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宇宙を砂つぶ、いや、次元の世界で考えてみた

※このノートは科学論文でなく単なる随筆の類です。


さて宇宙という摩訶不思議なものがこの世にあることが実に不思議だ。宇宙が生まれる時に微小の点から生まれて急激なと言うか瞬時の拡大(インフレーション)からのビックバン。

そんなバカな。。。

第一自分の体一つとっても微小な点になりやしないのに、地球がどんなに圧力かかったって微小な点になどにならないはずなのに。
それなのに太陽系が、銀河系が、いや系外銀河を含めて140億光年かなたまでの全ての物体が微小の一つの点から生まれて一気に拡大して宇宙になっただと?

そんなバカな。あり得ん、絶対あり得んて!

そんなに縮まるなら電車なんで一両あれば首都圏のラッシュ時間もどうということない。電車が来たらシュッと縮んで、駅に着いたらまたボワっと膨らめばいいのだし。

いや鉄道一両もいらんね。チョロQだけて世界中の人が収まってまだお釣りが来る。

家も土地も小さくて済む。日本が海岸の砂粒一つ以下だよ。ありえんが、あり得たら実におもしろい。

いやいや話がそれた。宇宙の話だ。それが砂つぶ一つに満たないというところから広がったと?それも一瞬で?

嘘つきやがれ。。。

仮にだ、宇宙が砂つぶ一つだったとしたら、その外側には何があったのさ。それを説明すらできないのに。

もしかして宇宙は海岸のように前後左右上下砂つぶの宇宙まみれなのではないか。

別の宇宙がたくさんひしめき合って、どこみても宇宙だらけ。宇宙が一つだなんて誰も決めてないけど、多分そうとしか思えない。

そう考えると実に面白い。で例えばビックバン起こしたら周囲の砂つぶの宇宙ははどこかに吹き飛ばされてしまう。いや吸収されちゃうのかもしれない。ひしめき合ってる無数の宇宙が順番に爆発的に大きくなって、周りの物体を自分の宇宙に取り込んで拡大して、星を、銀河を作る。

そしていつの日か、我々の宇宙は萎んで消えていく。なぜなら隣にあった砂つぶの宇宙が膨らみ始めたから、その原材料として。

宇宙の物質はあたらしく生まれた宇宙に全てを奪われてまた砂つぶに戻る。全ての宇宙が代わるがわる爆発して物質はその間を行ったり来たり。

そんなところなんじゃないか?見た訳じゃないし見える訳ないのだけど、何もないところから無限大の質量なんて生まれるわけがない。。。

素粒子だのクオークだの、自分には訳の分からない現代宇宙物理学者の理論から言われせば、おまえ今更一体何を言っとるんか?ということだが、だってそうでも考えなければだって納得いかないのだもの。

我々はその砂つぶの集まった空間のことを知らないだけなのさ。

次元が違うから。

毎回宇宙のことを考えると頭がおかしくなってくるのだが、昔から考えていたことがあるのでまとめてみよう。

⚫️次元の世界と丸いもの

これがまあタイトルです。どこかのドラマの初回みたいですね。相当話が進んで、終わる頃にオープニングタイトルが始まるみたいな。笑

一次元の場合
さて、先ずは一次元だ。そしてこの先、オプジェクトとしていわゆる「丸いもの」で考えていく。
一次元とは線だ。一次元の世界は一本の線しかなくて、そこに点としての自分がいる。
隣の住民と出会うと、お互いそこまでしか進めず、挨拶だけして帰るしかない。でもそこをうまく利用すれば、相手が後退するたびに前進することで自分の領域を増やすことができる。でもそうすると後ろから別の人に領域を奪われる。まあ陣地争いみたいなもんだ。それはそれで駆け引きもあるだろうから楽しいかもしれない。

おっと、ここはそういう話をしようとしたのではないので、「次元とは」という話にもう少し付き合ってくれ。

そんな世界に丸いものってなんだろう。線しかないので、それが丸いものとしか言いようがない。あえて言えば点ではなくて長さのある線なのだろう。
さて、もしこんな世界に2次元の円が交差して通り抜けたとしたら、一次元の人にはどう見えるだろうか。
2次元の世界は平面だ。丸いものといえば円だ。ドルじゃない。(失礼)
同じ平面上で、一次元の世界の線に円が通り抜ける時、まず接点から始まる。つまり点だ。
しかしその点は一瞬で線に変わるがその時のスピードは最初の無限小の時間だけ無限大だ。
そして交差が進むに連れて線が長くなってくる。で、中心に近づくと長くなるスピードが遅くなり、中心で長くなるのが止まり、そこから先はここまでと反対のことが起きる。最後は点になって消えるのだ。
一次元の世界だとこうなる。で、宇宙との関係はさておき、次の二次元の世界だとどうなるか見てみよう。

