邪道作家2巻 主人公をブチ殺せ 分割版その3
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私は好みの宇宙船を選択し、そのままリラックスして、モニターを眺めながら空の旅を楽しむことにした。
「ン・・・・・・」
モニターの写りが悪い。
故障だろうか。
「お願いします、助けてください」
などと、哀願するフカユキの姿が写る以外は、フツーだった。しかし、何故今のタイミングでフカユキがモニターをハイジャックしてまで私にメッセージを残すのだろう?
もしかして、
「まさか人質か? 捕まった女を帰して欲しくばとか、そういう・・・・・・」
どうでもいいが。
私は彼女の知り合いですらないのだ。
「いいや、違うぜ」
と、突然口調を変えて・・・・・・あるいはそれは本来のしゃべり方だったのかもしれないが、彼女は言った。
「あれだけ演技してやったのに、鬼かこの野郎! 作戦が台無しになったじゃねーか! ボケ!」 口汚い女だ。
私が抱いていた違和感はこれだったのか。
「つまり、おまえが黒幕だったわけか」
「その通り」
その依頼主、とはフカユキのことで、つまりそのギャング集団をまとめる女のボスとは、この女のことらしかった。欲望丸出しな、よだれを垂らした肉食獣みたいなその顔つきからは、今までの悲劇の女らしい雰囲気は、微塵も感じられない。「俺はよォ〜お前を殺しちまって、サムライの持ってる「刀」みたいなモノを使って、お察しの通り軍隊を作ろうとしていたわけだ。けどサムライは腕が立つからサムライだろ? だから悲劇のヒロインぶって、うまいことガス室送りにでもしてやろうかと思ったのに・・・・・・テメー人間かぁ? フツー美少女がお願いしてやったら馬鹿みたいに言うこと聞くもんだろうが?」
「生憎、「美少女」は見あたらなかったからな」「・・・・・・・・・・・・」
挑発したモノの、返事はない。
こういう輩が一番厄介だ。この宇宙船にも爆弾くらいは積まれているかもしれない。必要なことはする人間というのはつまり、必要だと感じたらどんなえげつない方法でも実行するからだ。
ギャングなどと言うのは、力を持っているだけの悪ガキでしかない。
そういう類のクズは、実にやっかいだ。
「貧困街だ」
「何だと?」
「だからぁ〜スラム生まれだっつってんだよ、汚い親から生まれて汚い汁をすすって、汚い方法で生き残って、で、カス共を食い物にして俺は食いつないできたわけだ」
「それが何だ?」
そんなこと知ったことか。
同情でも期待しているのだろうか・・・・・・自分以外の人間の苦労など知ったことではないし、そもそもが仮にこの女が知り合いだったとしても、私に「憐憫」だとかの機能は付いていない。
この女はこれから大層な「お題目」をぺらぺら話すのだろうが、ギャングが考えるのは腰の振り方と、金の数え方と、綺麗な殺し方だけだ。
そんなモノに耳を貸していられない。
「俺が言いたいのは、テメーラ自分が思っているほど小綺麗だと思ってんのかってことさ。俺を買う人間は腐るほどいたぜ? 元々腐ってただけかもしれねぇが、政治家だの資産家だの、肩書きがご立派な人間ほど、赤ん坊みてぇにむしゃぶりつきやがる! 気色悪いったらねぇよ! なあ、前から聞いてみたかったんだが、あんたはこの廃棄ゴミより臭いこの世界をどう思う?」
へらへら笑いながら、フカユキはそんなことを言った。悲劇の女気取りの次は、悲劇アピールかと思うと、本当に面倒な奴だ。
だが、質問は興味深いモノだったので、答えてやることにした。
「だから?」
「だからって、お前、他でもない鬼畜ヤローの手メーなら質問の意味が分かるだろ?」
「知ったことではないな。お前の基準が人間の欲望なら、私の基準は金だ。ある程度自分が豊かであれば、ゴミが何人沸こうと知らん」
「ヒュー、かぁっくいい。なら、あんたは自分がまさか善良な人間だと思ってんのか?」
「それこそどうでも良い話だ。そんなモノはどうでも良い他人が決めることであって、知ったことではないな」
「なら、あんたは悪人かい?」
からかうようにそんなことを言う。
どうやらフカユキは、人間の汚さを見過ぎて壊れてしまった狂人の類らしかった。だからこんな風に、宇宙船を爆破もせずに、私の話に聞き入っているのだろう。同じ破綻者の臭いをかぎ取って、私から見た世界がどう写っているのか? それを知りたいからだろうが。
だが、世界なんて簡単なものだ。
世界は作家に読み解ける程度に出来ている。
「悪かどうかは当人の心が判断するものでしかない。世間的だとか、倫理観だとか、それは社会をスムーズに動かす為のモノであって、実際には善悪など当人の意思次第だ」
「へぇ」
どうやら興味は引けたらしく、私の乗っている宇宙船は爆発したりはしなかった。
「面白いなあんた」
にやにや気味の悪いガキだ。
無論、声には出さなかったが。
「肩書きのご立派な奴ほど、俺の経験じゃあ下半身しか動いていない、自己顕示欲の塊みたいなつまんねー人間ばっかなんだが」
当てはまるのかどうかはしらないが、どうでもいいが、何か思うところがあったらしい。
作家なんて肩書き、金が伴わなければ不名誉なだけだと思ったが。
「作家というのは、所謂「普通」って奴を毛嫌いした末になるものだ。ピエロではないから面白がられても不快だが、何にせよ用がないなら切らせて貰うぞ」
そう言って、回線を物理的に切断しようとしたのだが、「まてよ」とフカユキは言う。
「あんた、殺しの依頼を受けてるんだってな」
「それが何だ?」
「俺の依頼を受けないか?」
予想外の方向から矢がたった。てっきり爆弾の
