二つ目 一方通行の連絡
長く、長く………、ひとりぼっちで暮らしているうちに、少し、思い出したことがいくつかある。
二つ目
別れ際に渡したのは、メールアドレスと電話番号、引越し先の住所を書いたメモだった。
「帰ったら、すぐ連絡する!」
そう言って、彼は去っていった。そこは、いつもみんなで集まって、いつまでも駄弁った自動販売機の前、小さな交差点で、それが、彼と同じ学校に通った、最後の日だった。
結局、彼から連絡はなかった。ぼくは、彼の連絡先を知らなかった。聞いておけばよかったと後悔したのは、大分あとになってからのことだった。どうしてだろう。連絡先は一方通行で、だから、待つしかない。そのときのぼくは、自分が連絡を待つ側であることを、当然のことだと思った。
ぼくは、いつでも、待つ側の人間だった。
ケータイの画面をスライドさせると、クターのカレンダーの待ち受け画面が明るく現れた。着メロも、クターのエンドロールだった。思えば、彼とは、このときになるまで、ケータイで連絡をとったことがなかったことに、今更気がついた。自分が、彼のアドレスを知らないことも、やっぱり、当然のことのように思えた。
十四年経っても、こんなに長く、ひとりぼっちで暮らすことでもなければ、たぶん、思い出すこともなかったと思う。新しい学校に行けば、新しい友達ができた。次第に、前の学校の友達のことは、気にもかけなくなった。
ぼくは、彼がまだ、家に帰ってないんじゃないかと想像してみた。あの、赤い自動販売機の前、小さな交差点で別れた彼は、そのまま、どこかに消えてしまったんだと思ったら、ちょっと納得ができた。
彼からメールも電話もこなかったことを、当時は、とても悲しんだ。別れる前、もう一度だけ、会う約束をしたから。
だからそう、たぶん、もう一度だけ話せたら、満足して、その後一生、会うことがなかったとしても、何も思わずに済んだと思う。でも、それは時間の問題で、大きな時間で見れば、大した違いではなかった。事実、ぼくは、このひとりぼっちの生活になるまで、彼のことを思い出しもしなかったのだから。
引き出しを開けると、もう使えなくなった白いスライド式のガラケーが残っている。電話番号も、iPhoneに乗り換えたときに、変わってしまった。
あの頃のぼくは、いつまで、彼の連絡を待っていたのだろうか。
「そっちの連絡先も教えてよ」
連絡先を必ず交換するようになったのは、それから大分、経ってからのことだった。もう、自分が連絡を待つだけの側になることは、なかった。
別れ際に受け取ったメモには、メールアドレスと電話番号、それと、あいつの引越し先の新しい住所が書かれてた。あいつの字はいつも汚かったけど、そのメモは、ずいぶんときれいな字で書かれてたのが意外だった。
「帰ったら、すぐ連絡する!」
そう言って、俺は家に帰った。いつも仲のいい全員で集まって、くだらないこと喋ってた自動販売機の前、そこの交差点で、俺たちの帰り道はバラバラになる。あいつと、最後に別れたのもそこだった。
家に帰って、すぐにケータイを出した。メールアドレスを打ち込んで、電話帳に登録してからメールを送った。だけど、送ったメールは、何度送り直しても戻ってきてしまった。aとdとか、Oと0とか、lと1とか……、紛らわしいアルファベットや数字を入れ替えて、何度も試した。でもダメだった。
バカ。アドレス、間違ってんじゃん。
電話をかけてみようと思った。だけど、最後の通話ボタンを押そうとして、指が止まった。
あいつに電話して、何話すんだろ?
結局、あいつに連絡をすることはなかった。
もう、十数年も前のことだ。
こんなことを思い出したのは、電話帳だった。LINEとTwitter(「X(旧Twitter)」と呼ぶことは、この先も絶対にないと思う)の時代だ。大学の後輩に至っては、もはや、それすら先輩との連絡にしか使ってなかったりして、だんだんとおじさんおばさんたちのものになってきた感がある。
であるからに、ケータイの電話帳なんて、そんなものが存在してたことすら忘れてた。ただ、機種変更のたび、ガラケーからスマホに変えたときさえ、データだけは律儀に(というか、店員に言われるがままに)引き継いでたから、小学生の頃の友達の番号まで残ってた。
なんか、面白かったから、久しぶりにぱらぱらとスクロールして眺めてた。そしたら、それこそ懐かしい名前があった。中二の終わりに引っ越しちゃった奴だ。確か、アドレス、間違ってたんじゃなかったか。
しばらく、布団の上で寝転がりながら、電話番号を眺めた。
こっちの電話番号は、通じたんだろうか?
どうしてだろう。画面に映った電話番号を、すんなりと、俺はタップした。すると、呼び出し音が鳴りはじめる。しばらくすると、ピーという耳障りな音がした。機械音じみた女の人の声のアナウンスが流れる。
<こちらは、NTTドコモです。おかけになった電話番号は、現在使われておりません。おそれいりますが、番号をお確かめになって、おかけ直しくださいーーーこちらは、NTTドコモです。おかけになーーーー>
そこで、通話を切った。
現在使われておりません、か。この番号は、いつまで使えたんだろう。
「俺のラインも教えとくよ」
気がついたときには、必ず連絡先は交換するのが習慣になってた。
もしあの時、俺もアドレスと番号を渡してたら、あいつは、俺に連絡をくれたんだろうか。