大野晋著「日本語練習帳」(岩波新書)②
1 言葉に敏感になろう
練習②
次の言葉の意味の違いをそれぞれ書いてください。
「思いこむ」と「考えこむ」
「思い出す」と「考え出す」
思いこむことにかけてなら、自信があります。「どーせ、頑張ってもアカンのや」と、固く思いこむ日々を重ねてきたからです。
努力をしてなんとかしようと考えこんだ日はほぼありませんでした。
思い出すと、諦めばかりが先立ち、解決方法を自ら考え出す能力に欠けていた気がします。
大野先生は「思いこむ」と「考えこむ」について以下のように解説しておられます。
『「思いこむ」とは、一つの考え方を心にもったときに、それ一つを固く信じて他の考えをもてないこと。「考えこむ」とは問題に関わって、あれこれとしきりに考えをめぐらして止まらないこと』
若い頃から魔法の言葉、「ワケがワカラン」をなんど口にしたかわかりません。このひと言で、たいていの難題は片づきます。黄門さんの印篭でした。
「思いこむ」とは、自分の周りに壁をめぐらし、他の意見を受け入れない状況をさすのではないかと思っています。それに比べて、「考えこむ」には、他の思考や意見を受け入れる余地があるように感じます。
たとえば、「彼女は彼の愛が自分にあると思いこむ」と書くと、失恋の二文字が思い浮かび、一方的な恋心をイメージしませんか?
「彼女は彼の自分への愛を考えこむ」と比較すれば明瞭です。
このとき助詞の「へ」を入れないと文章が安定しません。「考えこむ」という表現には距離感があります。醒めた感情すら読み取れます。違いにお気づきだと思いますが、「に」は近くをさし、「へ」は遠くをさします。「へ」は辞書を読んでも、「へぇ」と思うだけですが、「に」は説明文が多すぎて、理解に苦しむというかそれこそ考えこみます。
ごく簡単にですが、「に」と「へ」の違いを書いておきます。
近所に会いに行く。
東京へ会いに行く。
これを逆に使ったとしても大きな差異はありませんが、「思いこむ」と「考えこむ」の場合は、違いがはっきりしていますので、意図して使いわけることをお薦めします。
次回は、「うれしい」と「よろこばしい」です。