見出し画像

『ビリー・エリオット』はいいぞ、という話

「『ビリー・エリオット』はいいぞ」

 今夏、2017年・2020年に続いてミュージカル『ビリー・エリオット』の三度目の公演が開幕した。

【公式】ミュージカル『ビリー・エリオット』 (billy2024.com)

 そして、これを書いている自分はといえば今夏もまた、「ビリー・エリオットはいいぞ」と言い続ける“妖怪・ビリーはいいぞ”と化している。
 公演期間中、リアルでもSNSでも常にビリーはいいぞビリーはいいぞと口走るので、近くにいる方々にはご愁傷さまとしか言いようがない。わかっているなら少し控えろという話だが。

 初演・再演と赤坂actシアターで上演されてきたこの演目、だが今年は同じホリプロ主催の『ハリー・ポッター』に上演劇場を奪わr…もとい、譲って池袋のブリリアホールにやってきた。
…ええ、あの、いろんな意味でミュージカルファンによく知られた、「あの」ブリリアに。

 そのせいなのかなんなのか、プレビュー公演から約1ヶ月たった現在、今年はこう…チケットが非常に取りやすい(※婉曲表現)らしい。
 自分の周囲でも「一度行ってみたいとは思うけど、でもブリリアであの値段はねえ…」という声を聞く。

 わかる、他の演目で「1階2列目に座ったら声がくぐもって大半のキャストの歌詞が聞き取れない」という経験をしているので、その気持ちはすごく良くわかる。
 あれだけいろんな噂があったり実際に座ってみたりしたら、よほどのことがない限り敬遠したい。それはわかる、本当によくわかる。

 でも、それはすごくもったいない。キャストを含む制作側の方々も口々に言っているが、「今回、音響はほぼ問題ない」。
 ブリリアホール本体の改修工事と音響スタッフの奮闘により、どこの席に座っても音が聞き取りにくいということはないそうだ。実際、自分も1階前方と中盤に座ったが、両方とも特段問題なく鑑賞できた。

 なので、悪名高い(←言っちゃった)ブリリアホールの音響が迷う理由なら思い切って飛び込んでほしい。
 高騰するチケット代(平日でS席1万5000円)がメインの理由なら…たまに値引きチケットが出るし、B席もあるので…としか。
 いやでも、迷う理由が値段なら、一度だけでもいいから見てと言いたい。難しい部分はあるだろうけども。

 のっけから劇場の話をしてしまったが。“妖怪・ビリーはいいぞ”を名乗るからには、「どういいのか」を説明しないと始まらない。

 多分、ビリー・エリオットを見た人からよく聞く感想は「泣いた」だろう。実際そうなのだ、自分は冒頭の「夜を越えて行け♪」からもうこみ上げる。
 余談だが2020年公演、2ヶ月の中止を経ての開幕であの歌いだしを聞いた途端、自分でも驚くぐらいに涙がボロボロ出た。あの頃の先の見えない不安の中、ビリーの開幕は闇夜に差し込む光のようだった。

…話がずれた。ただ、「泣いた」だけで見に行こうという気になる人はそうはいるまい。私などはおへそが背中についている人種なので、「全米が泣いた」的な謳い文句を見ると「…なんか、見る気なくした」などと思ってしまう。
 お涙頂戴を売りにした作品はかえって萎えてしまう、そういう人は多分そこそこいると思う。

 だが、ミュージカル『ビリー・エリオット』はいわゆるお涙頂戴作品ではない。
 子役が主役だが、単純な「逆境に負けない明るくけなげな子どもが頑張っている姿に感動の涙が」といったたぐいの作品ではない、と思う。

 舞台は1980年代、英国の炭鉱町。時の首相・サッチャーにより国内の炭鉱は閉鎖の危機に見舞われ、炭鉱夫達は大規模ストを決行。
 そんな中、母親を早くになくした12歳のビリーは祖母と父、そして年の離れた兄と一緒に質素に暮らしている。

