《小説》瑠璃色の見える場所へ 第四話(完結)
1
ぼくたちは砂浜の向こうで蜃気楼みたいに建っている
ショッピングモールへ向かって歩いた
雪みたいな白さの建物にオレンジ色の屋根が乗っかっているのがいくつも見える
たぶんぼくがどこかの砂漠で遭難したらモールの幻を見るんだろうな
何年か前に古い商店街やらスーパーを潰して作られたらしいけど
詳しいことは知ったこっちゃない
ぼくだってオープニングセールのときに一度来たきりなのだ
距離が縮まってモールの姿が鮮明になっていくたびに
理沙の表情がこわばって、なんだか焦っているように見えた
悠「どうしたの?」
理沙「え!?」
理沙は驚いた様子で目を見開いた
悠「何かあったのかなって」
理沙「ううん大丈夫だよ、ありがとう」
理沙はやわらかに微笑んだ
笑顔が桜色に華やいでいた
ドキッとした
2
このモールは『西せきれいアプリコットシティ』という名前らしい
中央の野外広場を中心にいくつもの建物が集まっている
建物と建物の間には色とりどりの傘が何十本も吊るされていて
見上げるとステンドグラスみたいにぼうっと光っている
広場から海が一望できるようになっていて
海の向こうでフェリーが横切って行った
スマホで地図をみるとモールの近くにフェリー乗場もあるみたいだ
理沙「おしゃれだね」
悠「流行ってるのかな、この傘のやつ」
理沙「インスタとか?」
悠「うん」
建物に入ると吹き抜けのエントランスがあって
大きな横断幕が架けられている
『日本三大港町を知っていますか?横浜市、神戸市、そして鶺鴒市!ウェルカム!』
とあきらかに身の丈に合っていない誘い文句が目に飛び込んできた
理沙が「そうなの?」と真面目に聞いてくるから
ぼくが「いやいやいや」と返すと理沙は笑っていた
案内板を見て靴下を売っていそうな店を探した
理沙「あった?」
悠「ユニクロがあるね」
理沙「スーパー……まるよし……無い」
悠「スーパー?イオンがあるよ」
理沙「……なんでもない」
3
靴下なんてすぐに買えると思っていたら
ああ、違う階だ、うわ、違う建物だったと
あっちこっちにくねくねと動いてしまって
目当ての場所へなかなかたどりつけない
なんでも売ってるように見えるけど
本当に欲しいものは売ってくれないいじわるモールだった
さまよっているうちにぼくたちは妙なファンシーショップに迷い込んでしまった
お店の中は光も空気も展示棚も
みんなパステルカラーから生まれ出てきているような空間で
「このお店はぜんぶマカロンでできているんですよ」と言われても
ぼくはたぶん驚かない
理沙は棚からキーホルダーを手に取ってじっと見ていた
なにやら妖精っぽいキャラクターが付いていて
背中から生えている羽根は綺麗な瑠璃色をしている
悠「かわいいね」
理沙「でしょ、好きなんだこのキャラ」
悠「初めて見た」
理沙「大昔のキャラだからね……あ!
あそこに靴下も売ってるね、わたし買ってくるよ」
店の前で待っていると
理沙が出てきて靴下を手渡してくれた
燃えるような感じの三色で
冷え性に効きそうだった
ぼくは少し笑ってしまった
理沙「え、嫌だった?」
悠「いやー、理沙センスいいなって」
理沙「ほんとに?」
悠「ほんとほんと」
ぼくたちは近くにあったベンチに
腰掛けて靴下を履いた
ようやく裸足とおさらばだ
スマホをみると時刻は14時30分だった
悠「うーん、じゃあ……遅いけど昼ご飯食べて帰ろうよ
海も見たしさ」
理沙「それは……いや……」
悠「ん?」
理沙の表情がみるみるうちに曇っていくのがわかった
不安なのか、おびえているのか、暗い色がどんどん濃くなっていく
ときどき変なときはあったけど今はあきらかにおかしい
理沙は小さな声で振り絞るように言った
理沙「帰りたく……ない」
悠「えっ」
理沙は俯いたまま
決まりが悪そうに唇を噛んでいた
悠「あんまり……うまくいってないの?家とか、学校とか」
理沙「うん……ちょっと……」
悠「ああ……いつ戻る予定だったの?」
理沙「明日の朝に……」
悠「うーん……」
ぼくは少し考え込んだ
悠「間違えてフェリーに乗ろう」
理沙「フェリー?」
悠「ふふ……時間稼ぎにはなるよ」
理沙「でもどこへ」
悠「どこだっていいじゃん
国内なんだしなんとかなるよ」
理沙「でも……いいの?」
悠「行こう行こう!