二次元の場合
二次元の世界は面だ。二次元の世界では前後左右があるけど上下がない。ちゃんと言えばXY軸があるけどZ軸がない。
無限に続く平面の中に点としての自分がいる。
多くの人があふれていると、まるで囲碁のようにひしめき合い、そこで陣地を構えることもできるし、人とぶつからないように避けることもできる。
だけど、その平面から上にも下にも逃れることはできない。一本の線が引かれたら最後、そこから先には進めない。なぜなら跨ぐという概念がないからだ。そういう意味ではそこが世界の終わりだ。
ある意味、飛べない跨げないならば、人間も二次元の生き物だ。鳥や魚は二次元を超えた存在だけど、宇宙規模からいえば海や大気という薄いほぼ平面の中で生活して居るから二次元に近いとも言えるだろう。
まあ、そんな世界だが、では丸いものってなんだろう。円である。ドルじゃない。(あ、また書いてしまった〜失礼🙇‍♀️)そして、先ほどと同様に話をトレースして行こう。三次元の丸いものはまさに球であり、球が二次元の平面を横切るとしたら、二次元の世界に住む人にはその断面である円しか認識できない。
ただ、同じ平面からしか見ることができないので、円という丸い形は認識できず、自分の世界に立ち入ることができない障壁(線)ができたようにしか感じない。ただ、左右にまっすぐ伸びる線と違って、曲線であり有限のエリアだ。その線に従って歩いていくとなんと元の場所に戻る。
地球が丸かったことをなかなか人がわからなかったように、二次元の人にも円が丸かったかどうか、実は分かりにくい。大きければ大きいほど無限に境界が続くのである。だから、円は丸い!という人は変わり者扱いされるかもしれない。
賢い人がいれば、測量してこの曲線は円弧だ。ずっと同じ曲率で繋がっていれば円になると判断できる。
さて、円は認識できたとしても、それが球であるとは二次元の住民には到底知ることはできない。目の前にできた境界が円であるかすらやっと認識できるレベルなのに、球を想像することもできないのだ。
三次元の住民である我々からすれば何をそんな簡単なことをと思うかもしれないけどね。
で、三次元物体である球が、二次元の世界を通り抜けたら、二次元の人から見たらどう見えるだろうか。
一次元と同じ流れだ。まず球が平面に接した時は点だ。そしてその点は一瞬で円に変わるが、その時のスピードは最初の無限小の時間だけ無限大だ。
そして交差が進むに連れて円が大きくなってくる。で、中心に近づくと大きくなるスピードが遅くなり、中心で拡大が止まり、そこから先はここまでと反対のことが起きる。最後は点になって消えるのだ。
二次元の世界だとこうなる。では次の三次元の世界だとどうなるだろう。いよいよ私たちの次元だ。

三次元の場合
いよいよ三次元だ。とは言え、同じことの繰り返しだろう。そろそろ皆さんも飽きてきたのでは。でももう少しだけこの遊びにつかあってくださいね。
まず、丸いものとは「球」になる。さっき二次元と交差しても二次元の人は認識できなかった球である。
我々は球といえば、もうたくさん使いこなしている。例えばサッカーボール、野球のボール。ピンポン玉、びーだま、パチンコ玉。。。世の中球だらけだ。でも今挙げたものは小さいね。
もっと大きな球をイメージしていこう。USJの入り口にある地球儀のオプジェ。気球はちょっと形が歪かな。ぷらねたりうむ?半分しかないね。大きい球って意外と少ないね。
いやいや、地球や月、惑星、太陽みんな球だ。デカい球もあるねえ。もっと大きいの?アルデバランとか大きいらしいよ。
いやいや、そうじゃなくで星じゃなくて、他にあるかな?
そう考えると、星より大きな球体はないのかもしれないね。小さいのはナノメートルサイズのものもあるようだが。
おっと脱線した。話を戻そう。
二次元の時と同じ流れだが、そもそも三次元の空間を通過した時に球に見えるものは何か、という話になる。そして、二次元の住民は円はわかっても上の次元の概念がないため、それが球であることを知る由もない。
なので我々も球体が、上の次元で何であるかを知りようがないのである。
ただ、起きること推定していこう。
まず、その丸い物体(Aと呼ぶことにしよう。)が三次元空間に接した時、まず点から始まるのは同じだ。
そして、その点は一瞬で球に変わるが、その時の球体が膨らむスピードは、最初の無限小の時間は無限大だ。
そして物体Aの交差が進むに連れて球体が大きくなってくる。中心に近づくと大きくなるスピードが遅くなり、中心で球体の拡大が止まる。そこから先は縮小していき、最後の無限小の時間は無限大の速度で反対のことが起き、最後は点になって消えるのだ。

ここでお気づきだろうか。
まず、点から生まれて一気に膨らみ、膨らんで、ある時から萎んで最後に消滅する。
我々はその球体のような三次元物体がなぜそのような挙動をするのかわからない。そもそもそれが何かすらわからない。
ある次元の住民には、一つ上の次元の存在すらも知り得ず、どのような物体が存在するのかもわからないし、その物体の内側にいる住民は外側がどうなって居るのかもわからない。

