
短編小説:毒をくらわば_2020.11.05
本編に入る前に写真の説明を。アメリカについて思ふとAI生成画像?で添付した超子猫(すごく小さい猫)。ちゃんとすくすく成長しております。カフェバーに飼われてる猫なんだけど、このにゃん達の餌代になるように、今度ここで一杯呑んで帰るかなぁ。2024.08.23 汪海妹
本編は長編いつも空を見ているの2人 樹君と千夏ちゃんの子供たちが大人になってからの話で、長編かみさまの手かみさまの味の①と②の間の話になります。長編はいずれnoteにも投稿する予定ですが、魔法のIランド、小説家になろうには既に投稿済みでございます。
片瀬 大生
「片瀬、カフェにいるお客さん、呼んでるよ。あの、いつもの」
「あ……」
「いいよ。ちょっと早いけど、休憩入って」
「すみません」
ホールに行くと、いつもみたいに満面の笑顔で迎えてくれた。僕の最近のソウルメイトと言っても過言ではない。夏美さん。暎万のおばあちゃん。仕事してるお母さんに代わって暎万とお兄さんを育ててくれた人です。
「今日は何食べたんですか?」
「シュークリーム。おいしかった」
「今日こそ、払いますから。僕、社割効くんで」
「いいの、いいの。もう死にかけてんだから、お金使ってちょっとでも減らしてやるのよ」
そう言って、いたずらっ子みたいに笑う。最初はギョッとしたけど、もう死ぬ死ぬ言われるの慣れました。夏美さん特有の冗談です。
「また、愚痴を聞きに来ましたよ。どうですか?最近は」
「ええっと……」
そうっと辺りを見渡す。バイトのホール係の女の子がニコニコしながらこっち見てます。
「すみません。あっちでもいいですか?」
壁に耳あり障子に目ありです。ちょっとでも危険を避けてテラスに出ました。
「はぁ〜」
「あら、これはまた」
盛大にため息ついた僕が話し出すのを、ティーカップのお茶飲みながら、待ってくれてます夏美さん。
「雪しか降らない年中冬の国で……」
「うん」
「後もう少しで凍えて飢えて死ぬって時に、急にぱあっと雲が切れて太陽が見えて、食べ物が降ってくる、そんな毎日です」
「ええっと、よくわかったようなわからないような……」
「普通は、職業というのはオプションじゃないですか」
「はい」
「でも、暎万にとっては、僕の職業がメインなんですよ。それでそれ以外が全部オプション……」
彼氏がケーキ職人なのではなく、ケーキ職人だから彼氏だったみたいな……
「じゃあ、もう無理か」
「いや、無理ではないです」
半身だらしなく寝そべってたのをがばりと起こす。
「こんな氷の女王みたいに冷たい子でいいの?」
「あのね、夏美さん」
「はい」
「暎万は四六時中冷たいわけじゃないんです。たまーに」
「たまーに?」
「信じられないくらいむっちゃ優しいんですよ」
「ほおー」
「いっつも冷たい人に不意に優しくされると、むっちゃ嬉しいんです」
「うん」
「なんか、もう最近、いつも優しい普通の女の子とか、なーんも感じなくなっちゃいました」
「あらー」
夏美さんが若干、気の毒な人を見る目で僕を見ています。
「完全に手の平の上で転がされているね、ひろ君。ていうか、飼育されてる?」
「……否定はしません」
テーブルに寝そべったまま目だけで夏美さんを見ました。
「あれ、計算してやってるんですかね?」
「あー、それはないない」
夏美さんはそう言ってヒラヒラと手を振った。
「あれは天然」
「あれで?」
「だってあの子、男性経験ゼロよ。正真正銘、ひろ君が初めて。男の人手玉に取る方法なんて知らないって」
すみません。こっそりと少しだけにやけてしまいました。もちろん、知ってるけど改めて言われると、男の本能でつい。
「いや、でも、そんな心配しなくてもさ。暎万ちゃんにとってひろ君は特別な人だって」
「それはパティシエとしてですよね?」
「違うわよ。男の人としてよ」
思わずしかめ面になった。だって、暎万にとって俺って、おいしいケーキ作ってくれるからお礼に付き合ってるみたいなものではないの?
「なに?その疑わしい目は」
「いや、思いっきり、疑ってます」
「だって、あんなにちっちゃい頃から、絶対結婚しないって言ってた子に彼氏ができたのよ。どんだけ驚いたか」
「……」
「暎万ちゃんはもう、ひろ君以外絶対無理だと思う」
「ほんとですか?」
「ほんとのほんとよ。ね、だからひろ君、毒を食らわば皿まで、よ。どうか最後までお願いしますよ」
「ええっと……」
毒というのは暎万のことだろうか?
