無理やりオックスフォード大学の学生になった話 その11 子育て
学問にも、高等教育にも縁がなく日本で育った私がイギリスに渡り、オックスフォード大学の学生になるまでと、なってからの逸話自伝エッセイ。 経済的、精神的な苦労もなく甘やかされてワガママに生きてきた日本女性の半世記。
子供が生まれて三週間後に新居に引っ越した。新居といってもまたも1880年代に建てられたヴィクトリアンテラスで、前のオーナーは住まずに貸家として貸していたので内装はタバコの焼け跡がカーペットにあったり、キッチンも相当古かったので住み始めてからそうそう改築の計画をした。私は産休中だったので建築屋さんとのやりとりをしたりキッチンのキャビネットやタイルやペンキの色なんかを選ぶのは楽しかった。
勤めていた博物館は大学の管轄下にあったので大学職員であるという扱いで、いろんな福利厚生制度が利用でき産休もいい条件だった。
産休の間、自分が放って置かれたことが多いせいか、放っておいても大丈夫と思ってしまうことがよくあり、ずぼらな母親だった。最初の5ヶ月はお乳が出なくて、赤子は空腹状態だったのか、よく泣いたし夜中に寝てくれず、産休中とはいえくたくただった。そこでピーターの協力もあってジーナフォードというカリスマナニーの著書を参考にきっちりと時間通りのルーティーンにして泣いても泣かせっぱなしにして寝かせる、という方法を採用した。’鬼のメソッド’’軍隊のようなルーティーン”など批判する母親たちや、ジーナフォード叩きのブログなども現れたがそのメソッドが功をなしてか、うちの子は泣いても割とすぐ泣き止むようになり、寝つきも寝入りもよく、楽な赤ちゃんになった。大変だった時もあったはずだがあまり思い出せない。
それから、これはうちの子だけかも知れないが、ギャン泣きをした時、この曲をかけるとなぜか十中八九、スーッと泣き止んだ。
暇だっだし、うちに引きこもるのも良くないからと、子供向けの交流も一応頑張って一通りのプレイグループやイベントなどにも顔を出した。それまで日本人の会合は苦手で避けてきたが日本人のお母さんたちの会合にも誘われればほとんど行った。ほとんどが若く、旦那さんの仕事の駐在で来ていて、専業主婦である他のお母さんたちとはあまり共通点はなかったがみな親切で、いい人たちで仲良くさせていただいた。それでもそれは平日の2、3時間のことで子供が寝て仕舞えば暇で退屈で早く仕事に戻りたかった。赤ちゃん言葉で話しかけることもせず、大人の友人に話しかけるように、赤子相手に世間話をした。
その頃ピーターがバイオリニストの友人を紹介してくれた。その人に自分はバイオリンの音色が好きで、いろんなレコードを持っていること、イザイのソロ曲の素晴らしさを熱烈に語ったら、彼女が「自分で弾かないの?教えてあげるわよ」と言ってくれたので、産休の間、初級テストのカリキュラムで習うことにした。赤ちゃんはひどい音を出しても文句を言わないのでキッチンでピーターのいない間に練習した。産休から復帰する直前に試験を受け、メリットをもらったが、教えてくれていた友人が修道女になるため修道院に入ってしまったので、レッスンもなくなり、仕事にも復帰したためそれからは自己流でバイオリンを弾くことはあったが、子供が、3、4歳になると 「マミー うるさい、ストップ!」と言われるようになってしまい、それ以来バイオリンはインテリアデコレーションのアクセサリーとなった。
バイオリンを習って一つデメリットだったことは弾き方を知ってしまったため、他人の弓さばき、指さばきが気になって純粋に音楽だけを楽しめなくなってしまったこと。凄い、とも思えるのだが、ミステリアスでなくなってしまったのも確か。
そのバイオリンの先生は時々弦の脂分を拭く時アルコールの代わりに好きな香水を使うと言っていた。そんなバイオリニストだけの儀式的な秘密を知れたのも面白かった。
大学職員のために用意された保育園に子供を10か月から入れて、仕事に復帰した。一人娘を専業主婦の妻に面倒を見させていたピーターの弟は、「そんな早いうちからナーサリーに入れるのはかわいそうだ。幼いうちは母親ともっと一緒にいるべき。」などと、批判的だったが、時折ヒステリーを起こす彼の妻といる方が息が詰まるんじゃないかと思った。その姪っ子は自分の頭の良さを自慢する割にはいつも何かに怯えていた。
うちの子だって私なんかと二人でずーっと一緒にいるより、同年代の子供達とナーサリーで遊んだり、他の大人たちと接することで人見知りもせず、いろんな遊びを覚えて楽しかったと思う。
復帰した半年後にはまたも妊娠発覚、そのまた半年後にまたも二度目の産休に入った。二人目は元気な女の子が生まれた。
いつになったらオックスフォードの学生になった話になるんだと思っている方、それはこの時点から13年後のことです。
続く
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