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生い立ち

私はエホバの証人の両親から
5人兄弟の末っ子として生まれました。

前の記事にも書いた通り電気治療で記憶がかなり飛んだのであんまり覚えていませんが生い立ちについて話したいと思います。

両親はとても厳しい人達でした。
宗教を強要してきました。
幼い自分にとっては両親が全てでした。
頑張って勉強しました。必死で従いました。

親に褒めてもらいたい一心で聖書を読み
学びを聞きノートに書きを繰り返しました。

集会でちょっと静かにできなかったり寝てしまったりすると第二会場というところに連れて行かれベルトで叩かれました。

口を手で抑えられながらトイレに連れていかれて叩かれもしました。
家に帰っても叩かれました。
たまに平手打ちで顔も殴られました。

いい子にしなきゃそう思うけれど夜21時までの勉強は辛かったです。
小学校に上がると学校の勉強と宗教の勉強の両立は難しかったです。
家に帰ったら聖書の勉強、集会に行って帰ってご飯を食べて宿題。
眠くて疲れてへとへとでした。
翌日朝起きるのもつらい。
学校の勉強も頭に入らない。

校歌は歌ってはいけなかったので、お前だけ歌わないのずるいよとよく言われてました。
学校の季節の行事などは遠くからみてるだけでした。

エホバの証人は誕生日も祝わない、クリスマスもしない、七五三もやらない、ハロウィンもやらない、楽しみがほとんどありませんでした。

おかしな奴と同級生に言われるのも仕方ないくらいには。
土日になれば友達と遊ぶこともできず奉仕に行かされた。
知らない人の家に行き頭に叩き込んだ勧誘のテンプレートを知らない人に言う。
家の人は同情してくれたのか子供の私の手からパンフレットを一応はもらってくれた。

テレビすら世のものだからとあまり見せてもらえなかった。
友達と遊ぶ時も世の人だから気をつけるのよと言われてた。
将来の夢も既に決まっていた。
バプテスマを受けて立派なエホバの証人になること。

私は本当は歌手になりたかった。
でも諦めざるを得ない。
親の愛を手に入れるには従うしかない。
そう思っていた。
愛に飢えていた。
叩かれることで捨てられる恐怖を抱いていたから。

残りの4人の兄弟も同じ。
そしてみんな壊れてった。
1番目の兄は暴力を振り出した。
家庭内暴力が始まる。

私は殴られることはなかったけれど
母や姉は殴られていた。
泣きながらやめてと赦しをこった。
学校から帰れば毎日のように家には悲鳴が上がる。

ある日、母親が夜中にいなくなった。
私はもうお母さんは帰ってこないんだ、死ぬんだと思い眠れず泣きながら夜を明かしたことを覚えている。

怖くて怖くて身体が震えて眠れなかった。
朝になると母が帰ってきてほっとした。

そんな狂ったような毎日が続くなか
母は私に言った。

子供なんて産まなきゃよかった、と。

私は母にごめんね、産まれて来てごめんねと泣きながら謝った。

今度は2番目の兄だった。メンタルをやられ会社に行った次の日の朝にカミソリで身体中を切り刻んでいた。
学校に通っていた時もイジメはあったみたい。
それに加え虐待や宗教もあり
心が病んでしまったんだと思う。
そしてこの兄も暴力をふるってきた。
私はもう気が気じゃなかった。

ある日暴力を振っていた時耐えられなくなって警察を呼んだ。
警察は来るけど何もしてはくれはしない。

誰か助けてほしい。誰も助けてくれない。
でも私がしっかりしないと親を守れない。
なんとか正気を保っていた。

3番目の兄は非行に走った。
暴走族に入ったみたい。
それで警察にも連れていかれたり
色々あったみたいだけど詳しいことは知らない。

姉も心を病んだ。

そして私も。
中学に入ったら虐めにあった。

家庭は崩壊、学校では虐め。
今まで耐えてきたものがボロボロと崩れ落ちていく感覚だった。

身体が不調で病院に行ったらストレスで肺に穴が空いていた。
そこからはもう真っ暗。壊れてしまった。

中学は不登校になり、心療内科に通い始めた。
両親は相変わらず宗教に熱心で私を集会に連れていった。

昔から親に言われていた言葉、
もうすぐハルマゲドンが来るからねいい子にしてないと滅ぼされるからね。

宗教を信じていたわけではないけれど
幼心にとても怖かった。
カラスに目をつつかれ炎で焼き尽くされる。

宗教というのは本当に怖い。
じわじわと心を侵略してくる。
でも病気になって、
もうなにもかもどうでもよくなってしまった。

ハルマゲドンで滅ぼされたっていい。
どうか楽にしてくれ。それだけだった。

家にずっと引きこもる。友達もいない。
親も自分なんか愛していない。
だって宗教のためだから。自分は親の道具だから。

なのに親のことは嫌いになれない。
親を憎む心と愛情と、
葛藤しながら一緒に生活をしてきた。

高校も人間関係がうまくいかないのと病気で半年も経たないうちに中退。

まともに学校行ったのは小学生くらいだ。
青春なんてない。楽しかった時なんてない。
なんにもない。

結婚した時も病気は酷かった。
家事は掃除と洗濯はできたけれど料理まではつくれず。

私がパニック発作を起こした時、
夫に右目を思い切り殴られたことがある。
私は怖くなって警察を呼んだ。
警察署まで行ったけど喧嘩もほどほどにと笑って帰された。
夫にごめんと謝られたから無かったことにした。
顔は紫色に変色したけど。
本当はすごくすごく傷ついた。

夫はオンラインゲームにハマり部屋から出てこなくなった。
私はひとりでご飯を食べひとりで寝てひとりで毎日を過ごした。
頼る人もいなく話す人もいない。
狂いそうだった。
そんな生活が続き耐えきれずに離婚した。


その後に私に恋人ができた。
とても好きだった。愛していた。

こんなに愛したのは親以外はじめてだった。
二年間一緒にいた。結婚の約束もした。
とても幸せだった。
でも、浮気をされた。
私は捨てられてしまった。

家を出ていく前、壁に貼っていた写真を一枚一枚剥がしている時に涙が溢れた。
こんなに好きなのに、もう一緒にいられないんだと思うと胸が引き裂かれる思いだった。

別れてから毎日のように、声を枯らして瞼を腫らして泣いた。忘れられなかった。

私のなにがいけなかったんだろう。その答えはもう分からない。
二年間は泣いて暮らした。

それからも色々あった。
あんまり思い出せないけれど。
とにかく毎日を必死で駆け抜けていたから。

職に就いても病気が邪魔する。
上司の顔が覚えられなかったり、
声が出なかったり。
虐められたり。発作を起こしてクビにされたり。

今は無職です。
本当に生きにくい世の中だと思う。

今年で病気になって19年目。


これからどうやって生きていこうか。


小さい頃の私がいる
助けてとずっと泣いている

でも大人にならなきゃいけないんだよ
子供のままじゃ生きていけないんだよ

時間は止まってはくれないんだから。

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