邪道作家三巻 聖者の愛を売り捌け 分割版その7
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縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事
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私にとって「幸福」とは到達点ではない。
到達しないからこそ美しいモノもある。だが、私の欲望には際限など無い。さらに魅せる世界をさらに圧倒される光景を、さらにおもしろいモノを・・・・・・そう言う意味では、私の願い、私の心は永遠に満たされるモノではないし、満たされたところで、さらに彼方にあるモノを求めるだけだ。 つまり、こんな準備段階で躓いてはいられないと言うことだ。
そう言う意味では、彼ら神を信じるモノの気持ちも、あまり分からない。
死後、天国に行きたい。
詰まるところ、全ての宗教の根元はそれなのだろう。しかし、見たこともない天国へ行き、幸福を手に入れられるのだろうか? そもそも、私と違って彼らは別段、天国へ行った後、つまり目的を果たした後、その先を求められるのだろうか・・・・・・・・・・・・無理だと思う。
彼らの言う宗教の正しさは知らない、私は信者ではないのだ、当然だろう。
しかし、仮に天国があり、神が全能だとして、善良な信徒には行く権利があるとしよう・・・・・・・・・・・・それだけだ。
私のように死んだ後まで作品を書き続けたりはしないだろうし、その、用意された幸福で満足できるのだろう、それはいい。別に、人間何かを成し遂げなければならないわけではない。用意された天国で満足するのも、一興だろう。
だが、そこには当人の意志がない。
その天国へ行き、「楽しんでやろう」だとか「欲望のままに欲しいモノを手にする」でもないのだ。そんなモノを、只単に「他の皆が行っているから」という安直な理由で求めている気がしてならない。
神はいるかもしれない。
だが、それとこれとは話が別だ。
私は長い道のりを歩いて、またぞろ神の家、例の教会へと向かうのだった。あの女、アリスは置いてきた。人間の「悪意」にあの聖人候補自動主語装置、とでも呼べば良さそうな物体が、襲ってこないとも、限らないだろう。
まぁそれはどうでもいいのだ。
いつも思うことだが、物語にとって重要なのはお膳立てでは決してない。整った物語など、男の自慢話、女の見栄にも劣るものだ。要は、物語を読むことで、その「噺」を通して読者の精神に影響を与えることが出来るかどうか、だ。
教訓とでも言うべきか。
整った物語、騎士が竜を倒し、姫を救い出してめでたしめでたし・・・・・・それはいいが、その物語の一体どこに、心に響くモノがある?
感動はするだろう。
涙するかもしれない。
だが、救いのある物語ほどつまらないモノは無いように、そういう「善人が悪人を倒す」という物語には、薄っぺらな内容しかない。
善も悪も、環境によって変わるものだ。火炙りにしたかと思えば、その後になって「彼女は真の聖人だったのだ」だとか、妄言を吐くのが人間と言うものだ。
その不確か極まる世の中で、精神を成長させる物語、白紙の地図に指針を示し、良かれ悪しかれ呼んだ人間がその指針に邁進する。
それが物語と言うものだ。
最近は、いや大昔から、物語と言うよりただ流行に乗って「売れそうなモノを書く」という、書きたいのか売りたいのか良く分からない、殆どただの紙の束、燃えるゴミでしかないそれらを売ることが多くなった。
実利を求めれば当然だ。
しかし、これは実利ばかり求めていては、あまり対したことが出来ないと言う教訓らしい・・・・・・・・・・・・何冊もそういう「本もどき」「物語もどき」を呼んではみたが、つまらない上に、打ち上げる花火のようなもので、読み終わったら、あるいは流行が過ぎれば邪魔なゴミになる。
これが今の物語かと、むしろ驚いて感心したものだ・・・・・・よくもまぁ、あんな中身のないゴミ、駄作どころか紙の無駄遣いも甚だしいモノを、ああも沢山売れるものだ。
私も依然、売れれば何でも良いのかと思い、真似してみたが駄目だった。まず、気が乗らない。 私に作家としての誇りみたいなモノはないが、中身のないモノを延々と書くというのは意外と苦痛だ。そも、中身のない三流が書くモノを真似するのだから、退屈だし疲れて仕方ない。
