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Vol.18「サイフォン式珈琲」
短期間ではあるが、カフェの専門学校に通ったことがある。
そこでの講義中、先生が「この中で、自分の店ではサイフォンを使おう、と考えてる方はいらっしゃいますか?」と訊いて、俺ともう一人、55歳の人の計二人が手をあげた。
その時の生徒は10人だった。
先生は驚いていた。「私はこれまでに同じ質問を1000人以上の生徒さんたちにしてきましたが、サイフォンでドリップしようという方は、今までで二人だったと記憶してます。しかし今日こうして一気に二人も手があがったというのは大変驚いてます」と。
そう、10分の2ではなく、1000分の4、つまり99.6%の人はサイフォン式ではない、ということなのだ。
俺は心の中でちっちゃいガッツポーズをした。
珈琲店をやろうという業種そのものは超スタンダードでありながら、そこから先のことは差別化やオリジナリティーやインパクトが大事だからだ。
何度か繰り返しなるけど、「業種は奇をてらわず、業態は独自のものを」これが鉄則。
だから珈琲のドリップ方法にインパクトは大事なんだが、俗っぽい感じや、時代の最先端みたいなもので、オリジナリティーを出すのはコンセプトにあわない。いやいや、やめよう。ウソ言うのは。こんなことじゃなくて、俺は店のコンセプトとサイフォンで淹れよう、っていうのは同時に、瞬間的に出てきた発想ですハイ。
どっちが先とか後じゃなく、サイフォンで珈琲を淹れるっていうのはもうずっと初期段階から決定事項だった。
三大重要柱の全てが実は初期衝動というか、直感の発想。
そしてこの初期衝動を実現させることが俺の中の一つの志である。
演出効果も抜群だし(理科の実験のようでもあるが)、カウンターのお客様も見ていておもしろいと思う。
サイフォン式ドリップの時点で少数派ではあるのだが、とはいえサイフォンで淹れる喫茶店はもちろんいくつも存在(古くから続く老舗に多い)する。
なんせ喫茶業界は分母の数が半端じゃないから。
俺はさらなる差別化のため、お客様ににサイフォン(フラスコ部分)の状態のまま提供することにした。
カップに注ぐ楽しみ、おかわりの喜び(うちの珈琲は一人前が1.5杯分ある)、ある意味些細な「お客様参加型」である。
他にも「ブラックとミルク砂糖入りの2パターンを味わえる」というメリットもある。
それなら最初からカップに入ってくるものでも出来るよ、という声もあるが、この順番ならそれも可能。でもその逆なら?「初めがミルク砂糖入りで、シメにブラック」これはポット系でもない限り無理でしょう。
実際俺も特にチーズケーキを食べてる時などは、砂糖もミルクも入った珈琲のほうがおいしいと思うし、でも最後の一口はブラックで喉をスッキリさせたい(お寿司の後のお茶みたいなもの?)というのがある。
これもサイフォンごと提供という方法だと可能になる。
詳しい人ならわかることだが、サイフォン式はハンドドリップよりもオペレーション面でも実はラクで、しかも均一な味になる。
しかし、残念なことに俺がこれまでに入ってきたサイフォン式の珈琲店は、正直あまり美味しくないのだ。これは致命的である。でも俺は自分で家で飲む時もサイフォンだが、これは美味しいと思う。いや、自慢とかじゃなくて、原因はハッキリしている。
単純に豆が古くて安いものを使っているからまずくなる。
豆が新鮮で高価なものを使えばウマくなる。
ペーパーやネルドリップの際によく「お湯は80℃で」というのがあるが、これは沸騰したお湯だと雑味やエグ味が出やすいということだが、サイフォンはお湯が沸騰したからこそフラスコのお湯がロートにのぼってくる。
つまりバリバリの100℃近い温度だということになる。
だからだいたいの店はロートに上がってきた珈琲は攪拌して一分ですぐに落とす。
これがサイフォンの鉄則で、俺がいた専門学校でもやはり「一分」と習った。
しかし、これは結局、雑味や欠点豆やクズ豆の成分が入らないために、なるべく手早く抽出したいという発想である。
裏を返せば、早い話が古くて安い豆を使っている場合の後ろ向きな対処法だと思う。
これを解消するために「粗挽きで豆はふんだんに使う」ということでおいしい店もあるが、根本解決になっていないと思う。
何より、新鮮で高品質な豆をしっかり出し切ったものが最もおいしい珈琲といえる。
これはサイフォン以外にもペーパーだろうがネルだろうが、絶対条件である。
そしてこれら高品質の豆であればという条件つきで、中細挽きで、熱いお湯のほうが豆本来の持つおいしさを十分に発揮してくれるのである。
だから「高品質豆」でさえあれば、サイフォン式ドリップはとってもおいしい淹れ方なのだ。
こうしてもともとサイフォンで提供するお店にしたい、という初期衝動と同時に、とにかく美味しい、高品質な豆を使用する必要が出てきて、使用する豆の決定までは、こりゃ一苦労だなぁと思いながら、でもここは妥協しないぞ!という気合もあった。
長期戦の覚悟は出来ていた。しかし・・・
最高の豆との出会いは、俺にとってはそれこそ神風のように訪れた。