マガジンのカバー画像

長篇小説

24
「コーベ・イン・ブルー」(全7話)神戸港を舞台にしたクォーターの青年の愛と葛藤の物語。船会社の代理店から委託業務を引き受ける主人公が警察から殺人を疑われる過程で、ヤクザと渡し合い…
運営しているクリエイター

2024年4月の記事一覧

【小説】コーベ・イン・ブルー No.2

    4  午後五時半、すでに日は暮れている。  階下に二世帯、階上に二世帯。錆びた鉄の階段を見上げる。  笑い声や怒鳴り声にまじって、テレビの音や煮炊きをする音が騒がしい。  交番裏の公衆トイレと似通った悪臭が、路地奥に建つアパート周辺にも漂っている。水洗トイレ用の下水管が、いまだに布設されていない地区だと聞いていた。バキュームカーで汚物は吸い上げても、生活用排水はそのまま、溝に流れこんでいるのだろう。  懐中電灯がなくては、足元や通路の状況がはっきりしない。  汚水

【小説】コーベ・イン・ブルー No.3

    7  港湾専用地区・ライナーバース・PL13。  海にせり出した埠頭の中ほどに建つ、上屋(貨物用倉庫)の二階にあるオフィスからは、ポートピア・ランドの大観覧車が視野に入る。  海人は天井までとどくガラス窓に目を向ける。  眩い。  時間の停まったような陽のきらめきの下に、停滞した海が見晴らせる。 「数日間も、無断欠勤したあげくに、やっと出てきたと思ったら、警察の事情聴取を受けたですって――どういうことなの。シラっとしてないで、キミを担当している、私に、そのムネを断っ

【小説】コーベ・イン・ブルー No.4

    8  柳沼深雪は私服に着替えると、服部海人の供述した店の住所にむかう。もしも、服部海人と出くわしても見破られない自信がある。小柄だし、化粧気はないし、目立つ言動は服部海人のいる前で極力しないようにした。  ロングヘアのかつらを被り、濃い化粧をし、黒のストッキングに高いヒールを履き、毛皮のハーフコート。  この出で立ちになれば、別人になる。  人間とは不思議なもので、外見が変われば、内面も変化する。  しらずしらずのうちに浮ついた気分になる自分自身にたじろぐ。  

【小説】コーベ・イン・ブルー No.5

    9  冬の雨が軒先の路地を濡らす。閑古鳥の鳴くのカウンターの内と外。ノルマをこなせない営業マンの気分。マントバーニのムード・ミュージックが狭い店内に静かに流れる。 「こないだ手相、観てもろてン」 「何ンの寝言や」  英美子と海人は馴れ合い話にふける。 「タマシイが若い! 言うてもろてン」 「脳ミソの聞き間違いやろ」  紺地に波しぶきを散らした着物姿の英美子は、とろけるような顔でグラスを重ねる。 「五十過ぎても、ふたりは狂うてくれる、言わはってン」 「借金とりがか?」