三流の真似をしても疲れるだけだ。
だが、そんな三流達が稼いでいるという現状はやはり、真実よりも事実、美しいモノよりも美しく演出できるか、人間の意志よりも運不運、あるいは頭が回るかで決まるのかと思うと、心底ガッカリさせてくれる。
信仰も同じだろう。
あの女の信仰は本物だろう。そうでなくては聖人候補などと呼ばれないだろうし、あんな「摂理の作り出した怪物、の腕」みたいなモノが、守りに来たりもしないだろう。
しかし、それを巡る人間は全て偽物、いやただのハイエナも良いところだろう・・・・・・案外、私がこの少年少女の恋に肩入れするのは、良いように搾取される作家という環境が忌々しいように、他のところでも似たような事が行われていると知ったので、苛立ったからかもしれない。
「さて、どうするか」
「ええ、どうします?」
背後からそんな声が聞こえたので、少し驚いたが、やはりというか、そこにはストーカー女のアリスがいるのだった。
「何故いるんだ?」
「そこに意中の殿方がいるからですわ」
返事になっていない。この女、例の青年がらみだと本当に、他に何も見えないらしい。
「あの青年はまだだ。後でセッティングしてやるから、今はそこにいろ」
「約束ですわよ?」
「ああ、私は約束を破ったことがない」
どころか、人と約束をすること事態初めての気もしなくはなかったが、とにかく、私は教会に向かい、そのドアを開け、中に入った。
「・・・・・・・・・・・・」
誰もいない。
どう言うことだろう? 今は祈りを捧げている時間帯のはずだが。いずれにせよ奥に進むとしよう。私は作家であって主人公ではない。だからマナー違反だろうが何であろうが、作品のネタさえ手に出来れば、他はどうでも良い。
「よう」
とりあえず意味もなく、偶像崇拝、というのだろうか。精巧な像(恐らく、天使だろう)に話しかけた。当然、返事はない。
こんな石の固まりを崇めるのか・・・・・・根気のいりそうな作業だ。私には出来そうもない。
奥から音が聞こえる。何だ? 絶対に関わらない方が良さそうなものだが、まぁ人の不幸は密の味、そして未知なるモノを己の経験に変えるのもまた、作家の仕事みたいなものだ。
多分な。
違っても知らないが。
奥に行くと階段があり、地下へと続いていた・・・・・・何とも胡散臭い。神は全能かもしれないが、信じるのは人間だ。だから信用ならない。
それを強調するように、奥からあえぎ声が聞こえた、いや現在進行形で聞こえる。何だ?
私は奥にある扉を少し開き、そこを覗いた。
そこには、
「もっと鳴け!」
「もう、こんなことは」
「五月蠅い!」
そういって、あの聖女殿がむさ苦しい神父に陵辱されている姿があった。ざまあみろ、神とやら。お前は全能かもしれないが、信じる人間はこんなモノだ。そう思いもしたが、しかしよくよく考えれば、聖人や聖女というのは大抵、迫害されてるからこそという気もした。
などと、歓喜に浸ってもいられまい。
「誰だ!」
などと、実につまらない、ありきたりな台詞を言うのだった。人間としての底も知れそうだし、作品に対する利用価値はない。
私は話も聞かずに首を切り捨てた。
断面が綺麗だったので、倒れてから血しぶきは舞った。私は汚い人間の汚い血など、浴びたくもなかったので、私の為の行動と言える。
血が苦手って訳でもない。ただ、嫌なモノは嫌なので、仕方在るまい。汚いモノは嫌いだ。
「な、何をする!」
「何をするだと? どうせ弱みでも握られて
抱かれたくもない男に抱かれ、また下らない陰謀にでも巻き込まれていたのだろう」
「そ、それは、しかし、これでは」
「これでは、何だ?」
私は当てずっぽうでモノを言うことにした。
「例の青年のことか?」
「・・・・・・!」
わかりやすい奴だ。そして、つまならない展開ではある・・・・・・まぁ、展開がつまらなくても、彼らの出す答えが、私の想像を超えるものならそれで構わないが。
「・・・・・・ええ、従わなければ殺すと。以前から私への接触で、私が「聖人」としての素質を失わないかと、危惧はされていたようです」
「それで」
「ええ、ですから、何としても次の手を」
「違う、そんな些末なことはどうでもいい」
「何ですって?」
乱れた衣服を手で押さえつつも、人間を殺せそうな強い目で、私を睨むのだった。
おお怖い。
