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子育て日記。いつまで一緒に遊んでくれるだろう?

ちょうど1年前に、子どもの世界が広がって親の顔を知らないお友達も増えるのかな〜?と記事にしていた。家の近くのお祭りでのこと。

1年経って、また保育園の時のお友達とその親御さんとお話しして、こうして集まれるのいつまでだろう、って話して少し寂しくなった。

保育園のお友達のおうちとは、たまに集まって花見をしたり祭りに参加したり…でもきっと、みんなそれぞれ忙しくなっていつか会えなくなるんだろう。

地域の祭りが盛んな地に暮らして、この祭りも、輪の中に居続ける生粋の地域人と、輪の近くにいる人、遠くに行く人、近くに住んでいても遠ざかって行く人、いろいろいる中で続いて行くのだと思う。

「いつまで集まれるんだろう」
それは子どもが遠くに行くことにほぼ等しい。
親の知らない子と親しくなったり、親の知らない顔を持つようになる。

保育園のお友達とは、また会えるけど、別に会わなくていい、なんて子どもが言い出す時が来るかもしれない。

今は、習い事や学童や小学校や、何らかの接点を持つ子どもたちもいつか電車で通う学校に進学し離れ離れになるかもしれないし、受験生になったら忙しくて会えない。

仲良しのママ友らとまた会うってことがあっても、子どもたちがみんなで集まるのはいつか最後が来るんだ…とみんな少なからず思っていた。

それに比例するように、今年は、私も名前を知らない息子のクラスメートや、その親御さんにたくさん会った。

「初めまして」なんて挨拶をするうちに不安が広がっていく。

うちの子、この子に迷惑かけてないかな。
なんかやらかしてたらどうしよう。

親の知らないことが増えるから当然だ。

あと、もう一つ気づいたことが。

お父さんお母さんに付き添われない子どもたちって何歳なんだろう?!

あと数年で「どこか行こう!」と言っても「いい」とか言われるかも。(逆にいつまでもベタベタしているほうがやばいか…)

そういえば私は小学校高学年がそんな感じだった。反抗期だった…長い長い反抗期…。

自分の苦々しい子ども時代の思い出と、子どもたちの世界が広がる何とも言えない寂しさと緊張が入り混じって、感情が忙しかった。

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