センチメンタリスト
夜の散歩が好きだ。
僕が住んでいる田舎町では、夜の明かりが少なく、視界がモノクロのようになる。まるで、異世界に飛ばされたしまったような感覚になり、僕の中に眠っている中二病が掘り起こされてしまう。色の濃淡しか分からなくなった世界を歩いていると、少しばかりの興奮と不安を覚える。この不安は、この異世界から現実世界に帰れなくなってしまうのではないか、というすこぶる幼稚な不安だ。
うまくいかないことがあった時は特に散歩をする。
決まってそういう時の散歩は長い。
単位を落とした時、ゲームで負けた時、怒られた時…
心の浮き沈みが激しい僕は、夜の町を散歩をすることで現実逃避をする。僕は自分のことを、センチメンタリストだと思っている(そんな言葉があるのかどうかは知らない)。
人の世は無情だ
現実世界は、憔悴した人間なんか置いてけぼりにして進んでいく。けれども、僕が探検する異世界は、どんなやつでも受け入れてくれる。
高3の時、彼女に振られた。
そんな時も僕は散歩に頼った。受けるはずの塾の講義をサボり、人気のない場所を1人で歩く。途中で公園を見つけて、ブランコを漕いでいた。公園を見つけたら、そこの遊具で遊ぶのが、僕の散歩の流儀だ。
そんな僕の肩に、1匹の虫が止まった。
虫は大嫌いなはずだが、色が分からなくなってしまえば案外怖くない。むしろ小さくてかわいく見えてくる。
「俺を慰めてくれるのか?ありがとな」
1人で話しかける。当然返事はない。しかし、その虫は小さい体のくせに、とても包容力があるように感じた。自分の不甲斐なさと、その虫の温かさが心を刺激して涙が出てくる。この世に失恋ソングがたくさんある理由が分かった気がした。涙が止まらない。生まれ変わったらbacknumberみたいなバンドマンになろう。将来の夢、ならぬ来世の夢が固まった。その虫は、長い間僕の肩に止まっていた。かわいいやつだ。このまま家に連れて帰ってもいいとさえ思えてきた。
「くっさ!」
カメムシだった。
パクチーみたいな臭いを発するそいつを、僕は急いで追い払った。何が包容力だ、めちゃくちゃ臭いだけのカメムシじゃないか。自分自身の肩って意外と見づらい場所なんだな、と何の役にも立たない気づきと共に、僕は現実世界に返された。自称センチメンタリストでも、カメムシの臭さには勝てなかった。
人生なんてロクなもんじゃねぇ、18の若僧だった僕はそん生意気なセリフを吐き捨て、仕方なく塾の自習室に行って勉強した。
それ以降、僕の散歩の流儀に
「虫を見たら追い払う」
が追加された。