だが、どうでもいいモノはどうでもいい。
問題は本質的なものだ。
「聖人など、ただの肩書きだろう。そんな装飾に興味はない。相手が社長だから萎縮する奴隷階級と変わるまい。問題はおまえ達の下らない色恋沙汰だろう?」
「聞き捨てなりませんね。聖人が、どうでもいいなどと・・・・・・我らの神に対する侮辱です」
頭の固い女だ。
大体が、神に会ったこともないだろうに、何故神はこうだから云々、と話が出来るのか、分からない。いや、彼らは分かる気はないのかもしれない・・・・・・絶対的なモノに縋れば、楽だからな。
利用するならとにかく、縋るのはごめんだ。
だから言った
「どうでもいいだろう。お前は別に、聖人になりたいとは一度も言わなかった。対して、あの少年のことは守ろうとしている。その方が楽だからだろう?」
「何ですって?」
掴みかかろうとしたのだろうが、現在あられもない姿を手で押さえていることに気づき、自粛したようだった。
「私は楽な道など、選んだつもりはありません」「だが、事実そうではないか。聖人になるという目的は、お前が成れそうだから周りが与えてくれただけだ。そして、愛する人間に気持ちを伝えたいが、「聖人にならなければならないから」と自分を誤魔化して思いを封じ込めた。そら、お前は一度として困難な道など、歩いてはいまい」
「それは・・・・・・」
「お前は卑怯者だ。それはいい。人間の本質だからな。だが、あの青年、自身に惚れた男を袖にしておいて、その様はどうだ? 結局、守るためとは言うが、何も守れてはいない。そも頼まれてもいないだろう? だのに、勝手に守ろうとして勝手に失敗している。お前は道化でも目指すつもりか?」
「あなたに、何が分かるというのだ」
陳腐な台詞だ。そうさな、いまのところだらしない女だと言うことくらいしか、分かりそうにないが。まぁ、聖人とて人間だ、それは悪くも何ともない・・・・・・自分に嘘を付く以外は。
「わからんな、お前と私は友達か?」
「貴様!」
「いいか良く聞け、お前の頭は岩石で出来ているのではないかという位堅くて、正直使い物にならないが、それでもあの男の好意には、気づくことが出来たのだろう?」
沈黙して俯く聖女。しかし沈痛な面もちで彼女はこう言うのだった。
「・・・・・・しかし、それは許されないことだ」
「何故?」
「それは、聖人には、潔白さが求められて」
「その様で何を言う。大体が聖人など、その少年少女の色恋沙汰を完結させてから挑めば良いではないか。それとも何か? おまえ達の言う聖人というのは、奇跡は起こせても色恋沙汰一つ解決できない臆病鶏か?」
「黙れ」
「黙れと言われると、黙りたくなくなるな・・・・・・・・・・・・」
私は主人公でもなければ、善人でもない。
右を向けと言われれば左を向き、上を見ろと言われれば下を見て、話せと言われれば嘘を吐き、話すなと言われればもう止めてくれと言うまで相手をイビり、救うなと言われれば図々しく頼まれもしないのに押しつけがましい善意を押しつけ、救われないと言うなら無理矢理にでも有りもしない幻想で、人格を前向きに矯正する。
それが作家と言うものだ。
つまり、頼まれもしないのに物語を書き、精神を無理矢理成長させ、それで金をもらう人間などは、皆そんなものだ。
要するに適当なだけかもしれないが。
「お前は聖人になれるかもしれない。人のために愛のために己を捨て、あんな下巣にも村身を残さない女なら、成れるのだろう。だが、別段成りたくて成ったわけでもないならば、無理に目指す必要もあるまい」
「そんな・・・・・・教会全体の悲願を、そんな簡単に捨てられるモノでは」
「あるね。そもそも、その教会というのは個人ではあるまい。お前の言う教会は、上の偉い人間の沽券にすぎまい。大体が、この世に代わりの効かないモノなど無いのだ。聖人ですら、何人もいるだろうが」
「だからといって、責任を放棄することは出来ません。あなたの意見は参考になりましたが」
それは出来ない、と。
そう言うのだった。
そう言われると、ますます邪魔、ではなかったな。ええと、そう、少年少女の恋愛沙汰を、適当に観戦したくなる。
「責任ね。その責任感も、お前が勝手に思いこんでいるだけだろう? 物的な証拠もある」
「・・・・・・何ですって?」
返答次第では、という感じだ。
まぁ事実在るのだ、既に死体ではあるが。
