《小説》瑠璃色の見える場所へ 第三話
1
山道の最後のカーブで体重を傾けると
景色が、わっと広がって港町が見えた
潮の香りが青くきらめいていた
眼下の市街地の中へ降りていく
長い長い直線道路をぼくたちは走った
悠「海だ」
理沙「うん……」
道路には背の高い椰子の木がずらっと並んでいて
風といっしょに葉を揺らしている
ぼくはアクセルを開けてスピードを上げた
理沙はぼくの体にぎゅっと抱きついてきた
2
「せきれい海浜公園」に着いた
波の聴こえる場所に駐輪場があって
ベージュ色の砂浜の向こうにはショッピングモールが見える
ぼくたちはバイクのミラーにおたがいのヘルメットをかぶせて
砂浜へと続く階段を降りた
ぼくが足跡を残しながら砂の上を
えっちらおっちら進んでいると
横に理沙がいないことに気づいた
理沙は階段の上に止まったままじっと海を眺めていた
昼下がりの太陽の下で
小さな唇がかすかに動くのが見えて
「ここじゃない」と言っているような気がした
ぼくが待っているのに気づくと
理沙はあわてて階段を駆け降りてきた
理沙「あっ……ごめん」
悠「幽霊船でも見えたの?」
理沙「ううん」
悠「そんなに好きなんだね、海」
理沙「……うん」
このあたりはとても静かで
ぼくたちの他には家族連れが一組来ているくらいだった
小さな子が波打ち際ではしゃいでいる
理沙「いいな」
悠「そうだね」
理沙「わたしもいこっと」
悠「えっ」
理沙は腕まくりして
パンツの裾をひざまで上げ
靴も靴下もさらっと脱いで
裸足で水の中に入っていった
悠「冷えるよ」
理沙「あはは!大丈夫だよ!ちょっとくらい」
水面を踏んで飛沫を上げて
理沙は子供みたいに笑っていた
理沙「悠くん」
悠「ちょっと待って」
ぼくも裸足になって砂浜を歩いた
足の指の隙間に砂粒がざらざらと割り込んできて
なんだか変な感じになる
裾を上げて足を漬けてみるとやっぱり秋の海水は冷たい
理沙「歩こ」
悠「元気だねえ」
理沙「ふふふ……若者ですから」
二人でざぶざぶと泡をかきわけながら
水辺の散歩をした
足場が少し不安定だったので
理沙と手を繋いだ
理沙「悠くん」
悠「うわっ」
突然、後ろから冷たいものがかかった
振り向くと小さい子がぼくのお尻めがけて
海水を浴びせかけていた
子供は「きゃーっ!」っと甲高い声を上げて大笑い
ぼくの苦しむ顔を見るのが幸せで仕方ないという顔をしていた
理沙の方を見ると同じような表情でぼくに水をかけてきた
理沙「それそれ!」
悠「ええっ!?」
ぼくは挟み撃ちにされる格好になった
理沙は手加減していたが、子供は容赦なしだった
向こうからこの子の両親が走ってきた
二人とも30歳くらいかな
お父さん「こらこらこら!やめやめやめ!」
お父さんは太い腕でがっしりと子供を拾い上げた
子供は暴れ足りなさそうに手足をじたばたさせて
ぼくを見ていた
お父さん「ごめんな、きみ大丈夫か?」
悠「はあ……まあ……」
そう言うと
お父さんはバスタオルでぽんぽんと
ぼくの体を拭いてくれた
お母さん「濡らしちゃって……
お詫びと言ったらなんだけど
ジュースでも買ってね」
理沙「あ……ありがとうございます」
理沙はあの子のお母さんから
千円札をもらっていた
どうやら示談金ということらしい
お母さん「付き合ってるんだ?」
理沙「え!?あの……」
お母さん「いいなあ」
お父さん「いいねえ」
家族はニヤニヤしながら去っていた
理沙は千円札をポケットにしまっていた
理沙「ここは寛容の精神だよ悠くん」
自分も便乗していたことを
さらっと水に流そうとするあたり
理沙もちゃっかりしている、もういいけどね
ぼくたちはベンチのそばにあった水道で
足の砂を落としたけど
ここで致命的なことに気付いてしまった
悠「拭くものは?」
理沙「え、ないの?」
二人とも何も拭くものを持っていなかった
仕方がないので靴下をタオル代わりにして
足を拭いたのだった
裸足で靴を履くとスースーする
濡れた靴下はバイクのシート下のスペースにねじこんだ
あのモールで新しいのを買うか、靴下くらい売ってるよな
ベンチに座るとお尻にひんやりとした感触が広がった
理沙「飲み物買おうよ!あったかいやつ」
理沙は近くにあった自動販売機の前で
千円札をひらひらさせながら手を振っていた
自販機のラインナップは
「あったか〜い」と「つめた〜い」が半々くらいだった
理沙がお札を投入したので
ぼくはホットココアのボタンを押した
ガコンと重い音といっしょにココアが落ちてきたので
ぼくは手に取った、スチール缶のぬくもりが伝わってくる
理沙がコーンポタージュのボタンを押すと自販機が光り出した
理沙「あっ!当たったよ悠くん」
悠「じゃ……」
理沙はココアのボタンを連打していた
ドコンと重い音がした
理沙「はい悠くん!もってけドロボー!」
理沙から満面の笑みで同じココアを手渡された
ぼくはスチール缶のココアを両手に持って
理沙がおいしそうにポタージュを飲んでいるのを眺めた