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「もう少し身長があれば」が実現すると、世界は途端に怖くなる
ある日世界が反転する個人的な発見があって、ちょっとびっくりし、街中の歩道で立ち止まった。つられるように立ち止まった、一緒に歩いていた女友達に思い切って話してみた。
「あのさ、僕175センチなんだけど、ある日を境に突然、僕と同じかもっと背の高い女の人とかなり沢山すれ違うようになったんだ。今もすれ違った」と、170センチ後半はある女性を見ながら言った。
「だからどうってわけじゃないんだ。高い低いはどうでもいいんだ。でもある日を境に本当にすごく多くなって。底の厚い靴やヒールってわけでもないんだよ。都会ならまだしもここは田舎だし、170センチ以上の女性がそもそも1~2%しかいないはずだから、にしては多すぎる。一回気になりだしたら目に留まるというレベルを超えてるんだ。ある日突然なんだよ。身長が有利になるスポーツのプロチームでも発足したのかな?」
その人は何か含みのある顔で笑顔を作り「あおさん気づいていたんですね」と言った。「プロチームのことじゃないですよ。そんなチームは発足していません」。
「実はですね、あおさん含んだ男性全員が毎日少しずつ小さくなっているんですよ。反対に私達は少しずつ大きくなっているんです。皆それにまだ気づいていないんです」。彼女は何かとても重要な秘密を打ち明けるときの一種の優越感を内包した声で言った。
その彼女はいつも半ば本気で奇妙なことばかり言う子だったので、それ嘘でしょといなした。その人は少し悲しそうな顔をして、一度こっちを見、歩道の20センチくらいの縁石にひょいと乗った。世界がぐにゃりと歪んだ。眼の前の彼女への認識が変わる。
「どんな気分ですか?」と、眼の前にいる、私より背の高くなった彼女が意図して上から覗き込むようにして言う。
「えっ?」
「今どんな気分ですか?」
怖い。彼女の身長は160センチちょっと。でも今は目線が私よりずっと高い。怖い。
「明日目が覚めて、世界が全部こうだったらどうですか?」
「……怖い、と思う。すごく」と正直に言った。
もしも「女の人の身長が高くなったら」ではない。he でも she でも they でも it でも、もし自分以外の全ての人や物が20センチくらい大きな世界に明日なっていたら怖いと思った。奇妙な設定への移行より、圧迫感が怖いと思った。
ーー「教訓なんかないですよ」と、戸惑っている私に彼女が言った。そして縁石から降りた。世界の設定がもとに戻った。「でも怖かったでしょう?」
「うん、とても怖かった」。すごく怖かった。
それから夜になりそうな街中を、2人で「怖かったでしょう」「うん、怖かった」と何度も言いあって帰りの駅まで歩いた。
友達が彼女で良かったと思った。なんでかわからないけど良い一年になりそうだなと思った。でももし、今度また彼女が「私たちは少しずつ空を飛べるようになっているんです」とか言い出したら、やっぱりちょっと怖いかもな。
みなに幸あれ。