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彼女と卵形の歯の笑顔
笑ったその人の卵形の歯が見えて今日もうっとりした。とてもよく似合っている。彼女とは地域が主催するワンコイン英会話教室で知り合って、半年前からお茶をするようになった。
英語はあまり上達していないけれど、お昼にあった講座では文法とかは気にせず積極果敢に発言していてみなを笑顔にしていた。そして最近の恒例通り、近くの喫茶店でお茶をした。普通に恋仲になりたいと思っているのだ。
彼女は八重歯を含んだすべての歯が卵形だ。人間の歯は基本的に四角なので目を引くし、笑うときはとてもにっこりするのでさらに目を奪われる。いっつも「キュートだなぁ」と思うけれど、本人には絶対に言わない。
以前、私は仕事でちょっとだけ歯科医のコラムを担当する機会があり、歯について一通り調べた。酸で溶けてしまうこと、骨と一緒で一度損なわれてしまった部分は二度と再生しないこと。
彼女の素敵な卵形の歯は、かつて何かしらあまり良くない不都合が起こった結果なのだとはわかっている。だから安易に褒めたりはしない。でも、彼女の笑いかたと歯は本当に素敵だ。10代の頃は大変だったと、少し前に過去も話してくれた。そのうえで彼女が過去を含めて自分をきちんと肯定していることが、その笑顔でよくわかる。
もし、彼女自身が気にしていたら笑うときに思わず手で覆い隠したくなるはずだ。歯を見せない微笑みになるかもしれないし、開く範囲も限定的になるかもしれない。けれどその人は自信を持って大口を開けはっきり笑う。その清冽さにうっとりする。明るい彼女にとてもよく似合っていると思う。
彼女は何かを乗り越えて、今の彼女になれたのだろう。きちんと。
本当は、四角く正しい歯のほうが生活するうえで楽だし健全だ。余計な視線も浴びなくて済む。予防できるに越したことはないのだろう。
でも、と、私はどうしても思ってしまう。でも手遅れになって不可逆になったって、それなりに素敵な毎日が待っていると思いたい。
だから私は彼女の素敵な卵形の歯と、彼女自身を全力で肯定するのだと、明るい彼女と接しているうちに決めた。まぁ、本人が肯定できているからこそ、あの笑顔ができ、あの素敵な歯が見えて、私はうっとりできるのだろうけど。
「それでね」と、彼女がコーヒーを一口だけ飲んで最近あったちょっとした小話を始める。
ーーもう元気になったとはいえ、彼女の素敵な卵形の歯はおそらく多くの人よりも早くその寿命を終えるのだろう。インプラントかブリッジかその他の選択かはわからないけれど、もし彼女と恋仲になれたら、いつかその日を一緒に迎えたい。
それまではこの素敵な卵形の笑顔で存分とうっとりさせてもらおう。ただその前に、今食べてるアイスがなんだかちょっとしみるから、ちゃんと歯医者に行かないと。人様の歯にうっとりしている場合じゃなかった。
彼女はなんだか楽しそうに話を続けている。心地よい空気に満たされている。外は晴れていて、その人はずっと笑顔で、はっきりと笑っていた。世界は今日も平和だった。卵形でも歯茎がしみても、世界はきちんと美しかった。
みなに幸あれ。