「そこの死体が、お前が聖人になれるかどうか危惧している人間達の思惑を利用している時点で、明らかではないか。おまえ個人では、成れるかどうか心配と言うことだ。誰もお前に期待なんてしていない。順序よく奇跡を起こせるように、周りを整えているだけだ」
「そんな・・・・・・ことは・・・・・・・・・・・・」
心の支えを徐々にへし折っていくのは、気分が良いものだ。私の前では何かに依存している人間や、ただ有能なだけの人間、社会的に立派な人間であればあるほど、無力になる。
本質しか、あまり見ないからだ。
所詮誰もが、個人に過ぎない。
それが英雄であろうが聖人であろうが同じ事だ・・・・・・どちらも元が、ただの人間であることに、違いあるまい。
人間でなかった、超越した存在だとしても、まぁ男か女かどちらかだろう。そして男も女も変わらないもので、単純なものだ。
そんなもの、恐れるに足りない。
個人であることに変わりはないのだ。
「あの青年と、お前は結ばれたいのだろう?」
「・・・・・・ええ、認めましょう」
私は彼に恋い焦がれている、と女は言った。
「だが、役目を放棄することは、出来ません」
「いや、出来る」
「そんなバカな・・・・・・」
「じゃあ聞くが、お前達にとっての聖人は、教会が認めるから聖人なのか?」
「そんなわけ無いでしょう。彼らが奇跡を起こした上で、多くを救ったからです」
「なら、教会の「聖人判定」など必要無いではないか」
「それは・・・・・・確かに、そうですが」
「社会的にはどうだか知らないが、そも先人・・・・・・多くの人間が知っている聖人は、生きている間には良いように迫害され、死んで数千年たってから崇められ始めたのだろう? ならそうすればいいだろう。死んでから奇跡を起こす素質がある、などと笑わせる。生きている内に人間を救ったこともない奴が、聖人になど成れるのか?」
「しかし、それは」
「ああ、教会を裏切ることになるだろうな。しかし関係在るまい。お前の望みは「聖人」に成ることと、「あの青年」を愛することだ。そら、望みは全て叶うではないか」
受け止めきれていないのか、いやしかしだの、そんなことがだの、ブツブツ言いながら考え込んでいるようだった。
「とりあえず・・・・・・私が前に旅した惑星で、労働者を奴隷のように扱い、問題になっているところがあってな。資本主義から人間を救い出すというのはどうだ? 未だかつて無い「奇跡」だと思うのだが」
実際、在る意味世界の救世主だ。小さな奇跡を起こすなどと言う、しょぼい奇跡よりも、よほど多くの人間を救うだろう。
「一つだけ、聞かせてください」
「何だ」
あまり、私は考えているわけでも無いのだが・・・・・・・・・・・・あれこれ言った以上、返事くらいはしてやるとしよう。返事するだけかもしれないが。「そんなことが、許されるのですか?」
「当然だろう。この世の善悪を判断するのは、所詮当人の意志でしかないのだ。人を殺すことを良しと笑う時代があった。人を殺すことを悪しと憤る時代があった。だがそれは法律が変わっただけでしかない。そんなものは基準になるまい。他でもない自分自身が、己の存在を肯定し、前に進んだ上で、結末に対して「これでよかった」と笑えるかどうかだ」
人間の善悪など、そんなものだ。
己のことは、己で決めなくては進まない。
神がいくら全能でも、だ。
「そうですか・・・・・・そうだったのですね」
この世に絶対的に正しい尺度など、無い。
あるわけがないのだ。
だからこそ、面白いのだ。人間の思想は単一でないからこそ、未来を育むものではないか。こんな台詞を私のような人間に言わせるようでは、世の中知れているとも取れるが。
とにかくだ。
「で、どうするのだ? 依頼の関係上、お前が夜逃げするなら、それを手伝うのは問題ない。既に金も受け取っていることだしな」
儲けるだけ儲け、そして作品のネタも手にはいるというわけだ。素晴らしい。
苦労した甲斐があった。しただろうか?
楽であるのに越したことはないが。
「分かりました・・・・・・悪魔にたぶらかされたとでも思って、今回はそうしましょう」
「非道い言われようだ」
「ですが」
それでも言いたいことがあります、と神妙な趣で彼女は言うのだった。
「何だ、まだ何か、うじうじうじうじ、悩むことがあるのか?」
「違います、もっと切実な問題です」
何だろう?
寒いのだろうか?
