 10mphと言われても想像がしづらいのがいけないのか、Adjusted Exit Velocityという名前に変わり88mph以下が全て0ではなく88mph以下は全て88mphという計算方法に変わりました。まあだからAdjusted EV - 88がEscape Velocityですね。

今回はEscapeという単語が打球速度と打球価値の関係を語るにおいて有用な単語だなと思ったのでEscape Velocityのままにしときました。Escape Velocity改めAdjusted EVは結果を測るだけでなく才能を測るのにおいても優秀らしいのでぜひ参考にしてみて下さい。












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