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silentを見た翌朝に、雪が降っていたから。

珍しく連日の投稿になる。

それはたぶん、昨夜「silent」の最終回を見たからだ。
そして、今朝、雪を見たから。

夫が家を出るのを見送る時、開いたドア越しの薄い灰色の景色に、白いチリのような雪が舞っていた。
すぐにsilentの一話を思い出した。

一話の始まりで、高校生の紬と想が朝待ち合わせ登校する場面でも、こんなふうに雪が降っていた。
そう、最終回に出てきた、あの花みたいな雪が空中に漂っていた。

部屋に戻ってカーテンを開けた。
窓越しの目の前の風景とドラマのシーンを重ねて、息をついた。
室内なのに白く残る。

スマートフォンを手にして、登録している音楽の配信サービスを開く。
silentのサウンドトラック。あった。ありがたい。
画面中央の少し下に表示された、右を指す三角を押す。
曲が流れる。


よかった。すごくいいドラマだったね。
私が言うまでもなく、たくさんの人がそう思っているだろう。

たくさんの人が、いつもより静かな青い画面にうつる、言葉をひとつ残らず取りこぼさぬように、食い入るように見つめていただろう。
たくさんの人が、音ではなく目に見える「言葉」の存在を意識しただろう。

かわいそう、と思わなかったかといえば嘘になる。
私がかつて勤めていた病院は、主に障害を持つ患者たちが受診する病院だった。
手足が思うように動かなかったり、会話ができない人とたくさん会った。
体も心も上手くいかなくて悔しそうな姿を見たこともある。
かわいそうだ、と思わなかったといえば、嘘になる。

このドラマの、たくさんの感想のひとつに埋もれてしまったとしても、かつて自分が感じたことと重ねて込み上げる想いを、できるだけ熱いうちに文字にしておきたかった。

聾者でも、手足に障害があっても、心が病んでいても、五体満足健やかに生きていても、届けたい人に想いが届かないことがある。
こんなに近くにいて、こんなに手段はあふれているのに。
分かり合えないことがある。

それでも分かり合いたい、と思って、強く強く思って、諦められなくて、諦めたくなくて、必死になって悩んで、悩んで悩んで幾度となく夜を越えて朝を迎え、やっと、やっと、生まれたのだとしたら、

手話が 点字が 翻訳が 車椅子が
本が 映画が 音楽が 美味しい食べものが

言葉が

生まれたのだとしたら、なんて貴いのだろう。

できることなら不特定多数じゃなくて、
たったひとり大切な人に想いを届けたい一心で、
すべてが生まれればいいのに。

たとえばこんな雪みたいに舞っていたら、他の誰かがそれを見つけたとして。
「素敵だ」ってなって、それを少し真似してまた大切な人に伝えて。

どんどん降り積もって、白く、優しい世界が広がればいいのに。

否定しているんじゃない。
便利とか合理性だけを目的とせず、
今までもこれからも何かが生まれる時に
そんな想いが根底にあることを願う。
そんなふうに未来が進んでいけばいいな、と祈る。
これは誰に宛てたわけでもない、
ただ心に浮かぶままに書き殴っているだけ。

そうして同時に、書き殴るだけじゃ駄目だと、痛感した。

言葉を、相手に本当に届けるためには、
できるだけ純度を高く保ったまま伝えるためには、
思うままにぶつけるだけじゃ駄目だ。

もっと言葉を選択し、時に待ち、
時にいろんな装飾を剥ぎ取ったり、
時にリボンをつけたりして、
相手の心へ心を込めてさしださなければいけない。

そんな時もあるのだ、と。
大切な人を想って取り繕ったり素直になったり。
ドラマの、いくつもの美しい場面を思い浮かべ、
そんな理想を描く。

理想で終わらすのではなくて、
私はこの手で、それをしないと、と思う。

忘れないようにここに書きとめておくから、
独りよがりの文章ばかりが続いたら
頭を冷やすためにここに帰ろう。


けたたましい掃除機の音が止む。
部屋を掃除し終えてから、窓を見た。
雪の粒はどんどん大きくなっていた。
風も強いみたいだ。外の木の枝が変な方向に吹かれてる。
今日は買い物に行かなければいけない。
コートと、迷ったけどマフラーをつけて、スマートフォンを手に取った。
玄関でスニーカーを履く。財布、鍵、エコバック。
扉を開けたらマンションの廊下の端が凍っていた。
マフラー巻いてきてよかった。

エレベーターを降りて、エントランスの階段を滑らないようにゆっくり歩く。
私の車がいる駐車場はマンションから狭い道を少し歩いた先だ。
目の前の道を頭に大きな雪を乗せた車が通過した。
この街はそこまで積もってないから、違う地域から来たんだろう。
左右を見て、他に車が来ていないことを確認して、反対の道へ渡る。

さて、と。右のポケットを探って、気づいた。
ワイヤレスイヤホン忘れてしまった。
さっき再生しながらダウンロードしたサントラを聞こうと思ったのに。

一瞬振り向いて、やめた。
左のポケットに突っ込んだ手にあたるスマートフォンも、出さないままにした。

雪が舞う道を、黙って歩いた。

遠くで踏切が鳴る音が聞こえる。
間近で自分の服が擦れる音だけがする。

ほんの数分だけ、静かな、
それでも音の止まない世界。

久しぶりに両耳に何も着せず、前だけ見て、
私は歩いた。

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