準備を続けていると思ったので、脱出のことばかり考えていたのだが。
依頼。
確かに前金は良かったが、しかし、
「面倒だ、断る」
と言った。しかし、
「宇宙船を爆破してもいいんだぜ?」
と言われてしまえば、従うしかない。
そして私は人に従うのが嫌いだ。
「そんな目で見るなよ。俺が欲しいモノはシンプルに金だ。あんたが殺し、俺が金を払う」
「お前は本当にフカユキなのか?」
以前会った女はこんな奴だっただろうか。
見た目は同じだが、中身が違う。それは明白な事実だった。
「ああ、あれね。途中で入れ替わってたのさ。あの女、フカユキとか言う女と、そっくりそのまま飛行船に乗った辺りから入れ替わっただけだ。どうせ俺には名前なんてないし、それでいいよ」
つまり本物、というか以前私があった方のフカユキは、こちらのバックアップと手を組んで金でも貰っていたのだろうか。
「確か、「同一個体に対する環境適応実験」らしいぜ。要は同じ存在を違う環境下に置いた場合の反応、成長の差異、それを調べる為の実験だったらしい。作家先生の会ったフカユキは成功例、というかオリジナルなのかもな。俺も、自分が何人いるのか良く知らねぇ・・・・・・そもそも、それを立案した組織は潰れちまって、たまーにこうして他の自分と交流を深めるくらいさ」
今となってはただの双子、いや数の多い姉妹というわけか、どうでもいいがな。
私が携わった訳でもない実験の成果など、どうでもいい。しかし、同じ人間を複数作る、とは、随分と熱心な研究家がいたのだろうな。
人権の無い同一個体、社会への適応実験でこいつのように「あえて劣悪な」環境下に置くことで「人間の成長」を解明しようとするなどと、人のことを言えた人間ではないが、随分とまぁ分不相応な上、大それた実験を思いつく奴がいたものだ・・・・・・私も人の事は言えないが。
物語を書いて金を貰おうなど、どうかしていなければ、とても出来ないのだろうが。
「それで、私をオリジナルと組んで、何のメリットがある?」
「逆だよ、アンタはメリットがないと来ないだろうし、それに俺には戦力が必要だった。けれど面識のある個体はあいつだけだったから、仕方なく遠回りな方法でアンタが断れない状況を作り出して、俺に協力させ、腐った資本主義の犬共を殺す依頼を出すつもりだったのさ」
戦力、ね。私に依頼を通常ルートで行えば、確かに私はここまで来なかっただろう。
「回りくどい女だ」
「仕方ねぇだろ。本来ならアンタを利用して、邪魔な奴等を皆殺しにしなけりゃならなかったからな。まぁまるまる嘘ってわけでもないぜ。俺もあの女と同じ、アンドロイドと人間のハーフだよ。あの女の「予備ボディ」が俺なのさ。記憶も共有してるが、まぁそれだけの関係だ」
成る程、ネタが割れればつまらないオチだ。
使い古された設定だな、「影武者」というのは・・・・・・こんなひねりのないトリックに、騙された私も悪いのだろうが。
何かあれば暴力で脅し、それでいて自分たちを裏切るな、従順にいるのが賢いと、臆面もなく押し付けられるのが、ギャングだ。
自分達の生き方が「イケてる」とでも思っているのだろう・・・・・・そんなクズが金と権力を手にし続けてきたのが人間の歴史なのだから、全くこの世界の底も知れている。
「それでどうやってお前は儲けるんだ?」
金を払って終わりではないのか?
「株価を操作するのさ。だから、ばれない殺しは利益が大きい。昔から人間はそんなもんさ」
単調で下らない。
だが、人の不幸で株を操作し、儲けるのは昔からよくあることで、珍しくもない。
「相手が信頼できるかにかかっているな・・・・・・そういえば、あの医者はどうした? あの男も仲間だったのか?」
「そうさ。悲劇のヒロインを演じてから、出番を用意してやってたんだがな。ま、部下の一人だ」 下らない茶番に付き合わされ続け、逆に始末されるところだったというわけか。
「俺が欲しいのは権力だ、人間の欲望すべてだ。だから金が稼げれば軍隊は諦めても良い」
「そこまで、私を雇用したがる理由は何だ?」
「ばれないからさ。サムライの殺しなら、どのサムライに誰が依頼したのかなんて、分かるわけねぇしな。それに、お抱えが一人いりゃあ、邪魔者を始末するのに、余計な金と人員と、手間暇かけずに済む・・・・・・サムライのやり口になれたあんたは分からないかもしれないが、人間一人消すのに恐ろしい時間がかかるもんだぜ。ばれないようにってなると、余計な」
「それならニンジャを雇えばいい」
暗殺は彼らの領分だ。
サムライは必要ない。
「抑止力として必要なのさ。サムライはこの銀河の海で、武力の象徴だからな。誰かがサムライを雇っても対抗できるし、良いカードだ」
・・・・・・まぁ、理屈は分かった。
金払いも良さそうでもある。
どうしたものか。
「何故、権力にこだわるんだ?」
人間が望むものと言うのは、当人の願いに近いところにある。だからそれを知れば見えないところが見えるかもしれない。
そう思った。
「何故も何もねぇだろ」
フカユキは、いやフカユキの予備だったか。まぁ面倒なのでそう呼ぶとして、女とは思えない獰猛そうな顔つきで、いっそ涎でも垂らしそうな顔をして言った。
「権力は正しさを押し通すことが出来る。所詮世の中なんぞ偉い人間が右か左か、ルールを決めて他は陵辱されようが殺されようが、「それが正しい」ってことになって、良いように搾取されるだけだ」
食う側に回りたいのさ、と。
肉食獣のように、フカユキはそう答えた。
何か嫌なことでもあったのだろうか・・・・・・まぁあったのだろう。陵辱され奪われ、良いように使われることにうんざりして、始めたのが奪うことを仕事にするギャングだというのだから、皮肉というか何というか。