「着替えるので、出て行ってくれませんか?」 そんな大層な身体していないだろう、と思ってはいたが、お子さまのご意向だ。機嫌を損ねるつもりもない。
精神的に幼い奴は、どうも女として見れない。 こういう残念な女は、特に。アザラシを相手にしている方がマシだろう。まぁ、女を怒らせても得られるものはあまりない。
だから怒らせることにした。
「それは悪かった。あまりにも貧相なので、本当は男だったのかと、変に納得してしまっただけだ・・・・・・なぁに、心の広い聖人様なら、無い胸に入っている愛で、許してくれるだろうと思ってな」 安心してこれから先の幸福を思い描き、幸せそうな人間を見てつい、言った。刃物が飛んでくる前に私は急いで駆け抜け、外へでるのだった。
聖人であろうが、女は恐ろしいと知った、珍しい一日だった。
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「殿方はまだですの?」
あの誰にでも優しい殿方は、と彼女は催促するのだった。
誰にでも優しいその姿に恋い焦がれたらしいが・・・・・・誰にでも優しい人間など、大抵ロクでもないものだ。ましてそれが、私と同じ作家だというのだから、尚更だろう。
恋は悲劇にしか成らない。
それは変えようのないこの世の摂理であり、そうであるからこその「恋」なのだが、今回は一際凄まじい、惨劇とでも呼べそうな結末になりそうだ。私が少年少女の味方をしているとでも思いこんでいたバカな読者には残念な知らせではあるが・・・・・・結末が悲劇であり、それでいて私の想像を越えるるモノになるだろうからこそ、私は少年少女の下らない恋愛を、早送りしただけだ。
とはいえ、この世が物語ならば本来、女への思いは届かず終わるか、あるいはもっと平凡な結末で終わるだろう少年少女の恋愛を、傑作と言うに相応しい悲劇を起こすまでに、私が後押ししたのだから、凡俗の結末ではもう終わるまい。
何人かは死ぬだろう。
それが恋愛と言うものだ。
誰かが幸せになれば誰かが涙を流さなければ始まらない・・・・・・男女が恋し、あるいは愛を掲げる以上は、それを盛り上げるための外野は、必ず祭り上げられるモノだ。
今回は、私の隣にいる少女。
片思い、一目惚れ、何でも良いが、とにかく悲劇を魅せてくれるだろう。
それさえ在れば、私は十分元が取れる。
作者取材などと言う、割に合わない真似をした甲斐があったというモノだ。
「ねぇったら」
「もうすぐ来る。あの青年には、五分後に来るように伝えたからな」
「まだでしょうか」
教会の外でこんな真似をしていれば、先程ゴミを一匹「始末」した後始末もしていない。さっさと帰りたかったが、そもそも私に「帰る」という概念のある場所は存在しないので、正直金と豊かさが在れば、どこでも同じようなものだ。
言っている内に、青年が来た。
「何故、余計なことをしたんですか?」
開口一番それだった。まぁ、別段感謝されるためにやったことでもないので、こんなうじうじうっとうしい男の邪魔が出来たのだとすれば、ざまあ見ろとしか思わないのだが。
と、そこで彼女は身を乗り出し、「ああ、ようやくお会いできました」と、私を遮るのだった。 私は彼らのやりとりを眺めることにした。
「ようやく・・・・・・? ああ、君が僕のストーカーだったんだね?」
「いやですわ、私、そんなつもりはありません。ただちょっと、物陰から見守っていただけです」「それを世間ではストーカーと言うんだけど・・・・・・・・・・・・君には分かってもらえそうにないね」
「また嫌ですわ。そんなに照れなくても宜しいのですよ。私たちは夫婦のようなものではありませんか」
「いつ君と僕が夫婦になったんだい?」
「私があなたを始めてきたときからです」
「参ったな、君みたいな人間は、そう、大嫌いなんだけど」
分かって貰えそうにないね、と青年は呟くのだった。こういう男は、強引な宣伝とか、販売を断れそうに無いと思いがちだが、実際には何一つ
肯定していないあたり、言葉で相手を交わすのが得意な人物のようだった。
見ている分には、面白いものだ。
それを知ってか、青年は腐った目で私を睨むのだった。何か良くないモノを写されても困るので塩でもまこうかと思うほど、汚い眼球だった。
本当に撒こうかな。
「僕は、ええと、君が嫌いだ。それは分かってくれるかな?」
「ええ、私は貴方を愛していますから。その程度の拒絶など、流して差し上げますわ」
「ええと、うーん」