宇宙との共通点
次元の話はこんなところで終わりにするが、この不思議な現象が、宇宙とよく似て居ることに気がつかれたであろうか。
宇宙の初めは、ビックバンと言われて最初の極めて短い時間に急拡大(インフレーション)し、今も拡大を続けているとのこと。
遠くに行くほど相対速度は大きくなり、光の速度を超えたら観測できなくなるので、そこが宇宙の果てだという人もいる。しかし、我我にとって果てに住んでいる人には、そこが宇宙の果てではなく、さらに2倍広いところまで観測できるので、我々にとっての果てが本当の果てではないのだろう。
また、我々には果てがあると仮定しても、その外側に何があるのかすらわからない。
まるで二次元の住民が三次元の空間を認知できないのと同様、我ら三次元の住民も四次元なのかもしれない宇宙が、なぜ生まれたのか、外側には何があるのか永遠に知ることはできないのである。

しかしながら、わからないが結論では面白くないので、今までの推論から言えそうなことを考えてみよう。

まず、もしも宇宙が四次元の球体のようなもので、三次元空間と交差して生まれた空間だとしたら、今か拡大期だが、いつか成長が止まり、縮小して最後は無くなるのかもしれない。

宇宙の外側はどうなっているのか。
例えば、四次元空間の球体らしきものの外側と同じだとするならば、何かがあるのだろう。我らが住んでいる三次元空間と交差していないからわからないのか、あるいは今の宇宙の境界内に我らがいるので、その外側は認知できないが、似たような三次元空間があり、宇宙の殻で隔てられて居るだけなのかもしれない。この辺は想像するほかない。

さらに、四次元の空間においては、もしかしたら我々が知って居る宇宙と同じようなものがたくさんあって、隙間なく埋まっているのかもしれない。

もしそうであるならば、仮説として、われわれの宇宙を構成する物質は隣の宇宙から流れてしたものかもしれない。
我々の宇宙が今大きくなって、どんどん物質が増えいるように見えるのだが、実は隣の宇宙から供給されているのかもしれない。
冒頭の序文に書いたように、海岸の砂浜のように、砂の粒がびっしり詰まっていて、物質は相互に行き来していて、たまたま我々の空間に現れた砂粒が周りの砂粒から物質を集めて膨れ上がってるのかもしれない。

宇宙の物質
宇宙が無限大だとすると、物質も無限大である。いくら小さいとは言え、クオークや素粒子は無限小ではなくある質量を持っているのであれば、小×無限大=無限大なのである。
したがって、宇宙の初めは無限小に近く小さかったとするインフレーション、ビックバン理論だが、初めから一点に宇宙の物質が全部含まれていだとする論理は、個人的には直感的に受け入れられない。
そういうなら、宇宙を構成する粒子は、質量も大きさもない無限小であると言わなければならない。でも、そうなるといくら集まって星になっても、星の重さはゼロである。我々の体重もゼロであり、ダイエットも必要ないということになる。そもそも重力など発生しないし、星が形作られることもない。だから、宇宙の始まりが極めて小さな点だとする論理は破綻するのではないだろうか。

ここで言い訳をしておくと、あくまでこの話は論文ではなくて「随筆」だと冒頭に述べた。あくまで随筆であり、世の中の摩訶不思議なこの宇宙というものに対する個人的な感想である。理論ではなく推論である。
まあ、ビックバンもある部分まで推論であるが、どちらかというと世間から認められている理論なので、それを否定しにかかっているわけではない。あくまでその理論を聞いた私の個人的な思いを心の赴くままにつらつらと書いているだけであるので、世の中の多数意見があっているというならそれでも良い。誰も見たことがないものを空想しているだけなのだから。

ということで、宇宙の始まりは、四次元空間にある物体がたまたま我々がいる三次元空間と交差して、周りの四次元空間の物質を吸収しながら一時的に大きくなっているが、いずれ拡大が止まり縮んでくることがあるならば、それは他の四次元物体に我らの宇宙から物質が流出し、新たな宇宙が生まれるのだろう。ブラックホールにあらゆる物質が吸い込まれてどこかに消えていくのは、隣の宇宙に物質が流れていくエントランスなのではないか。
そう考えるとブラックホールからは隣の宇宙に行けるということになる、ただし人間や乗り物が全て素粒子やクオークに分解されて流出するので、生命は引き継がれない。また新しい宇宙で新たな物質が生まれる、生命体が生まれていくのである。これが100数十億年だけの出来事ではなく、無限の昔から無限の未来に向けて生まれたり滅んだりしながら永遠の営みが続けられている。

私には専門家の理論とは別にこういう宇宙観を持っている。もちろん空想である。

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