「確かにそうだろうが・・・・・・お前の野心と私がどう行動するのかについては、いっさいの関係がないな」
とは言ったが、しかし作品のネタにはなりそうだし、受けるだけ受けてみることもありだろう。 無論、そういった態度は出さない。
出せば安く見られる。
「そうでもねぇさ。金なら弾むぜ」
会話していて余程、先ほどの「悲運の女」の演技から素の部分がぶり返したらしく、必要以上に偽悪的なしゃべり方だった。
正直興味が沸いてきた。というのも依頼に対してではなく、この女にだ。「悪」というのは強い個性であり、小説に限らずあらゆる娯楽文学、漫画にしてもそうだが、物語には魅力のある悪人が必要不可欠だからだ。
私自身が善人ってわけでもないので、悪人と悪人の対立を描く話が多く、主人公として起用するにも敵対者のモデルにするにも、悪人というのは興味深い存在だ。
そのためにも、私の立場をフカユキに教えておいてやるとしよう。
「はっきりさせておくが、そうだな。私は金と作品の執筆・・・・・・から得られる「人生の充実感」が得られれば、他はどうでも良い人間だ」
無論、言うまでもないことだが、金が伴ってこそだ。金がなければこんな面倒なことやっていられるわけがない。
「なら、丁度良いじゃねぇか。殺しの依頼相手は権力を笠に着た悪党だぜ」
「いいや、それでは一人悪人を取り逃がしているからな・・・・・・お前という悪を、私の作品に取り入れずに捨てるのは惜しい。だからこうしないか? 私とお前で戦って、負けた方がしたがう」
「は」
無論、そんなわけが無い。
この女はいずれ始末しなければ・・・・・・こういう「中途半端に力を持った」偽善者ぶったクズというのは、手に負えるものではないからだ。
それがギャングという生き物だ。
下らない誇りと建前の為に、いくらでも殺して悪びれないクズだ。私か? 私は建前など一々使ったりしない。建前がなければ正当化できず、素直に邪魔者は殺すと断言する。
彼女は鼻で笑い、「買ったら腰でも振って欲しいのかい?」と、若干下品なことを言った。ギャングなんて存在が下品なのだから、まぁ仕方ないだろうとは思ったが。
私は理不尽な暴力が嫌いだ。
暴力で物事を押し進めるこの女は、特に。
「私にも好みはあるのでな、遠慮する。私がお前に勝利したら、そうだな、作品のためにお前の生い立ちだのなんだのを、お前という悪を作り上げた原因を知るために、取材をさせて貰うとしようかな」
「俺が勝ったらお前はどうするつもりだ?」
「その依頼を受け、邪魔者を始末してやろう。なんなら雇用契約を継続的に結んでも良いぞ」
するとフカユキは画面の向こう側で俯いてぶるぶると震えていた。なんだ、今更腰が引けたのかと思ったら、突然大笑いをし始めた。
「あーはっはっはっは、いいぜ、受けてやる。ただし甘く見てると死ぬぜ、お前」
「だろうな」
いくら何でもギャングのボスを務めるほどなのだから、それ相応の戦闘能力はあってしかるべきだろう。私は戦闘が好きではないが、こうでもしなければ作品の参考にならないし、仕方ない。
「なら、今この瞬間からスタートだ。その宇宙船のパイロットは買収してある。こちらに帰らせるぜ」
「構わんよ」
などと言ったが、そうだったのかと感嘆しても締まらないので、ここは最初から分かっていたように振る舞うとしよう。
まさか宇宙船のパイロットを買収するとは。
案の定、突然Uターンをされたので、どのみちこの宇宙船ではこの惑星を抜けられなかったのだろう。私はターミナルに再び降り立った。
近くにある河原で決着をつけたいという連絡が入ったので(古風な女だ)私は注意を払いながら周囲を警戒しつつ、河原へと足を運んだ。
「待ってたぜ」
そこには野獣が立っていた。そう表現して良いくらいに荒々しく強い印象を強引に抱かせる、フカユキの姿があった。
どうやったのかは知らないが、髪は金色に変わっており、よく見ると拳も通常ではあり得ないほどに堅そうで、恐竜と退治しているような錯覚に陥った。今更だが、あのひ弱な被害者面は、演技だっただけでなく、科学の力で骨格を変え、渾身の変身をしたからこそ、私は騙されたようだ。
華奢なことには変わりないが、筋肉が女ではあり得ない程発達している。
フカユキは啖呵を切って、
「仁義を通して道理を引っ込める。それが俺の生き方だ・・・・・・さあ」
殺し合おうぜ、と。
いくら凄んだところで動機は金であり、こういう「建前みたいなもの」を振りかざす馬鹿にはロクなのがいない。自分達の生き方がクールでイケてると思いこんだ馬鹿は、大抵こういう下らないポリシーを持っているものだ。
そして彼女は、例えるならば同窓会で会った昔の友達が、勢いで二次会に誘うような気楽さで、私に刃を向けるのだった。
幕間
女の話をしよう。
貧困下で出来ることは、身体を売ることだけではないと、聖者ならば言うかもしれない。私からすれば知ったことではないのだが、噺を続けると・・・・・・要は「選ぶ自由のない人間」だったと言うだけの噺だ。
自我が芽生えた頃には、慰み者になっていたらしい。どうでもいいがな・・・・・・とにかく、女は運良く暴力を手に入れ(死に瀕していたニンジャから、力を奪ったらしい)復讐を誓った。
陳腐な考えだ。
面白味もない。
とにかく、この物語に主役がいるとすれば、それは復讐にふさわしい力を手に入れた女のことだろう。私は作品のネタを求めて、金と充実の為だけに動いている人間でしかない。
主人公。
私から言わせれば、「正しく見える」倫理観と「理不尽に打ち勝つ暴力」を兼ね備えただけの、チンピラでしかない。
はっきり言って不愉快だ。
