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すれ違うための公園
長く、長く………、ひとりぼっちで暮らしているうちに、少し、思い出したことがいくつかある。
一つ目
十四年前、ぼくはまだ、中学二年生だった。「K駅」の改札を出て、腕時計に目を落とすと、まだ14時20分を少し過ぎた頃である。約束の時間までは、まだ30分以上あった。
12月も終わりに差し掛かる冬休みの3日目、「K」で会おうと約束をした。駅を出て、遠目にドーム球場を見ると、ぼくは独り言を言った。
「Kって、どこだよ」
いつもの公園と言えば、暗黙の了解で、公園内にあるスポーツセンターの前と決まっていた。M駅と言えば、暗黙の了解で、改札前の丸い柱横と決まっていた。そもそも、慣れない場所で待ち合わせること自体がこれまでになかったので、お互いにうっかりした。「K」は広い。どこで会うのか分からなかった。
その頃はまだ、ぼくの住んでいたあたりで、ケータイを持っている中学生は珍しかった。一部、持っているやつもいたが、そのグループは、とてもぼくたちが仲良しになるようなメンバーではなくて、今ならLINEでも何でもするところだろうが、お互いに連絡を取り合う手段がなかった。
ぼくは、K駅を出てすぐのところにある公園の広場で、ベンチに座った。毎年、恒例でやっている七福神巡りの集合場所が見える。あいつは律儀で頑張り屋だから、今年も七福神巡りポイントラリータイムレースに参加していた。応援がてら、中学生もできる交通安全ボランティアとして、レース後半に差し掛かるポイント、ものすごいスピードで通り過ぎるあいつに「がんばれ」と叫んだものの、後で聞いたら、ぼくの存在にすら気がついていなかったらしい。
あいつが、電車で来るのか、自転車で来るのか、はたまた走って来るのか、分からなかった。せめて、電車で来ると分かっていれば、改札前で待っていたのだが、やつのことである。自宅から走ってやってきそうでもある。仕方がないから、直近の思い出である七福神巡りポイントラリータイムレースの集合場所が見えるところに陣取っておくことにしたのだった。
それにしても、公園は静かだった。隣のベンチに、親子が荷物を置いてサッカーをしている。イベントをしているときにしか来たことがなかったので、この場所が、こんなにもだだっ広く、何もない場所だとは、これまで知らなかった。
好きな本を読んで待った。一時間半。16時まで待って、結局、あいつとは出会えなかった。
「お前、絶対忘れてただろ」
冬休み明け、開口一番、こいつに言われたのが、その一言であった。どうやら、こいつは、約束の時間通り、15時ちょうどに公園に来ていたらしい。
「いや、お前のことだから、絶対に忘れてると思って帰ったんだよね」
と、続けて言われた。一応、グルッと一周公園を周ったのだそうだ。ということは、広場に座っている間に、ぼくは、こいつとすれ違っていたことになる。
「忘れてないよ。2時半から、4時まで公園にいた」
ぼくは答えた。何気なく答えただけだったのだが、一瞬驚いたように、小さな声で「4時………」と、こいつが呟くのが聞こえた。なんか、変な間ができたので、ぼくは続けて言った。
「そしたら、場所、決めておこう。場所決めておけば、そこで待ってれば会えるでしょ」
「たしかに。じゃあ改札」
「改札じゃだめだよ。中か外か」
「外」
「何口?」
「あー、もー……、じゃあ、中央の改札を出て、すぐ正面! 北口と南口に分かれるところ!」
オッケー、と、ぼくは答えた。
「次の土曜日にもう一度待ち合わせよう。いい?」
オッケー、と、ぼくはもう一度答えた。
1月15日の土曜日、ぼくは、K駅の中央の改札を出て、すぐ正面、北口と南口に分かれるところに座り込んだ。腕時計に目を落とすと、午前9時を少し過ぎた頃である。約束の時間までは………。
遠目に改札を見ると、ぼくは独り言を言った。
「次の土曜日って、いつだよ」
時間について、何の暗黙の了解もなかった。「次の」というのは、今週の土曜日なのか、来週の土曜日なのか、分からなかった。そもそも、慣れない場所で待ち合わせるのは、これがまだ二度目だったので、お互いにうっかりした。「土曜日」は長い。いつ会うのかも決め忘れた。
それでもぼくは、待つことにした。
本を開いて、読んだ。電車が到着すると、たくさんの人が改札を出てくるのを眺めた。お昼ご飯は、すぐ目の前のキオスクで、焼きそばパンを三つ買った。ちょっと奮発してみた。七時間。16時まで待って、結局、あいつとは出会えなかった。
「明日の土曜日、忘れるなよ」
金曜日の帰り道、道が分かれるところで、こいつに言われた。
「ああ、そうだった。何時?」
ぼくは、何事もなかったかのように聞き返した。
「えーっと、じゃあ、前と同じで3時にしよう」
オッケー、と、ぼくは答えた。
15日。先週の土曜日、ぼくが、K駅にいたことは、言わなかった。何気なくそれを言ってしまえば、またこいつは、一瞬驚いたように、小さな声で何かを呟くに違いない。あの変な間を、今度は取り繕える自信がなかった。申し訳なさそうにするこいつを見るのが、あまり好きじゃなかった。
何より、ぼくは待つのが好きだった。あの冬休みの日。あの15日の土曜日。きっとぼくは、こいつが来ないことを知っていた。すれ違うために、駅に行った。すれ違うために、公園に行った。そして、来てくれたなら、嬉しいな。そう思って、わくわくした。
「じゃあな」
ほーい、と、ぼくが答えると、お互い別の方向に歩き出した。
そうだ、明日の待ち合わせも、9時に行こう。あいつが来るまで六時間。あいつが来たら、今来たみたいな顔で、声かけよう。まるで偶然、同じ場所に居合わせたかのように。
だって、暇つぶし用の本は、もう決めてある。