呪術廻戦最終話に寄せて
呪術廻戦の最終話を読んだ。大学受験が終わった開放感から1期のアニメをNetflixで見てハマり、予備校で荒稼ぎした図書カードで続きのコミックスを揃えた。あれから4年。私は大学の卒業を目前に控え、呪術廻戦は今日最終話を迎えた。
就活でメンタルが押し潰されそうななか読む死滅回遊はとても体調に悪かった。展開が進むごとに死んでほしくない人が死に、状況はどんどん悪くなり、どうすればハッピーエンドに収まるのかが見えない。読んでも幸せな気持ちにならないのに、面白くて毎週読む手が止まらなかった。日付が変わった瞬間、一番最初に読んでは沈んだ気持ちで眠った。こんなにも幸福感に結びつかない面白いがあるとは知らなかった。辛い!面白い!悔しい!と悶えながら読まざるを得ない、そんな漫画だった。けれど、最終話を読み終えた今では、辛くなるから読まないほうがいいと思いながら面白さに負けて読んでいたあの時間は、今のハッピーのための準備段階だったのだと思う。
呪術廻戦は呪胎戴天編で伏黒が言った「自分が助けた相手が人を殺したらどうする?」(表現が違ったらごめんなさい)が虎杖と伏黒自身に呪いのようについて回った物語だったと思っている。宿儺がしたことは虎杖の罪でも伏黒の罪でもないけれど、あの日私情で虎杖の命を救わなければ違う未来があったかもしれなかった。
だから、渋谷を更地にしたことを虎杖が自分の負い目として抱えたように、伏黒は五条の死も津美紀の死も自分のせいだと思ってしまうんじゃないか、耐えられないのではないか、と思っていた。
最終話で五条が虎杖に伝えた「期待してるよ」は、後進育成を使命とした五条の教師としての生き様を象徴する一言だと思う。虎杖がその言葉を他人にかけたことは、二人を苦しめた呪いが解けた証拠ではなかろうか。助けた相手がきっと未来で良いことをすると期待することは、助けた相手が未来で人を害することを心配するよりずっと素敵だ。
東堂が渋谷で虎杖に言ったように、呪術師は連環の中で戦いを繋いでいくものなのだ。先の術師に期待をかけて、呪いは廻り繋がっていく。
決して王道をなぞる物語ではないけれど、タイトルや初期の展開の回収が鮮やかで、あっぱれ!!と声をかけたくなった。ありがとう、呪術廻戦。本当に面白かったです。
余談だが、最終話で出てくる呪詛師の能力が「人の目玉を大きく見せる」というどう活かしたらいいのやらわからない冗談みたいなものだったのがなんとも呪術廻戦らしいなと思う。大事な展開にしょうもないギャグを噛ませてくる芥見先生のギャグセンスが好きだ。羂索の正体が芸人顔負けのオモロ狂だったなんて誰が思う?夏油推しでずっと羂索に腹を立てていた私は怒りの矛先を見失って今もなんかお腹がもにょもにょしている。
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