この世が不条理なのは当たり前の事実だ・・・・・・・・・・・・だが、所謂「成功者」やさっきも言った「主人公」と言った人種は、さも自分達がそういう理不尽を打ち破るのが当然であり、何一つ悪びれず、私のような悪人を虐げる。
これが不愉快でなくて何なのか。
嫌悪感を抱かずには、いられない。
この物語は私という「生まれついての悪」が、主人公をどう手玉に取れるかが重要なファクターだ。戦えば勝てないが、そうさな、だからこそ主人公であるこの女には、自分で自分を裁いて貰うしかあるまい。
つまるところ。
私は最後まで傍観者なのだった。
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悪人の願いなどと言うモノは詰まるところ、人並みになれなかった分の埋め合わせ、不遇の分人並み以上に「力」であったり「権力」に拘り、生まれながらの悪でない限り、私のような存在そのものが悪のような存在でない限りは、おおよそ、願いはしれているのだ。
だが、この女は本物のようだった。
私と同じ、破綻した人間だった。
まさか正面戦闘でサムライを殴り飛ばす奴が存在しうるとは・・・・・・私は地面に叩きつけられながらも体制を立て直し、幽霊の日本刀を構えた。
だが、私の幽霊のに本当を「見ながら」フカユキはこう言った。
「それが、サムライの武器か?」
幽体である以上、霊能力者でもない限り見えるはずはないのだ。つまり、嫌な予感が的中したということだ。
まぁ、この女をベースにクローンニンジャを量産しようとした奴がいたのだから、当然といえば当然だったが。
ここで断っておくが、私は戦うものではない。 作家は普通戦わない。
だから恐ろしく不安ではあった。始末にはなれているが、しかしこんなアクション映画の主人公みたいなポジションで戦うなど、私の役割ではないはずだ。
「ニンジャは幽霊の手裏剣か。つくづく手抜きな武器を渡されたものだ」
見えた。
彼女は手裏剣を指と指の間に挟んでいた。そしてそれは私の日本刀と同じ物質で出来ているらしかった。
今回の件から分かったことは、どんな時代であれ、馬鹿に過ぎた暴力を持たせると、大概ロクなことにならない、ということだ。
わかりやすく超能力じみた能力を持っただけで拳銃を持ったチンピラと、対して変わらない。
ギャングなんていつの時代もそんなものだ。
暴力に正当性を考える時点で、ロクな生き物ではない。
「ベアナックル代わりに使うとは。それは確か投げるものだろう?」
「この方が性に合ってるだけさ」
言って、プロボクサーが素人相手に本気を出すような大人げなさで、私を殴り、翻弄し、そして私は必死に幽霊の日本刀を盾にして、つまりは防戦一方で精一杯だった。
冗談じゃないぞ。
こんな強いニンジャがいたのか。
私はデスクワーク担当でありたいのだが。
「どうした? そんなに腰を抜かしたんなら、手を貸してやるぜ」
まるで物語の主人公のような、理不尽な強さだった。冗談じゃない、私は作家であって、格闘家ではないのだ。
つまり始末が得意なわけであって、正面戦闘、それもサムライの能力が通じない奴相手では、新任の教師が良く知らないクラスメイトたちの喧嘩を仲裁するくらい、手慣れていない。
まして主人公みたいな奴が相手では・・・・・・・・・・・・まずいぞ・・・・・・考えるのだ、主人公を倒す方法だって、考えようによってはあるはずだ。
人質作戦、は相手がいないし、このまま戦っても勝ち目はなさそうだ。なによりこの女が、本当に主人公みたいな人間なら、主人公みたいなキャラクター性を攻略できる方法でなければならないのだ。
そんな方法があるのか?
「お祈りは済んだか? なら・・・・・・ブチかまさせて貰うぜ!」
そんな主人公みたいな理不尽な言葉をはいて、フカユキはどんどんと迫ってくる。
だが問題ない。
主人公を殺害する方法は、たった今成功した。 フカユキは足から血を流し、
「ぐ、ぐあああああっ! な、何ィ?」
叫び方まで単調で、つまらない女だ。当然ながら彼女は、不可解そうに足元を見た。
足下。
主人公が敗北する理由があるとすれば、それは油断や覚悟の有無だろう。殴られて投げ出された際に、大きめの石を刀で切って尖らせ、延長線上にトラップとして設置した。
そしてそのわずかな隙があれば十分だ。
「勝った!」
そう叫びながら私は刀を振り下ろした。
しかし、
「いいや、そうでもないぜ」
あっさりガードされ、私は一生懸命勉強したのに報われない学生のように、殴られて後ろへと吹っ飛んだ。
何だ、何が起きた。
「お前の日本刀はどーだか知らんが、俺の手裏剣はどこからでも出せるのさ」
首の部分から、いや全身から手裏剣の刃の部分が、フカユキの身体の内から生えてきた。どうやら、武器としてではなく、鎧として活用する戦い方を採用しているらしかった。
「サムライもニンジャも、武器が幽体ってことはだ。同じ幽体なら防げるし、別に拳がある以上、飛び道具なんかに頼る必要はねぇよな」
そんなことをあっさりというフカユキ。
まずいぞ・・・・・・主人公というのはこれだから厄介なのだ。学習してどんどん強くなっていく以上、一旦引くという選択肢もとれない。
ここで倒さなければ。
こんなただのクズに殺されてたまるか・・・・・・「弱い人間を養護して権力と戦う俺」に酔っぱらっているだけのクズに、つまらない足止めをしているほど私は暇ではない。
なんにしろ、生き残らなければ。それでなければ、悪人の特性と、主人公の属性を持つこの希有な女に、取材が出来なくなる。
いや、まてよ。
先ほど、仁義を通して道理は引っ込めると言っていたが、どういう意味だろう?
