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#シロクマ文芸部 [今朝の月]大根の月だから

今朝の月を窓越しに感じながら 夜明けのぼんやり白みかけた頃から 美波は朝食の用意を始める。土鍋に米二合 を瓦斯にかけ 炊き上がるまでに 手前味噌の御味御汁を作る、ぬか床から大根ときゅうりを取り出し ふっくら盛り上がった糠に一塩を振り 美味しくなれと呪文をかけた。
そうこうしていると トオルがもしゃもしゃの髪の毛を掻きながら起きてきた。シャワーを浴びてさっぱりとしたところで 朝食が始まる。
炊きたてのご飯に烏骨鶏の卵を割入れて
卵かけご飯 御味御汁 糠漬けのお漬物 至ってシンプルな食卓に向かう。
美波は すっかり明るくなった空を見上げて まだ残る月を眺めていた。
美波は ぬか床から取り出した大根の漬物を箸でつまみ かりりと音を立て 半分かじり 窓の外の月に被せてみた 
「どう? 大根の月 ピッタリでしょ」
トオルは何げなく見上げて
「へぇー」とひと言 ぬか漬けの大根を口の中に放り込んだ。美波は少し上向きなしたり顔でかたり始めた、
「向田邦子の思い出トランプの小説に
『大根の月』ってのがあってね、
その中の一節に
白い透き通った半月形の月を見て
『あの月、大根みたいじゃない?
切り損った 薄切りの大根』って言う下りがあるのよ
昼の月のことなんだけど……
美波が言い淀んでいると
トオルが
「どんな話なの その大根の何とかは?」
「ちょと切ないお話しよ 几帳面だけど 母親には頭が上がんなくて うじうじしてる夫と 保険の外交かなんかで 家事の苦手な勝ち気な母親、そこに嫁いだ 嫁の葛藤なんだけど 子供も絡んで 可哀想なのよ 私だったら即離婚だけど 主人公は揺れるのよねぇ 事件がきっかけで家族が崩壊していくんだけど それが切ない やっぱり子供も残して家出っちゃたから尚更に愛おしいじゃない
最後に 見上げた先に 大根の月が出てたら 夫とよりを戻そうかと決意するんだけど 下を向いたまま歩き続ける訳よ その後どうなったか分からないままで 終わり、私 月を見上げたとき 大根の月みつけたら この小説思い出してしまうの 変かな?」
トオルは 食後の熱いお茶を吹きそうになりかけたが おどけて
「俺なんか 月見上げたら これかな」
ポテトチップスの袋から一枚取り出し パリッと噛んだ
「どう ポテトチップスの半月 
ああ~ビール飲みたいーみたいな?」
美波は大きな目をことさら見開き
「トオルー、ロマンチック台無し~」
むくれる美波を横目に

「おっと、 支度しなきゃ電車に遅れますよー」
「今度 その向田邦子の本読ませてよー おもしろそうじゃん」
「でしょー」


終わり
向田邦子の本何度も読み返す私のナンバーワンの本です💖




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