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自分に戻る

学生時代に弓道を習い、社会人になって茶道を少し習いました。「道」と名の付く武道やお稽古事には全て型があり、流れがあり、静かな所作があります。その型に自分の心身を注ぎ込むことで、芯のあるしなやかな動きが生まれ、場を静謐な空間へと変えてゆきます。全ての気が整っていく、そんな様子です。

自分の意思で動くというより、型に入ることで自然とあるべき所作が生まれていき、それは深く呼吸をするように穏やかで静かで美しい有り様です。

ヨガを始めて精神的な静けさを感じると、私はいつも弓道や茶道で感じていた静けさを思い出します。ヨガも基本的には同じ動きを繰り返し練習することで自分の心身を整え、日常の生活、拡大すれば人生を生きやすくしていくことに繋がります。

日本古来のこうした「道」を究める行いは、私たちの体を通して精神の向上を図る大切な役割を果たしてきたのだなと改めて感じます。神棚を祀り二礼二拍手一礼、黙想、挨拶、清掃、自分への敬意、相手への敬意、道具を丁寧に扱うこと。道場での所作が洗練されていくほど日常における行いにも同様の変化が表れます。

的に集中している姿、お茶に専念している姿、そしてヨガのアーサナ(ポーズ)にゆったりと取り組んでいる姿、それらすべては自然の姿に通じる美しさを感じます。外側の美しさというよりも内側からゆっくりと滲み出る気の整った美しさを感じます。それが外側の美しさに繋がるとも言えます。

今はヨガを練習しながら指導をしています。生徒さんが丁寧に呼吸をする姿、そしてアーサナに身を委ねていく姿は本当に美しいです。日頃の役割を脱いで、本来の自分に還っていく姿を「美しい」以外の言葉で表現できないのが悔しいですが、神々しくもあります。

きっと人は皆美しいのだろうと思います。家族といる自分、学校での自分、職場での自分、関わる社会が複雑になればなるほど色々なお面を被った自分がいて、本来の自分が隠れていきます。どうしたいのか、どう生きたいのか、どうありたいのか、すごくシンプルな思いすら分からず迷ってしまいます。

社会の中に存在する自分をそこから少し離して、真の自分の姿を知ってあげると、今よりほんの少し生きやすくなるかもしれません。武道や茶道、華道などのお稽古事、そしてヨガもそんな自分を見つける手段になるのかな、と思います。

私も悩みますし、迷います。人生に失敗は無いよ~と頭で分かっていても、やっぱり迷います。(笑)ですから、ヨガをしながら深く呼吸に落ち着いて体をアーサナに委ね、くつろぎと共に自然に戻っていきます。頭は不安を作る天才なので、体のリラックスを優先します。そうすると頭のざわざわは結構遠くに行って、ただただ静けさだけが残ります。

手段は人それぞれ楽しく心地よくできるものを選んであげると自分が喜びます。(笑)きっとそれが私たちを混沌から引っ張り上げて、元の自分に戻っていくお手伝いをしてくれると思います。



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