考えろ。
つまりこの女はダークヒーローのような主人公性を持っていると仮定して、弱者のためにあくどいことでもするという、意思表示かもしれない。 なら、話は簡単だ。
弱者を守る主人公は、弱者に手出しはできないからな。
この女は、いやギャングというのはどうしようもないクズだが、しかしそういう輩に限って「誇りみたいなもの」を大切にする。
そこにつけ込ませて貰うとするか。
「始末を依頼したいと、そう言っていたな」
和睦、懐柔、なんでもいいが、依頼を受けた上で取材をするという方法ならば、受けるかもしれない。まぁ、できれば面倒なので引き受けたくないが、仕方あるまい。
こんなところで殺されても困る。
戦っても勝てないから説得するという現実的なアイデアで、乗り切るとしよう。
「ああ、そう言った」
「それは何故だ? それだけ腕が立つんなら、私の協力なんて、必要ないんじゃないのか?」
「そうでもない。強いってことはマークされるってことでもある。だから暗殺には向かないのさ」 暗殺に向かないニンジャか。
ますます私とは違い、主人公みたいな在り方をしている奴だ。
「受けるかどうかは分からないが、話を聞かせて貰えれば、そこから判断できるが」
とはいえ、恐れるには足りない。
戦わないと言う選択肢。
相手を懐柔するという選択肢が、私にはできるからな。
主人公ではない、私には。
主人公のように、あるいはダークヒーローぶったクズの、この女のように無謀な戦いをせずとも、私は大人の汚いやり方で勝利を得るほうが、性に合っている。
そういう意味では、先程はらしくなかった。
恥ずかしい。
熱血物の主人公でもあるまいに・・・・・・まぁ、結局金で解決できそうになったのだから、良しとしておこう。
実利が有ればそれでいい。
と、思ったのだが・・・・・・。
「ダメだ」
そんなことを言われた。
私がもし、あり得ない話だが「主人公」のようなものだったら・・・・・・・・・・・・バトル物でもハーレム物でも何でも良い、そういう「主人公」だったなら、きっと、「この女には何か事情があるんだ」と気遣いを見せたり、あるいはしつこく聞いてヒロインを怒らせたりするのだろう。
気分が高揚した。
まだ見ぬ謎を知って、作家としての本能がうずいたのかもしれない。・・・・・・まてまて、なんだそれは。
私が作品を書くのは金のためだ。
そのはずだ・・・・・・・・・・・・そのはずだ。しかし、その割には命の危機に瀕してすら、私が考えるのは多くの主人公達が目の前の泣きそうな人間を放っておけないだとかいう綺麗事、ではなかった。 自身の作品について。
考えていた。馬鹿馬鹿しい、私は金や安心のために書いているのに過ぎない。作家としての誇りだとか信念だとかはない、はずだ。
もし、あるのなら?
どうだろう。私にはこの女、この目の前で私を雇って誰かを殺そうとしているフカユキにすら、全く興味がもてない。
持つつもりもない。
強いとか、弱いとか、そんなのはどうでもいい話でしかない。
私はアクション映画のスターではないのだ。
金のために・・・・・・そのために仕方が無く、面白い作品を書き、書いて幸福になりたいだけだ。
そのはずだ。
だから、話したくないと言うならば是非もない話でしかない。良く知らない相手であろうが始末の依頼をこなすだけだ。
フカユキは黙り続ける私を見て、頭をポリポリとかきながら、
「わぁーったよ。教えてやる、ただし途中退場は認めないぜ?」
と言った。
内容を知れば、抜け出すことのできない標的ということか・・・・・・・・・・・・。
「いいだろう。作品のネタになりそうだしな」
案外、こんなふうに嫌だ嫌だと思いながらも、それをついつい考えてしまい、思考から外すことができず、結局そのために行動してしまうこと。 それがプロとしての条件だとしたら、不本意なことに、私は恐ろしいほどに作家としての素質・・・・・・いや、作家という「生き方」から、離れることができないようだった。
例え、そのために見ず知らずの独裁者の始末を依頼されたとしても。
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因果な商売だ。
作家という物が「思い」だとか「信念」だとか「思想」だとか「人の意志」を描くことを生業としている以上、彼女の生い立ち話には興味がわいた。
沸いてしまったと言うべきか。
それを書いたところで誰も読まなければ、どんな生き方でも味わえない虚しさを味わうというのだから、普通に考えれば割に合わず、割にも合わないのにそんな生き方しか選べなかった。
いい機会だから記しておこう。
この世界が物語だとすれば、私は主人公ではないし、なる気もない。
あのフカユキとかいう女こそが、ダークヒーロー的な主人公なのだろう。詳しい事情は後ほど記述するが、成る程、やはり世のため人のため・・・・・・実にありきたりで期待はずれな、意外性のない理由から彼女は行動しているらしい。
主人公とは往々にしてそういうものだ。
今更説明するのも馬鹿馬鹿しいが、この物語は私が悪人を倒してめでたしめでたしと言った展開を目指しているわけではない。私はあくまでも語り手であり、作家として最高のネタを読者共に伝えるだけだ。
だから真実はこれを読む読者共が考えろ。
それは私の仕事ではない。
私は作家なのだから、綴る所までが私の領域だ・・・・・・物語から真実を汲み取るのは、読者の仕事でしかない。
だから考えろ、読者共。
私は経験したことをおもしろおかしく伝えるだけだ。そこから先は読者自身がやるしかない。
少なくともこれから語る暴力と理不尽の物語から、それに立ち向かう方法くらいはつかめるはずだ。そう思う。
「つまりだな」
フカユキという腐れ縁の女と、私は先程の河原から離れた場所にあるレストランの中で会話していた。
当然、殺伐とした話題だ。
時代が変わっても変わらない、権力者と富と、それに連なる奴隷の物語だった。
「俺たちは体の良い奴隷だったのさ」
「奴隷?」
見たところ、首輪はついていないようだが、どういう意味だろう?