会話は出来るんだけどな、と青年はボヤくのだった。一方的な思いを戯れ言でかわそうとするのが間違っているのだ。とはいえ、私ならどうしただろう?・・・・・・面倒だから、好みでなければ切り捨てるかもしれない。まぁ、私の好みなど私自身すら不明だが、それにそういう伴侶みたいなものがいたとして、遠慮なくそれを自身の都合のために切り捨てられ、それを良しと出来、それでいて批判には耳を貸す気もない。実に堂々と裏切ることを想定すると、やはり私のような非人間が考えたところで無駄な気もした。
まぁ、考えるだけなら楽しいものだ。
恐らく、会話は成立するけれど、耳を傾ける気がない、いや単純に「純粋すぎる好意」がどれだけ醜悪なのかを、頭の中で思い描いているようだった。悩む人間を見るのは楽しいものだ。
傍観者という立ち位置も、存外悪くない。
「そうかい。わかった、それで、君はこれからどうするつもりなのかな?」
「そうですね、まずは新婚旅行と参りましょう。そしてあの女を殺し」
そこで、青年の顔つきが変わった。
どうやら、逆鱗に触れたらしい。竜でもないのにそんなモノがあるのか、最近の若者は。
なんてな。
「君は、彼女を殺すつもりかい?」
「ええ、だって」
邪魔ではありませんか、と平然と言ってのけるのだった。
邪魔、故に殺す。
その理屈は悪くない。女を前にうじうじ悩んでいる主人公よりは。面白いからな。
女とは元来、そういうものだ。
男とは元来、そういうものだ。
だから人間は面白い。
ありもしない愛や恋、それらに誘惑されて人生を台無しにし、持っている有能さを奪われ、搾取されて、使い捨てて。
醜悪そのものだが、しかし根底に人間の強い意志があるのならば、それが民衆の目にどう映ろうが、英雄であろうが殺人鬼であろうが、等しく私にとっては価値がある。
見ていて面白いからな。
あの女、アリスとか言うあの女と私が普通に生活できたのは、私は狂っている人間の扱いを弁えているからでしかない。本来、恋する乙女は会話も懐柔も理解すら出来ない、手に負えぬ怪物ではあるのだが、それを書くのが私の仕事だ。
つまり、大したことは無いという話だ。
「私は貴方を愛しています」
「僕は、君のことが大嫌いだ」
かみ合わない。合うはずもないのだが。だからこその恋でしかない。しかし、見ているだけではいい加減退屈だな・・・・・・。
暇つぶしに、こいつらの人生でも、破滅させてしまおうか。そんなことを考えていた。
青年は言う。
「僕は、愛する人がいる。だから君の思いには答えられない」
などと、卑怯な答えを返すのだった。そも貴様が愛する女の気持ちに素直になれないから、私が仕事をする羽目になったのだと、糾弾してこき下ろしてやろうかなとも思った。
大体が思い人の有無関係なしに、断るだろう。 卑怯な上に、つまらない男だ。
「私は構いませんわ。まずその女を殺し、そして貴方を私のモノにします」
「君は・・・・・・狂っているよ」
今更そんなことを言うのだった。
さて、どうするか。
このまま二人の会話を眺めているだけ、というのも、流れとしては自然だが、それだけでは・・・・・・つまらない。
行動としては悪だろうが、そんなことを気にする人間なら、作家などには成りはしまい。
「お前」
と、私は呼びかけた。
正直放っておくのも有りだったが、あまりにも暇なので、この青年の人生観を破壊し、心をへし折り地獄に落とした後、ストレスが解消できていればゆっくり考えようと考えた。
つまり暇つぶしに、見ず知らずの人間の精神を破壊することにした。容易い遊びだ。
少なくとも、私にとっては。
「あの女、あの聖女が男に抱かれてお前を守っていたことは、知っているな?」
「何ですって?」
「何ではないだろう? お前が近づくことで、お前がいればあの女は聖女になれないのではないかと思う人間達から、守る為さ。薄々気づいてはいたくせに、知らないフリをしていたのだろう?」「そんな・・・・・・ことは・・・・・・」
図星らしかった。
適当にも程がある推理だったが、流石私だ。経験からくる第六感は、伊達ではない。
まさか当たるとは。まぁ、この「僕は罪悪感と後悔で構成されています」みたいな青年を見れば誰だって、このくらいは言えそうなものだが。
「お前は、それを知りながら聖女の愛を無視してきたくせに、今更恋を拒むのか?」
「貴方は、あなたは一体何がしたいんですか?」「私の動機が知りたいか?」
そんなもの無いのだが。しかし私の口は適当なことをよくまぁ出来るなと言うくらいに、勝手に話し出すのだった。
「そうだな、とりあえずうじうじ愛に応えない青年を、聖女様とくっつけろと言うのが、私に当てられた依頼だが・・・・・・どうもお前は罪悪感を抱いて悩んでいる自分に酔っぱらうのが好きみたいだからな。とりあえず考えもなく、女をあてがっただけだ」
感謝しろよ、こんな美人をあてがってやったのだからな、と私は言った。
そんな目的があるなんて、私も今初めて知ったのだが、まぁ計算通りの流れだと、そう言うことにしておこう。
