冷めたクリスマスディナー
私は子供を二人ともイギリスで出産した。
二人目を妊娠中の臨月、それは12月の初旬「産道がもう5センチ開いているからいつうまれてもおかしくないわね」と助産婦さんは言った。だが予定日の12月19日になっても一向にうまれてくるようすがない。クリスマスになるかもね、なんていっていたがクリスマスイブにも一向にうまれてくる気配がない。
庭の雑草を引っこ抜いたり、床掃除をしたりとお腹を刺激しようとしたがとうとうクリスマスの日になってもなんの予兆もない。もう聖母マリアになれるチャンスはなさそうだし、夫と二人で簡単な夕食をつくり、一応クリスマスだし、もうどうにでもなれ、とシャンパンを飲んで寝た。
その発泡酒が効いたのか夜中2時ごろ陣痛が来て病院に向かった。
一人目の時は痛みが怖かったので無痛分娩をえらんだが、麻酔漬けで押し出す感覚が分からず、分娩が長引いたので、二人目は麻酔は使わないことにした。
といってもあの痛みは激しく、お産中に「やっぱり麻酔お願いしますっ」と言ってもすでにとき遅し。
2時間半格闘して早朝に4.3キロのあかちゃんがうまれた。うまれてしまえばあの痛みはなんだったのかとわすれた。
シャワーを浴びてサッパリすると個室に移されゆっくりしていると食事が運ばれてきた。
イギリスの医療は基本的にタダで、お産の前後のケアから出産も、入院費もタダである。ただしイギリスの公営病院の食事はまずいのでも有名である。
その食事もゆうべの残りのクリスマスディナーであった。
スライスした肉に冷めた蒸し野菜、しぼんだヨークシャープディングに申し訳程度のローストポテトがいくつかころがっている。
クリンフィルムを外して、一口食べると、、、
それはそれは染み渡る美味しさっだった。
冷めた野菜も、しけたヨークシャープディングも、インスタントのグレイビーソースがかかった肉もこの上ない美味しさであった。美味しいというか、栄養が身体中に染み渡っていく感じ。
「これまずいはずなのに、見た目も不味そうなのに美味しい。こんな美味しいもの食べたことない。滋味深い。ありがたい。」食べている最中もそう思って全て残さず平らげた。
普段だったら味気なくて不味くて半分も食べなかったかもしれない。
おそらく自然分娩でほんの数時間の間に5000カロリーくらい消費したのかもしれないから全身が飢餓状態で何を食べても美味しかったんだと思う。
もう3人目を産むこともないし、断食でもすればなんでも美味しい状態が作れるのかもしれないが、食いしん坊の私にはできない。
あれから何度もデリケートな味付けのロースト肉や湯気のたった温野菜のクリスマスディナーを食べたけれど、どの年にだれとどこで、とはっきりと思い出すことはできない。
あれほど不味いはずの病院食を美味しく食べたのはあとにもさきにもない。
産後の母体に直接血肉となって染み渡るように滋養深い食事、というまさに降誕祭のご馳走にふさわしい、私にとって一生忘れることのできない思い出深い食事であった。