大体が、奴隷だのなんだの、やはりこの女は「自分達は不当に搾取されているから」とかそういう理由で暴力を正当化しているのだろう。そんなクズが泣き言を話し出したのだから、私としては笑いをこらえるほか、なかった。
「この惑星は俺の故郷なんだが、大した軍事力も持っていない自治国家みたいな物だったからな。外交・・・・・・と言えば聞こえはいいが、要は資源の切り売りをして銀河連邦に加えていただいた立場だった」
どれだけ科学が進もうが、国や人、それらの欲望の向かう方向は同じということらしい。
やれやれ。
政治というものは、なかなか進歩しない。
それでどれだけの民衆が飢えて死のうとも。
その政治の犠牲者達がギャングとなり、この惑星を治め始めたという話を聞いて、私はそう思わざるをえなかった。
私は作家なので、気にするつもりもないが。
とはいえ、面白い題材ではある。どんな悲惨な状況下での物語も、スクリーン越しであれば物語として笑いながら民衆は金を出してくれる。
感動とか。
教訓とか。
それらしいことを言って、感じて、実際には関係のないどこか遠くの世界の出来事だからこそ、言ってしまえば悲劇は金になるのだ。
悲劇。
現実にそれを味わうモノ達からすればたまったものではないだろうが、しかし現地の人々の叫びみたいな、あるいはその代表の声みたいなモノを演出し、「皆で世の中を変える意識を持とう」みたいな綺麗事を並べていたり、悲惨さらしきものを演出すれば、彼らは「こんな事が現実に起きているだなんて!」とか言って、ご立派な文明人ぶった彼ら彼女らは、本を買って読み、涙を流したりして、立派に人道的な善人であろうとする。
簡単に言えば平和な世界に住んでいる人間達からすれば、そういった悲劇を本で読み、そしてそれに同情して良い人ぶる行為は、社会的なスティタスなのだ。
善人であること。
彼らはそう思いこむことに余念がない。社会的であったり、あるいは人道的にそれらしく善人みたいな行為をしていれば自分たちは立派な人間であり、何に恥じることもなく、悪いのは自分たちのように振る舞えない世界だと思えるのだ。
楽そうで羨ましい。
何にせよ、悲劇は金になり、平和な世界の人間達の「道徳みたいなもの」を満たしてくれる。金になれば実際はどれだけ滑稽な自作自演であろうが、それが通用するのが資本主義社会と言うものだ。構わない。私は善人ぶるつもりもないし、そんな良くわからない境界線はどうでも良い。
金だ。
正しさも悪逆非道も、金がいる。
分かりやすい世の中になったものだ。
「故郷か、正直故郷のない私からすれば良くわからないが・・・・・・引っ越しては駄目なのか?」
「当たり前だろ、自分たちの生まれ育った土地を放っとける訳ねぇだろ」
「そうか」
全く分からなかったが、まぁ分かったフリをしておこう。
「それで、結局私に始末してほしい相手というのは誰なんだ? 話を聞く限り政治家か何かみたいだが・・・・・・」
「全然違う。人間じゃない」
どういうことだろう。
侵略してきたエイリアンと戦えと貝割れ無いだろうな・・・・・・相手が幽霊でも侵略者でも神でも悪魔でも殺せるが、しかしこれ以上やっかいそうな相手とは戦いたくない。
私は作家であって、何度も言うが戦闘など得意なだけであって、疲れるし、そういうのはバトル系の漫画に出てくる「俺がやってやるぜ!」とか無駄に暑苦しい女と友と皆のために戦う主人公に任せればいい話だ。
面倒なのでこれ以上、柄でもない戦闘行為はごめん被る。
誰か別の奴にやらせろ。
そう言いかけたが、しかし、彼女の口から出た言葉は拍子抜けというか、そんなことなら自分でやれと思わざるをえないチョロい仕事でしかなかった。
「この箱を叩き斬ってほしい」
言って、見せた写真に写っていたのは、箱だった。ただの箱ではない。どこかの惑星の要人らしき人物が、大切そうに保有している。
「振動核の発射スイッチが入っている」
振動核。
従来の爆弾とは違い、非殺傷能力を突き詰めた結果、人類が開発した「人道的戦略兵器」だ。
兵器に人道も何もって気もするが、死人がいっさい出ず簡単に敵国を制圧できることから、抑止力としても効果は高く、保存しても害悪がないので重宝されているらしい。
未来の抑止力。
そんなモノを斬ってどうするつもりだろう?
「サムライやニンジャの持つオカルトテクノロジーは、物質の魂を斬り、生物は腐り無機物は使用不可能になる。見た目はそのままで使えなくして行きたいんだ。詳しくは話せないが、外交を有利に運ぶための策略とでも考えておいてくれ」
成る程。
高い金払って拵えた人道的戦略兵器が、実は昨日から使えませんなんて事になったら、外交に関しても弱腰にならざるをえない。
そこから条約を結び直し、彼女の言う「故郷」を書類の上でも取り戻す腹なのだろう。
何にせよ、この箱のある惑星には興味があり、前々から取材にいこうかと検討していたところだったので、そのついでとしてはいいだろう。
「構わないが、予定にない惑星にいちいち向かわなければならないのだから、報酬は弾んで貰おうか」
口ではこう言うが。
当然と言えば当然だが。
「良いぜ」
と言って、彼女は封筒を取り出した。
「前金だ、受けとりな」
中には金のクレジットチップが何枚か入っており、適当なことを言っただけでここまで儲かるとは、流石に思いもしなかった。
何にせよ楽しみだ。
観光がてら、取材ついでに楽しめそうになってきた。
彼女は封筒を出すなり「じゃ、頼んだぜ」と言って、立ち去ってしまった。
だが去り際、
「もし失敗したら、改めて殺しに向かってやる」 と、恐ろしいことを言うのだった。
要は、先ほどの説明から簡単に推測すれば、だが・・・・・・「性能は同じ」だが「劣悪な環境で」育ったシェリーホワイトアウト、フカユキの姿だと言うことらしいが、環境が違えばここまでかわるものなのか。参考になる噺だ。
だが、私は語り手であって、戦っても死なない主人公ではない。
あんな疲れる体験は、一度味わえば十分だ。