「そうそう、暎万ちゃんのことに関しては、ひろ君にお世話になりっぱなしだし、それ以外のことでわたしにできることがあったら、なんでも言ってね」
「はぁ」
「借金で首が回らないとかいうことはない?わたし、これでもへそくりあるし」
「へ?」
「わたしで足らないような額だったら旦那に相談するしさ」
そう言って、ぽんぽん肩叩かれた。
「僕は、その、借金とかはないです」
「え?そうなの?」
残念そうな顔してるし。
借金のかたに孫娘を押し付けたい?
「じゃ、独立して店持ちたいとかは?」
「いや、まだペーペーだし、それに、実家がパン屋なんで、独立する必要ないんです」
「え?そうなの?」
なんか、親指の爪噛みながら、何か考えてます。夏美さん。
「実家の店をリニューアルしたいとかは?」
「……」
どうしても金を貸したいらしい。
「あの、そこまでしなくても、本人が嫌がらない限りは僕は皿までいく覚悟ですから」
夏美さん、目を見開いた。
「ほんとに?」
「はい」
「自分から言っといてなんだけど、ひろ君の人生、ほんとにそんなんでいいの?」
「……」
夏美さんにとっての暎万って一体……
「でも、ほんと、ひろ君と一緒だと安心。だって、暎万ちゃん、ひろ君の言うことは聞くもの」
「え?どこがですか?」
「なに言ってんのよ。わたしが言ったって、春樹君が言ったって、暎万ちゃん、逆立ちしても運動なんてしないって」
「え?そうなんですか?」
「ひろ君みたいな子と出会わなかったら、暎万ちゃん、病気なっちゃうわ」
「……」
「なんでかなぁ」
夏美さんはにこにこと空を見上げた。
「なーんか、娘も困ったちゃんでなかなか結婚しなくて困ったと思ったら、孫娘がねぇ。また困ったちゃんで。男の子はわりかしちゃんと育ったのになぁ」
「暎万はいい子ですよ。困ったちゃんなんかじゃありません」
夏美さんはこっちを見てちょっと驚いた顔した後に笑った。
「ああ、なんか安心したな。もういつ死んでもいいかも」
「また、夏美さんは死ぬ死ぬ言い過ぎです」
キョトンとこちらを見た。
「夏美さんが死んだら、暎万がどれだけ悲しむか……。そんなこと言わないでちゃんと頑張って生きて僕が皿まで食らうのを見てくださいよ」
そう言うと、ふふふと両手で口元を隠しながら目尻に皺を寄せて夏美さんは笑った。
「暎万ちゃんがどうしてひろ君を好きなのか、わかった気がする」
「え?」
「でもね、ひろ君。人はいつか死ぬものよ。だから頼みましたよ。暎万ちゃんを幸せにして、わたしを安心させてね」
しばらくしたら、夏美さんは手を振りながらゆっくりと帰って行った。
「お前、守備範囲広いな」
「先輩?」
じっと先輩の顔を見る。
「さすがに冗談で言ってるんですよね?」
「さすがに冗談だな」
仕事に戻ろうとすると背中から声が追いかけてくる。
「自分のばあちゃんじゃないんだろ?仲良さげだけど、どういう関係?」
ちょっと困った顔で先輩の顔を見る。この人に話したら、店中に話しちゃうよな。でも、嘘つくのもやだし。
「彼女のおばあちゃんです」
「え?なにそれ、お前、家族ぐるみの付き合い、ゆくゆくはってやつ?」
「いや、仲良いのはおばあちゃんだけですよ」
お兄さんにはむしろ嫌われてると思うし。暎万のにいちゃん、むっちゃ怖いんです。
夏美さんは口はちょっと悪いけど、その実、暎万のことをすごく愛していて、暇さえあればこうやって僕のところに来てくれる。暎万のために。そして、また、もしかしたら未来、家族になるかもしれない僕のために。
いつも、自分のことをほったらかしにして、他人の、というか家族のために歩き回ってるような人なのだと思う。そして、そのことに多分自分で気がついていない。夏美さんにとってはそうすることが普通のことだから。
夏美さんにとって普通のことが、みんなにとっての普通であるとは限らないということを、夏美さんはきっと知らない。僕も似たようなことをこの前、暎万に言われたけど。
自分は本来どういう人間なのかということを、意外と自分自身は知らないのかもしれない。自分というものは自分自身が自分の心の鏡に映す姿と、自分を大切に思ってくれる近しい人達の鏡に映る姿、この2つでできているのかもしれません。
僕は夏美さんと会うとほっとします。いつも元気をくれる人です。
***
夜、彼女から電話がかかってくる。
「なんか、今日、おばあちゃん、ひろ君とこ行ったの?」
「うん。来た」
「なに話したの?」
「秘密」
「はぁ?」
なんでこんなことですぐにキレるのか。
「わたしのおばあちゃんなのにっ!」
「別に夏美さんが暎万に話すんならいいんじゃない?でも、おばあちゃんだからって、秘密を持っちゃいけないってことはないでしょ」
「ひろ君はわたしの彼氏なのにっ!」
「でも、夏美さんと僕は暎万とは関係ないとこで友達だから」
何かのツボにはまったらしく、その後もしばらく怒ってた。ひさびさにすかっとした。