 ある日、偶然バレエに出会ったビリー。最初は「女の子がするもの」と馬鹿にしていたが、次第に夢中になっていく。しかしそこはマッチョな古い価値観が支配する80年代の田舎、そう簡単にはいかない。
 ビリーの才能を見出したウイルキンソン先生はなんとか彼をバレエの世界に導こうとするが、炭鉱ストライキはますます激化して――――。

…こうあらすじを書くと、「ほら、『逆境に負けない明るくけなげな略』みたいな話じゃないか」と思われそうだが。いや、それはある意味間違っていないのだが。

 だが主役のビリー、口ぐせ「くそ!」に代表されるように非常に口が悪い。
 母親を早くに亡くして大人の中で育ったこと、お世辞にもガラが良いとは言えない地域で育ったこと、そして12歳という年齢、そのあたりが影響してか幼い部分と妙に冷めた部分とが混ざりあっているし、決して「大人から見ての『けなげないい子』」ではない。

 そしてそれは周囲の大人もそうで、職業柄もあってかみんな口が悪く、いわゆる田舎の脳筋タイプが多い。数少ないメイン女性キャラのウイルキンソン先生も乾いた元ヤンっぽい雰囲気だ。

 劇中ではサッチャー首相(※当時)を徹底的にこき下ろしているし、英国の階級社会を推測させられる台詞や演出も随所に見られる。現代において石炭がどういう扱いかを考えれば、ただのハッピーエンドにはならないこともわかるだろう。
 最後にすべてが美しくまとまる感動の物語ではないのだ。

 けれども。とっくの昔にエネルギー産業の主役から転がり落ちた石炭産業を守るために貧しさの中で戦う大人達、鬱屈した世界で生きる子ども達、そんな中で夢中になれるものを見つけたビリーとその親友マイケル。
 登場人物みんなが己の大切なもののためにもがきながら「未来」という光に向かって進もうとする姿、それが素晴らしい音楽と脚本、そしてダンスで綴られていく。
 
 決して、泣かせるために過剰な演出をつけた作品ではない。だが舞台上で熱く息づく彼らの『生』に触れて、知らず知らず涙してしまう。
 それがよく見かけるであろう「泣いた」という感想になる、自分はそう思っている。

「泣いた」にばかり言及してしまったが。もちろんそれ以外にも見どころはたくさんある。
 細かいキャラクターや楽曲の紹介などは、一部キャスト含む多くの方々が素晴らしくまとめていらっしゃるので、自分なぞが改めて書く必要もないだろうが。本職のバレエダンサーそして子役達のバレエやタップダンス、2幕冒頭のあっと驚く演出、などなど見どころだらけだ。

 自分が好きなのは冒頭の曲『星たちが見ている』、2幕の「使いな、これも」と町の人々が次々小銭を手に乗せていく歌、そしてラストの炭鉱夫達の歌(『過ぎし日の王様』)。
 どういうシーン、どういう歌かはぜひ劇場で見てほしい。男性が多いゆえに分厚いコーラスが本当に素晴らしいので。
 

 2024年の公演は東京が10月下旬まで、そのあとは11月ほぼ1ヶ月大阪のSkyシアターで上演する(←こっちもいつもの梅芸でないことに今気づいた)。

 何度も言うが、少しでも興味があるならぜひ見てほしい。シリアスなシーンだけでなく笑いも随所に組み込まれている。よほど小さい子でない限り、年代も性別も問わずに楽しめる作品だと思う。
 できれば若い世代に見てほしいが、80年代&サッチャー首相をリアルに知る世代ならまた違う感覚で見られると思う。


 こんな、語彙もなにもない人間が約1時間で書いた短い文章でいったいなにが伝わるのかと自分でも思うが。
「ビリーはいいぞ」もうそれに尽きるので、ぜひ劇場で「どういいのか」をご自身で体感して来てほしい。見終わって「ビリーはいいぞ」とつぶやく人が一人でも増えたら幸いだ。