パイロットの友人求む
何とかと煙は、の例に当てはまるようで嫌なのですが、私は高いところが大好きです。高層ビルの展望台や、山の上から見下ろす景色、飛行機の窓からの眺めもしかり。
飛行機は最も好きな乗り物で、たとえ自分が乗っていなくても、近くで目にしただけで、幸福と高揚感を味わえます。
先週、空港で友人を出迎えた際、屋上の展望デッキで飽きるほど発着場面を見られたのは、まさに至福のひと時でした。
無事に地上に降り立った友人から、フライトの具合や景色、いかに上手なパイロットだったかを聞きながら、ふと“パイロットの知り合いがいるか?”という話題になりました。
私たちは二人とも首を横に振り、たとえばヘリコプターまで範囲を広げても、空を飛ぶ職業の知り合いは一人もいない、という結論に達しました。
「自衛官の知り合いはいるんだけど」
「空港でグランドスタッフをしてる人を知ってる」
私たちは悔し紛れにそう言い合いましたが、よく考えてみれば、もう一足でパイロットの知り合いができそうです。
お互いに自衛官とグランドスタッフの知人に頼み、パイロットの誰かを紹介してもらえばいいのです。
〈六次の隔たり〉と呼ばれる有名な仮説があります。
ある二人の人がいるとして、遠く離れた場所に住む見知らぬ同士でも、間に最大で五人の人を介せば、二人には必ずつながりがある、という理論です。
たとえば、時々見かけはするものの名前を知らない素敵な人とも、雲の上の存在のようなスターとも、ナイロビのアパートの窓から空を眺めている女の子とも。
全ての人は地球上にあまねく張り巡らされた見えない糸によって結ばれている、というこの〈スモールワールド現象〉の一例は、すでに1960年代に実証済みです。
試しに、いま私の手元にある雑誌に掲載されているポール・マッカートニー。この人と私が知り合いになれるかどうか、シミュレーションしてみましょう。
出発点となる一人目は、私が時々お邪魔する現代アートギャラリーのオーナーさん。
この人は薬剤師と宝石鑑定士、アートキュレーターを兼任するバイタリティあふれる人で、美術界に多くの知己を持っています。ヴェネチアでオノ・ヨーコさんの展示の手伝いも務めるほどに。
これで二人目。ギャラリーオーナーを挟んで、オノ・ヨーコさんと知り合いに。
すると、もうゴールは目前です。
ヨーコさんはもちろんポールと親交がありますし、私は理論上たった二人の人を介するだけで、世界的スーパースターのポールと友人になれるかもしれないわけです。
それにしても、ヨーコさんとポールとは。
このお二人の人脈は、間違いなく世界中の有名人やセレブリティ、王侯貴族にまで及ぶはずです。
まかり間違えば、私も息詰まるほどに金彩の施された宮殿に招待され、西洋風に片脚を後ろに引く“カーテシー”でどこかの陛下にご挨拶し、晩餐会で隣り合ったレジェンド指揮者とラフマニノフのピアノ協奏曲について語り合う、という可能性だってあるわけです。
それはさすがに妄想が過ぎ、おそらく実現はしないでしょうが、たとえどのような人とであれ結びつく可能性がある、というのは愉快であり考えさせられもする話です。
世界は私たちが考えているよりずっと狭く、その意味で誰も他人とは言い切れないのかもしれません。
今さっきすれ違った人が、自分の家族や友人の知り合い、または恩人であるかもしれないのです。
時々、ほんの少しでもそんな風に思って周囲を眺めてみれば、どこかで何かが変わってくるのかもしれません。
聖書の物語にもあるように、見知らぬ誰かに親切にすることで、実は自分につながる人、あるいは天使をもてなしているかもしれないのですから。
さて、私も友人も間に一人を挟んだだけで、パイロットと知り合いになり、やがては友人にもなれるかもしれないとわかりました。
そんな素晴らしい展開を夢見つつ、まずはしばらくご無沙汰しているあの人に、連絡することから始めましょうか。
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