その方が格好が付くではないか。
「ちょっと、あの聖女と殿方を、くっつけるのが目的なのですか?」
刃物を取り出し始めたので、私は、
「いや、別にそれはいい。というか、お前はお前で、あの青年とくっつければ良いんだろう? なら聖女の一人や二人、愛人として許容してやれば良いではないか」
「勝手に話を進めないで下さい。まるで僕がロクでもない男みたいじゃないですか」
そう青年が割ってはいるのだった。
しかし、だ。
「見たいでは無く、そのものだろう。愛情を向ける女を翻弄し、恋を向ける女を袖にして、「僕は知らなかった」と愛する女が、自分を守るために抱かれていることに、見ぬ振りだ」
「黙れ」
珍しく、も何も、私はこの男を良く知らないのだが、反射的な怒りを身に纏うのだった。まぁそれと同じくらいに、自身の情けなさを内罰的に考え込んでいるようでもあるが。
しかしそんなモノに意味はあるまい。
「お前はどうせ「僕みたいな人間が彼女を幸せになんて出来るかどうか分からない。いや、きっとそうだ。だからこのままの関係で良いんだ」などと言うことを考えているのだろうが」
「・・・・・・別に、そんなつもりは」
「そんなつもりはなくても、事実そうではないか下らない・・・・・・・・・・・・お前みたいな人間が自身を自身の心の内で罰したところで、世界は何も変わるまい。おまえ個人の下らない自己満足だ」
「っ!・・・・・・なら、貴方はどうなんです? 彼女と僕が、まぁそう言う関係だったとして、何か解決策でもあるって言うんですか?」
「あると言ったら?」
「・・・・・・・・・・・・」
黙り込む青年に対して、アリスは、
「ちょっと、私の話しに割り込まないで下さい」 と言うのだった。
まぁ、私はこの二人を救う義務があるわけではないのだ・・・・・・暇つぶし感覚で干渉するだけ干渉して、失敗した人間が絶望の淵でうなだれる様に対して、指を指して笑ったところで誰に何を言われる覚えもないのだからな。
「どうなのですか? 私を受け入れますか? 受け入れないのなら」
「殺す、かい? それはただの脅迫だな。恋にはほど遠いよ」
言って、彼はナイフを取り出すのだった。
最近の若者は、皆こうなのか?
全く、凶器を持ち歩いておきながら、普段は平然とした顔で会話するのだから、どうかしているな、全く。常識のない人種には、私のような清廉潔白な人間を、見習って欲しいものだ。
常識がないぞ、貴様等。
刃物を持ち歩くなと、習わなかったのか。
私は別に、習わなかったので、構わないが。
「じゃあ僕も対抗せざるを得ないよね。そう、これは正当防衛だ、「仕方がない」さ」
「あら、ならば私は貴方を殺して自害しましょうか。そうすれば、ほら、みんな幸せになれるでしょう?」
そう言ってアリスは刃物を持って、幽鬼のように前へ進んだ。
しかし、仕方がない、などという理由で人を殺せるなんて、全く、狂人というのはこれだから。 始末に負えない連中だ。
恋や愛以前に、常識を磨いた方が良いのではないか?
じり、と両者とも、間合いを見て近づくのだった。どうやら、本当に殺し合うらしい。
「いいぞ! もっとやれ!」
「黙って下さい」
「今、忙しいので、静かに」
やれやれ、参った。盛り上げようと思っただけだが、カンに障ったらしい。
じゃあもっとやろうかな。
「しかし、お前達、そのやり方ではどちらも、得るモノが無いのではないか?」
ええと、アリスが勝てば心中し、青年が勝てば・・・・・・邪魔者が消えるだけか。やはり、進展には及ぶまい。どころか、勝手に意味不明な罪悪感を心の中に妄想で作り出し、「僕のような人殺者が彼女といるのは間違っている」などと思いこむだろうから、そうなると依頼は達成できまい。
煽っておいて何だが、しかし、参った。
どうしたものか。
女は言った。
「そうでもありません。私の愛はあの世で永遠のモノになりますから」
男は言った。
「そうだね、とりあえず、大切な友達を守ることは出来そうだ」
お互い、歩み寄ることなく。
実につまらない展開だ。
もっと他にやることはないのか。
誰かのため誰かのため、豊かすぎる人間独特のいいわけ、というか自分を騙す呪文みたいなモノなのだろう。
どうでもいいがな。
制止する暇もなく飛び出したのは男の方だった・・・・・・腕を切り落とそうとするが、女はこれを容易く避けた。熱が入っている。止めるか、止めないかが選択できるのは、私だけのようだ。
どうしようかな。
他人事ではあるので、のんびり考えたいところだが、時間は限られている。
一番面白い展開か。何だろうな。
と、考えているところに聖女が姿を現すのだった。おいおい、まだ登場人物が現れるのか?