こうして、依頼を受けて、つまりはアタッシュケースもどきを斬る為だけに、私は銀河の果てから果てへ、旅をするのだった。
まさか、宇宙船が墜落し、未開の地に降り立つとは思わずに・・・・・・などと、適当なことを言っていったん筆を置くとしよう。
9
ロック、バー、そしてハンバーガー。
それがその惑星の全てだった。
「うるさい場所ですね」
そう言ったのは地球在住の神だった。つまり私の寿命を延ばし、私に「幽霊の日本刀」を与えたサムライの総元締めだ。
いい加減呼びづらいので、何か名前を頂きたいところだ。
「なぁ、お前、名前とか無いのか?」
「どういうことでしょう?」
「無くても構わないが、呼びづらい。何か無いのか?」
「では、タマモとでもお呼びください」
「タマモ・・・・・・」
玉藻前が正体ではないかと睨んではいた。確か、大昔に退治されたとかいう女に化けた狐の名前だ。何でも良いが。
怪物であろうと 人間であろうと、そんなモノは肩書きが違うだけであり、少なくとも私にとって大切なのは、その肩書きが金になるかどうかだから、問題ない。
まぁただの偽名かもしれないが。
あの星には山のように神様が、あるいは怪物がいたという伝承があり、そんな大安売りされているモノの中の一つを使っているだけに過ぎない。 だから名前と正体とを結びつけるのは、いくら何でも早計だろう。
「そうか、ところで油揚げでも頼もうか?」
「いりません」
そんなものはこのバーに置いていないし、置いていたところで頼むつもりもなく、何が言いたいかといえば私はただ単に悪ふざけでからかっただけであって、それは相手が神でも怪物でも変わらないと言うことだ。
正体が何にしろ、女であることは確かなようだ・・・・・・自分という女を安く見られたとでも思ったのか、むすっとして口を利こうとしない。
「とりあえず、タマモとやら、聞きたいことがあるのだが」
「・・・・・・何ですか? 私は忙しいのですが」
掃き掃除しているだけだろうと言えば、恐らくさらに頑固になるであろう事は明白なので、控えることにした。
「そういうな、お前のような美人を連れ回せて光栄ではあるが、しかしこちらにも事情がある」
「断ってしまえばよいのでは? あなたは」
言って、こちらに向き直った。
「私の依頼を受ける代わりに不死・・・・・・ではありませんが、不老の効能を得ています。作品の執筆のネタになるからと、こんな危険を繰り返す必要はないのでは?」
もっともな質問だ。
しかし、そのもっともなことをできない生き物を世の中は「男」と定義している。
つまり落ち着きのない生き物である我々に、そんなことを諭すのは無意味を通り越して無知であるのだ。などと、それらしいことを言ったが、しかし要は「生き甲斐」や「やりがい」だとか、あるいはそういった充実感のために、ありもしないものを探しているだけかもしれない。
しかしそれを素直に言わないのもまた、男という生き物である。
「そんなことはないぞ、人生には充実感のある趣味が必要だ。そうでなくては面白くない」
「面白さのために、そんなモノのために命を張るのですか?」
「死にたくはないので、低いレートで張るがな。何にせよ、あれば面白い。そして、面白きことも無きこの世の中を面白くするためには、必要不可欠なものだ」
などと、大言を言うモノの、大して根拠のない話なので、実際どうかは個々人によるだろう。
私はそれで問題なさそうではあるが。
「男というのは馬鹿な生き物ですね」
反抗心と言うよりは、言われたら言い返すという実に子供っぽい理由で、私は、
「そうだな、女と同じくらいには」
と言った。
「・・・・・・どこが、でしょうか? 思い当たりませんね」
「そんな男に騙されたり惚れたりする。そして、情緒は豊かだが、理性よりも感情で判断する。鈍感であることが男の欠点ならば、冷徹に切り捨てられないのが女の欠点だ」
漫画のキャラが怒る際のマークが見えた気がした。気のせいではなさそうだ。
肩が震えている。
話に感動して、ではないだろう。
端から見たら喧嘩しているカップルか、別れ話の最中にしか見えないのではないだろうか・・・・・実に不本意だ。
そんなつもりはなかったのだが。・
「・・・・・・ほぅ」
そんな私の心境を知ってなのか(まさか心が読めたりするのだろうか? だとしたら手遅れ過ぎる気もするが)彼女、タマモは反撃開始だと言わんばかりに、言い放つのだった。
「聞きますが、「冷徹に切り捨てる」のではなくただ単にあなた達は「他の女に目移りしやすい」だけでしょう」
それはあるかもしれない。
私は女性と付き合ったことがないので、正直良くわからないが、しかしいくら何でも一人の女だけ見続けるというのは、どんな男でも不可能だろうとは思う。
性欲云々ではなく、疲れそうではある。
たまには離れて行動したいというのが、世の男の本音なのかもしれない。
男の本音というのは、科学技術が進歩しても、やはり変わらなさそうではあるしな。
「愛情と性欲は別だからじゃないのか?」
「そこです」と、タマモは計算の苦手な学生相手に計算ミスの起点となる計算式の間違いを正す女教師のように、鋭く指摘した。
「なぜ別々なのですか!」
何か嫌な思い出でもあったのだろうか? 何でも良いが、しかし私に問いただされても困るのだが・・・・・・。
しかし事実だと思う。
「愛情が増せば増すほど、性欲の対象ではなく愛情の対象になるからじゃないのか?」
「両立すればいいでしょう」
憤っているようだった。
一体何の参考にするつもりだろう。
この女の将来が不安だ。神に将来なんてモノがあるのかは、知らないが。
このバーも、人が少ないと言うほどではない。それなりに出入りする人間は多いようなので、騒がしい女の奇行は避けてほしいところだ。最も、この女は見てくれは良く、私服姿なのか、この惑星のファッションスタイルに合っている姿のようだったので、どのみち目は引いただろうが。
若干以上に扇状的なファッションだ。この女の趣味なのだろうか?
