どうする団塊ジュニア世代(#20)<幻の初代大統領>
introduction
敗戦後の第一次ベビーブームにより誕生した世代は「団塊世代」と呼ばれ、戦後日本の復興に大きな影響を与えました。
私は戦後日本を早急に復興せさるため、何者かが恣意的に第一次ベビーブーマーを団塊化させたのではと推察します。
あくまで個人的な見解ですので、ホラ話と思って読んで下さい。
慶喜の目論見
時は遡り1946年 日比谷図書館にて
(完全にフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係ありません)
新憲法草案作成の期限まで「あと5日」
新憲法の草案を10日で作成するためにGHQから新憲法作成を託された素人集団MSKの最年少シロータは、図書館でいつも暇そうにしている初老の紳士:米森と大政奉還について話している。
「そもそも大政奉還は政権返しによる革命返しじゃ。」
米森は不思議な言い回しで話を始めた。
「本来、天皇を中心とした朝廷が政治をおこなうべきところを、朝廷の権力が衰えたので、幕府が朝廷から権力を預かって政治をおこなってきた。その後、700年の間、武士が政権を預かるようになり、その中でも徳川幕府は200年以上も権力を預かってきた。」
「何ですか?いきなり」
シロータは唐突に意味不明な話を始めた米森にツッコミを入れた。
まあまあという感じで米森は答える。
「これは慶喜が大政奉還で朝廷に提出した上表の内容じゃ。」
「じょうひょう?」
意味不明な言葉をシロータは耳にする。
「上表とは天皇陛下に渡す文書のことだ。更に上表はこのように続く」
米森は完全に暗記しているのかと感じるくらい流暢に説明を続ける。
「しかし、今、政権を運営しているのですが、私の至らなさから上手くいっておらずお恥ずかしい限りです。」
「アンタらが足を引っ張るから苦労していると言っているようにも聞こえますね。」
シロータは皮肉を挟める。
米森は少しニヤつくも話をやめない。
「諸外国に対抗するためにも、ここは政権を朝廷に返して、これからは徳川だけでは無く、みんなで力を合わせて日本を守りましょう」
「私が日本の為にできることは政権を朝廷に返すことぐらいですが、困った時は相談くらいは乗りますよ」
「まあ大政奉還の内容はこんな感じじゃ」
若干、私見も交えて米森はシロータに大政奉還の説明をした。
シロータは先入観の混じらない真っさらな意見を米森に述べる。
「手のかかる旦那に嫁がもうアナタの面倒は見ないと離婚を申し出た感じですね。」
思わず米森は吹き出す。
「お嬢さん、見事な例えだな。まあ解釈は人それぞれだが、いずれにしても朝廷は政権を返されてても困ると考えたはずじゃ。」
「なので困ったら相談に乗りますよと助け舟を出しているし、諸侯にも伝えているという意味深な内容になっている。」
「結果的に離婚はできたの?」
シロータはまだ妄想の世界から抜け出せない。
「離婚は円満に成立したよ。」
「しかし今まで通り一緒に住んでるし、家計の管理や家事、子育ても徳子さんが引き続き行なっている。しかも財産はほどんど徳子さんに分割されたのじゃ。」
「まー奥さんの稼ぎで養ってもらっている売れない芸人のような感じだな」
「結局、慶喜の目論見通りになった訳じゃ。」
米森はシロータの妄想に付き合う。
「しかしじゃ。」
米森の表情は若干、引き締まる。
「調停でバッチバッチに戦って、徳子さんをボコボコにする準備をしていた薩長弁護士は収まりがつかない状態になったんだ。」
「調停と朝廷を掛けたのですか?」
シロータは真顔でツッコむ。
アンタの妄想に付き合ってこの仕打ちかい。と顔を赤らめる米森はめげずに話を続ける。
「慶喜は感情論だけで大政奉還をしたわけでは無い。ちゃんとこれからの夫婦のあり方、もとい政府のあり方を準備していたんじゃ。」
幻の初代大統領
「政府のありかた?」
急に真面目な雰囲気に戻った米森にシロータは姿勢を正した。
米森は慶喜の壮大な国家構想を語り出した。
「徳川幕府は鎖国のイメージがあり、閉鎖的で海外の情勢に疎いというイメージがあるが、それは間違いだ。」
「幕府は常に最新の海外情勢を把握しており、フランスで起きた市民革命の経緯についても熟知していることから、慶喜には封建体制の行く末が見えていたに違いない」
「そこで国際法学者の西周に『議題草案』を起草させて、三権分立を企図し、二院制の議会を設立するという極めて近代的な国家構想を打ち立てたんじゃ。」
「そこで慶喜は何になろうとしたの?」
シロータは素朴な質問をした。
「大統領じゃ。それにより慶喜は将軍より強力な権力を持つことになる。」
間髪入れず米森は答えた。
「四侯会議は決裂してしまったが、そこで図られた列侯会議による政権については、慶喜の望むところだった。」
「新政権となる列侯会議の筆頭は徳川家になるには必定だ。」
「なぜ必定なの?」
シロータは理解に苦しむ。
「近代国家は民意すなわち投票権が肝となる。そうなると全国の総石高の約三分の一を占めている徳川家がダントツだ。」
わからない言葉ばかりでシロータは意味を飲み込めない。
「石高って何?」
「石高は人じゃ。一石は1年間で1人の人間を養える米の量の単位だ。」
「徳川宗家だけでも400万石の大票田を有しており、薩摩藩で77万石、長州藩で37万石だったことを考えると、初代大統領は徳川慶喜ということになる。」
「なるほど」
アメリカの大統領選挙を学んだシロータには分かりやすい説明だった。
しかし同時に重大な疑問が湧き上がる。
「では結局、天皇陛下はどうなるの?」
米森は言葉を選ぶように慎重に答える。
「象徴という表現が的確かな。『議題草案』にもそのように記されておる。」
「象徴・・・」
シロータの胸に、この言葉が突き刺さる。
「徳川幕府の『禁中並公家諸法度』という法律でも、これに近い取り決めがあったのじゃが、今回は列侯会議での取り決めだ。」
「こうなれば誰も天皇陛下を政治の表舞台に引き上げることは出来ない」
米森は大政奉還の意味を改めて強調する。
「もしこの国家構想が実現していたら、大日本帝国憲法よりも20年早く立憲国家の仲間入りを果たしていたかもしれないな。」
「そして自転車操業だった明治政府とは違った未来、すなわち焼け野原ではない日本が存在していたかもな。」
あくまで持論であると断り米森は言い切った。
「慶喜にとっては会心の革命返しだったのですね。」
シロータも慶喜の頭脳明晰さを認める。
「しかし、今度は薩長がなりふり構わず『議題草案』を潰しにかかる。」
米森は渋めの表情で話を始める。
「ここからは革命とは一線を図すクーデターの始まりじゃ。」
「革命とクーデターのどこが違うの?」
シロータの質問に米森は真面目に答える。
「クーデターは支配者階級内の権力強奪のことじゃ。体制自体が入れ替わる革命とは根本的に違う。」
「リセットとリサイクルの違いですね。」
シロータは上司であるGHQ民放局長ヒューストンの教えを思い出す。
「それでそのクーデターは何というの?」
米森は表情を崩さずに答える。
「小御所会議」
「ずいぶん可愛らしいネーミングですね。」
シロータは率直な感想を述べるも、米森の表情は崩れることは無かった。
<続く>
次の話はここ