冗談じゃないぞ、面倒な。
「君は、どうしてここに来たんだ?」
「どうしても何も、いてはいけませんか?」
そう言う二人、聖女と青年を憎らしく睨みながら、アリスは吠えた。まさに獣のように。
「その女、許しませんわ許しませんわ許さない許さない許、憎い。憎いにくいぃ憎い、ああああ、何故そんな女と寄り添っているのですか?」
それは私のなのに、と吠えるのだった。
「僕は君のモノになった覚えもなければ、いや言うだけ無駄か」
「そんなこと無いですわ。貴方は私に微笑みかけてくれましたもの。ええ、だから貴方は私のモノになるのです」
「・・・・・・言葉は、通じそうになくなったね」
そう言ってナイフを構える青年を、聖女は諫めようとするのだった。
「どういうつもりですか? まさか」
「仕方ないさ。これも正当防衛だ。言ってる間に殺されても何だろう?」
言って、青年は走り出した。
酒でも飲みながら観戦したいところだが、私は酒が苦手だし、今手元にはあるまい。
だが、目を逸らさずにはいられないほどに
「面白」かった。
さてどうなるか。
送還が得ていた矢先、青年の足が止まった。そう、聖女様が間に入り、立ち塞がったのだ。
「止めて下さい。私は、こんな事を望んでいないのですから」
聖女の言葉はここまでだった。
背中に刃物が刺さったからだ。
そして震える声でこう言った。
「いいですか、悔やんでは駄目ですよ。私は貴方を、誰よりも慈しんで・・・・・・だから、貴方が幸せになってくれなければ」
困ります、と。
それが聖女の遺言だった。
「よぉーやく二人きりになれましたね」
血に顔を染めながら、笑顔でそんなことを言ってのける女の姿は、青年の目にはどう写ったのか知らないが、私には「様になっているな」位の感想しか、浮かんでは来なかった。
他人事だしな。
「さぁ、一緒に幸せになりましょう? ご飯の用意は出来ていましてよ。そうね、今日は間女のシチューにしましょう」
「何が」
その言葉はどうやら私に向けられているらしかった。男の後悔、そんな面倒な言葉など聞きたくもなかったが、暇だから答えるとしよう。
「いけなかったんでしょうかね」
「それは、私の私見でいいのか?」
一応、聞いておくことにした。
そんな大層な返事は出来そうにないしな。
「ええ、お願いします」
「お前に男の甲斐性が無かったからだ。まぁ良いじゃないか、女なんて男と同じくらいの数はいるのだしな。また似たような女を見つけて、にたような戯れ言を繰り返せばいいだろう?」
代わりは効くじゃないか、と恐らくは「この女性は自分にとって唯一無二のモノだ」と思いこんでいる男に向かって、言うのだった。
私からすれば、人間なんて常にどこかで理不尽に死んでいるのだから、そんな良くある日常に、それも別段愛に応えることも無かった女に対して「これは僕のせいだ。何かもっと他にいい方法があったに違いない」みたいな、所謂「後悔」だとか「罪悪感」を持って、悲しむらしい。
悲しんだところで、蘇生しないだろうに。
何の意味も価値も無い・・・・・・大切な人が死んだから悲しむ、という振る舞いそのものに、彼らは「道徳的な正しさ」を見いだしているのだろう。 実際には、甲斐性がないくせに女を拒み、それでいてこんな不幸があってよいのかという顔、あるいは自分の未熟さでまた人を巻き込んでしまったという顔をして、だから何だというのか。
下らない自己満足だ。
どこか余所でやればいいのに。
「満足かい?」
そう男は言った。
「いいえ、まだ足りません」
そう女は言った。
「私は。幸せになりたいのです。貴方と一緒にあることこそが、私の幸せなのですよ?」
「それに、どうして僕が付き合わないといけないのかな? 僕にだって人権はあるはずだけど」
「まぁ、そんなの知りませんわ。だって、私、あなたの事が大切で仕方ありませんの。それにあなたが他の女といると、憎くて憎くて憎くて憎くてあああ、苛々しますわ」
そう言って、刀を構える。
「で、私のモノに成って頂けますか?」
「悪いけど」
と、妙に貯めてから、男は言った。
「死んでも御免だね」
「そうですか」
言って、女は死刑のためのギロチンを降ろすのだった。
男の首は跳び、ごろんごろんと転がった。
もったいない。
あの女たらしなら、他にも美人を寄せ付けそうだったのだが。
「あら、急に冷めてしまいましたわ」
これが失恋かしら、と女は妖艶に笑いながら、そう言うのだった。
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