カウンター席に我々二人は座って談義していたのだが、痴話喧嘩と思われたらしく、バーテンダーからカクテルの差し入れが一つ、間にそっとグラスで進められたのを見て、大声で騒ぎすぎたとタマモは猛省しているようだった。
私は気にしなかったが。
気まずくなったのか、タマモは場所を移動し、店内にあるビリヤードを突き始めた。私もそれに習って台の前に立った。
「両立も何も、性欲の対象と言うことは愛情がないし、愛情の対象となれば性欲が無いというのは恐らく、両立できるモノではないだろう」
「甲斐性がないだけです」
手厳しいことを言われた。
甲斐性か、しかし、男ばかりが女を養うという風潮もそうだが、男女の関係性というのは、私には理解し難い部分がいくつかある。
ついでだ。作品のためにいくつか聞いてみよう・・・・・・人間の醜い部分を深く描写するためにも、良い機会だと言えた。
私はビリヤードをわざと失敗して、それから言った。
「なら、女の甲斐性とは何なのだ? 少なくとも人から聞く限りでは、家で家事もせずだらだらと寝こけていたり、あるいはしていたところで、そんなモノは男でも出きる奴は多いと思うが」
必要性が良くわからない。
家事もなにも、それだけならば定期的に人を雇うか自分でするか、少なくとも食事なら外食で済ませれば良さそうなものだ。
「何の役に立つのか、皆目見当もつかないが」
「ふん! 女は影ながら殿方を立て、支えるものです。昔の国家首領も同じ事を聞いたらしいですが、妻の支えがなければ大統領の素質があっても、ガソリンスタンドの店長で終わるものです」「具体的にどう立てるのだ?」
結果論だけ言われても納得行きようがない。
女が男を立てるというのは、成る程美しい話に聞こえるが、隣に立っているだけで結果後から言うだけでは、迷惑でしかないだろう。
「辛いときこそ支えるのが、妻の本分です。心を支え道を誤らぬよう誘導し、当人にも分からないようにうまい具合に誘導し、成功すれば立てて行き、常に共にある」
それが人を支えると言うことでしょう、と大きな胸を張って言うのだった。
しかし疑問も残る。
「辛いとき悲しいときに、自分で自分を支えられる人間には、何をするんだ?」
困ったような顔をして、彼女は、
「・・・・・・おいしい料理を作りもてなすとか」
「自分で料理が出きる場合は?」
自分で言うのもなんだが、大概は作れる。
科学の恩恵もあるが、女でなければ作れない料理というのも、いくら何でもないだろう。
なければ買えばいいしな。
「疲れた体を癒すとか」
「マッサージに行けばいい」
若干涙ぐみながら、彼女は、
「旦那様の味方をします。相手が誰であろうとも味方になり、後方から支える。これは妻でなくてはできないことです」
「味方が要らない場合はどうするのだ?」
と、私が言ったところで、若干素が出たのか、真顔になってタマモは言った。
「そんなことはありません」
と断言した。
断言できるモノなのだろうか?
味方がいなくても実利があれば、少なくとも私は生きて行けそうだが・・・・・・よくよく考えれば、そんな都合が良い味方など、居たこともない。
それでも金があればおいしいご飯は食べられるし、味方がいないことを孤独だの何だのと、嘆く奴もいるのかもしれないが、私からすれば煩わしいだけであって、結果が伴えばそれでいい。
世の中そういうものだ。
と、思ったのだが。
「味方がなくても生きていけるなど、ただの傲慢でしかありません」
「しかし、資本主義社会である以上、金があれば生活は出きるし、味方とは言えないが、文明の恩恵を得て力を借りることも可能だ。そもそも、人と人が手を取り合って、仲間だとか味方だとかそれらしい物を真実手にして生きてきた世界など、未だかつて聞いたこともないが」
それこそ小説の中の世界じゃないのか?
現実には金で何とかなるのだから。
「生きるだけなら、それも可能でしょう。しかしそれでは寂しくありませんか?」
「いや、全然」
それこそ押しつけがましい善意という奴だ。
あった方が人間らしいことは確かだ。
しかし無くても生きていける人間もいる。
大勢が愛情だのなんだのを大切にするからと言って、大切にする気持ちそのものが無い人間を数えないのは迷惑でしかない。
あれば私も豊かもしれない。
しかし無くてもやはり、私は特に不満もなく、生きていける。
愛情だとか友情だとかは、私にとっては「あれば便利でさらに豊かになれる」ものでしかなく、必要不可欠ではない。
コーヒーに砂糖を入れるか入れないかみたいなものだ。あれば良いが、無くても楽しめる。
強がりとかそんなものでもなく、事実そうなのだから仕方あるまい。なんだ、ゲームとか漫画とか、娯楽を楽しむのも、人生の醍醐味であって、人生を楽しむ方法は愛や友情だけではないと言うことだ。
「愛情を重んじすぎているだけだ。重要かもしれないが、しかし、人生それだけでゃあるまい。愛がなければ非人間的であり、幸せではないなど、自分たちの常識を押しつけているだけに過ぎんと思うが」
「それでも、私は愛がある人生の方が、豊かだと思います。一人よりも、二人が良い」
経験からくる発言なのか、やけに思い詰めた表情でそんなことを言うのだった。
知らないが。
なので、事実だけ言った。
「かもしれない。しかし、無理に二人でなければならないわけでもない。人間は一人でも生きていけるようになった。まずはそれを認めろ。その上で望むならそれを手に入れればいい。愛情は尊いが、それが全てではないと言うことだ」
こんな風に偉そうなことを言うのは大嫌いなのだが(年寄りじみている)しかし、口が滑った。 今後は気をつけよう。
まだまだ私は若いしな。
説教されるのも嫌いなので、つまり、私の場合ただ我が儘なだけかもしれないが。
タマモは納得行ったわけではなさそうだが、
しかし控えたようだった。丁度良いタイミングだったので、私は話を切り出すことにした。
「勝負をしないか?」
「何のですか?」
「目の前にあるビリヤードだ」
先程の私の失敗を見ていたらしく、余裕を表情に出しながら「良いでしょう」と彼女は答えた。 騙されたな。
チョロい女だ。
まぁ、案外私の方が騙されていて、分かっていて話に乗ったのかもしれないと言う可能性もあるにはあるが。
つまり、勝負は私の圧勝だった。
例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!