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映画『The Son』と人の不完全さ

完璧な親はいない。そして、完璧な子供も

そんなキャッチコピーがつけられたフロリアン・ゼレール監督の最新作『The Son

試写を観せていただいたのは数週間前ですが、明日3/17が公開のため、タイミング的に今が最適かと思い、ちょっとした感想などを書いてみたいと思います。


上映時間は123分。その長さを感じさせない、緊迫感に満ちた映画でした。

私にとってはとても“怖い”作品で、その怖さはさながら静謐なホラーのごときものです。
平穏の中に何かが潜み、こちらを伺っている。待ち構えている何ものかが、すぐそこから、こちらに手を伸ばしかけている。
そんな気配を感じ続け、この人たちの破綻はいつ訪れるのだろうかと、息を殺して見守っている感覚でした。


多くの映画を観過ぎたせいか、やや物語擦れした私にとって、始まってものの数分で、物語の結末は予測がついていました。
おそらく監督自身がそれを嫌わず、あちこちにヒントを置いています。

物語の主人公であるピーターヒュー・ジャックマン)と、その息子ニコラスゼン・マクグラス)の人物造形からして、監督がそれを隠すつもりがないことがわかります。
この親子が別人種であり、たとえ愛し合っていても決して理解し合えないこと、どれだけ対話を重ねても、どこにも到達できず、真の和合には長い時間と覚悟が必要なことが、二人の関わり方、短い会話、互いの嘘によって示されます。


ニコラスはピーターにとって最初の結婚で授かった息子であり、二人は別々の生活を送っています。
けれども17歳になったニコラスが父親との同居を望み、再婚して別の女性と赤ん坊のいる新しい家庭にやって来たことから、物語は破綻に向かって舵を切り、悲劇的な結末へと進み始めます。

父親のピーターは50歳という年齢を感じさせない活力に満ち、家族に恵まれ、富と成功を手にした弁護士と、人生の陽の部分を体現したような人物です。
対する息子のニコラスは、繊細で孤独癖があり、学校にも家にも馴染めず、ナイフで自分の腕に傷をつけて心の安定を図るような高校生です。


ニコラスの揺れと弱々しさは本人の資質と思春期の難しさが合わさったものなのですが、彼にどの程度感情移入するかが、この映画の受け取り方の大きなポイントになりそうです。

実際に子どもをお持ちの方は、父親の視点で彼を見るかもしれず、そうすると映画の中のピーター同様、彼に振り回され、理解に苦しみ、歯がゆい思いと苛立ちに囚われるかもしれません。

私の場合は完全にニコラスに同化してしまい、彼の心中に渦巻くもどかしさと不安、身の置きどころのなさ、自身について言語化できず誰ともつながれない絶望などが、身に迫って感じられました。

だからこそ両親や周囲の人々に心を閉ざし、どこまでも不安定になっていく過程も共感できるのですが、彼を愛しつつも全く共感できない父親の焦燥もまた理解はできます。


ほんの短いシーンながら、ピーター自身の父親も登場し、彼もまた、父親との関係で深い傷を負っていることが描写されます。

ピーターの父親役はアンソニー・ホプキンスで、この人は説得力に満ちた佇まいとわずかな台詞で、ピーターの人生の幾分かを大きく歪めてしまったことを示唆します。

ここへきてタイトルの『The Son』は、ピーター自身をも指すダブル・ミーニングであること、父親が克服できない傷がそのまま息子に向かい、負の連鎖が続いていくことにも気づかされます。


大人たちの動揺をよそに、最後にはある意味彼らよりもずっと大人びて、諦観と余裕すら漂わせるニコラス。
彼の行動のどこまでが演技でどこからが本心なのか。それらは表裏一体で、瞬間ごとに入れ替わっていたのか。

解けない疑問と、賢い子だ、と父親が評した通りの振る舞いののち、物語はやがてこれ以外の結末はないと思われる、落ち着くべき場所へ終着します。


舞台が原作の映画であるために、登場人物や場面転換はごく限られ、物語の運び方も終始抑揚が効き、静かなトーンが崩れません。

あえて重要なシーンをカメラフレームから外す視覚表現も、観客が想像力を働かせ、積極的な理解や意味を見出せるようにという仕掛けだそうです。

ある部分では観る側を放り出すような終わり方も、人生に区切りをつけることは容易ではなく、作中で口にされるように「ただ人生は続いていくもの」を暗示しているように感じました。


罪悪感、家族の絆、心の病とそこから生じる悲劇をいかに回避するか。究極的なテーマは愛だ

とゼレール監督が語るように、この物語を通じ、新たな考えと行動のきっかけが生まれるかもしれません。

人生が重い
苦しむのに疲れた

わずか17歳のニコラスが口にする言葉に胸が詰まるものの、人生に起こる悲劇を防ぐことは可能である、難しい問題から逃げず、ありのままを率直に描きたかった、という監督の強い願いを感じますし、登場人物たちの感じる避けがたい痛みを描きながら、不思議と後味の悪さが残らないのは、不完全ながらも、皆が真摯に問題に向き合おうと戦う姿を見せるからでしょう。

誰にとっても決して他人事ではないストーリーの投げかける意味と重さ、人のもろさと、それでもどうにか生き延びてゆくことの意義などが、胸の内に広がってゆくのを感じる映画でした。

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