間違て乗っちゃったんだからしょうがない」
ぼくはATMで5万円を下ろした
痛すぎる出費だけどしょうがない
これだけあれば足りるだろう
スマホで出航時刻を調べたら15時30分と書いてある
あと1時間しか無い
悠「走るよ!」
理沙「うん!」
4
ぼくたちは全速力で駐輪場まで戻って
息つくヒマもなくバイクでフェリー乗り場まで向かった
出港まであと20分のところだった
すぐさまチケットを買ってバイクに乗ったまま乗船の順番を待つ
フェリーの大きな搬入口が舌みたいにランプウェイを伸ばして
自動車の列を飲み込みはじめた、
ぼくたちも誘導に従ってフェリーの中へ入っていく
駐車エリアの空間は
エメラルドグリーンの塗装にところどころ錆のアクセントが入っていて
エンジンの音がぐわんぐわんとこだましている
理沙「すっごい音!!」
悠「フェリーだからね!!」
駐車エリアから階段を上がると広いロビーに出た
年季の入ったシャンデリアが船内を照らしていた
船内放送が流れると船が揺れた
出航したんだ
しばらくは戻れない
放送によると東地区の港でもお客さんを拾ったあと
明日の夕方に北海道へ着くみたいだ
チケットは8000円が2枚とバイクの積載費を合わせて26000円
ぼくのバイクは持ち主より良い部屋で寝るらしい
理沙「乗っちゃったね……」
悠「なんか食べようよ、お腹がすいた」
理沙「うん!」
5
食堂は大勢のお客さんで賑わっていた
厨房からはカレーの匂いとか、ビーフシチューの匂いとか、
カツ丼の匂いとか
絶対に逆らえないずるい匂いが漂ってくる
悠「なにがいい?」
理沙「うーんと……きつねうどん」
悠「行ってくるよ、席とってて」
理沙「うん」
みんなトレイを片手に壁に沿って並んでいるので
ぼくもそこに加わった
壁には大きな壁掛け時計といろんな人たちが写った写真が所狭しと貼ってある
順番が進んでいくにつれて壁掛け時計のすぐそばまでやってきた
けっこう古い時計だ
ふと、時計のすぐ横に貼ってあった集合写真に目が釘付けになった
片隅に理沙が写っている、いや、違うな
年齢は20代の後半くらいだろうけど
雰囲気は瓜二つだ
最前列の人たちが横断幕を持っていて
『スーパーまるよし開店50周年記念』と書かれてある
ぼくは思わずスマホで写真を撮った
わっ!と大きな声が聞こえた
注文場所の近くまで来たので
みんな口々に目当ての料理名を叫び始めた
自己主張が弱いとご飯にありつけなさそうだから
ぼくはひたすらにかけうどんときつねうどんを連呼した
ところが受け取り口までくると
厨房のおばさんがニコニコ笑いながら
きつねうどんと肉うどんを出してくれた
悠「あれ?注文は……」
厨房のおばさん「ああ、君ね!ハンサムだからサービスしてあげる」
やったぜ
そのとき懐かしい感じのする電子音が流れてきた
壁掛け時計の中で妖精のキャラクターが出てきて
くるくると踊り出した
理沙が買っていたキーホルダーの妖精と同じキャラもいる
時刻は16時を指していた
悠「おもしろい時計ですね」
厨房のおばさん「あの時計ね、
潰れたスーパーからもらってきたんだって
もったいないからって」
悠「そうなんですか」
厨房のおばさん「写真貼ってあるでしょ?
あれスーパーで働いてた人たちのもたくさんあるの」
悠「思い出なのかな……あれ、理沙?」
理沙は時計の奏でる音楽に
吸い寄せられるように近づいて行った
時計と写真を見ながらぽろぽろと泣きだした
悠「えええっ!?あっすいません」
ぼくはうどんをテーブルの上に置いて
理沙に駆け寄った
理沙「ごめん……ごめん……」
周りのお客さんの視線を集めてしまった
理沙は泣きながら
消えいるような声で「お母さん」と言っていた
悠「ここはダメだよ、行こう」
ぼくは理沙の手を強く引っ張って
階段を登っていく
立ちはだかる鉄扉を風圧と格闘しながら押し開けた
甲板に出ると
瑠璃色の海原が夕暮れの光をいっぱいに浴びて輝いていた
悠「ここならどう?」
理沙「悠く……ん」
悠「冷えるよ」
ぼくは理沙を抱き寄せた
少しの間、潮風の吹かれるままにまかせた
6
理沙「あの……悠くん、わたしちゃんと帰るよ」
悠「えっ!?」
理沙「次の場所で降りよう」
悠「いいの?」
理沙「うん、もうバッチリだから……
今日はほんとうにありがとう」
どうやら解決したらしい
ぼくたちは船内の食堂に戻った
風に当たっていたから暖房がやさしかった
もう片付けられたかと思ったけど
テーブルの上にうどんはまだあった
丼はぬくもりを残している
BGMと一緒に船内放送が流れた
あと10分で東地区の港に到着するらしい
ぼくたちは|伸びたうどんをすすりはじめた
理沙「おいしいね」
悠「うん……ぶふっ!」
ぼくはむせてしまった
理沙は少し腫れた目で笑っていた
7
けっきょくぼくたちは2万6000円で鶺鴒市内を移動しただけに終わった
船員さんに何度も確認されたけどぼくたちは船を降りた
贅沢すぎる旅だったけど理沙が良いのなら良いだろう
理沙は翌日の新幹線で帰って行った
あの写真をスマホで送ったらすごく喜んでくれた
一週間くらいして現金書留が送られてきた
律儀にフェリー代を返してくれたのと
手紙が挟まっていて
『悠くんへ、同じキーホルダーを見つけたので送ります、また会おうね』と書いてあった
封筒をひっくり返すと
妖精のキャラクターのキーホルダーが転がり落ちてきた
その羽根は瑠璃色に光っていた