![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/161923193/rectangle_large_type_2_94417b955bb6cb3b3ce1afa7740ea488.png?width=1200)
ユーモアが何故重要なのか?
まずは今日の結論「ユーモアは大事」の話をする前に、私の店舗運営の基本スタンスのおさらいからしておきます。
店構えとして入る前は「チョット緊張する感じのお店」であり、入った後は「なんだ結構アットホームなところなんだ」というこの順番が重要です。
この逆「明るく楽しくフレンドリーな感じだから入ろう」→「入ったらなんだか緊張感&圧迫感あるなぁ」の順番は良くないと思っています。
もう1つ注意点として、(個人の感想です)「入る前も後もユーモア溢れる明るく楽しいフレンドリーな店」というのもNGです。
そういうのは居酒屋とかアミューズメントパークに任せておきましょう。
なぜならワンオペ個人店が「マンパワー」に頼り過ぎるのは限界があり、どんなにあなたにユーモアやトークのセンスが抜群にあろうと1対複数(別々の人)相手にすることは困難であり、かつ「先日は凄く楽しく話が出来たから来てみたけど今日はずっと誰かと話してた」というような事態も当たりまえにあります。※ちなみにスナックという業態はこのマンパワーが炸裂し店内にいるお客さん全員をまとめて相手するくらいのママさんがいると最強でかつ繁盛します。
ではどうするか?という話に行く前にまずは「それでもやはりユーモアや笑いは超重要」とう話からしますね。
「眉間にしわ寄せて怖そうな店員がいてギスギスした空気が流れ何かあると怒られそう」というお店は入りたくないですよね。
これはだいたいわかると思います。
さてもう1つ、本日のポイントとして「お客さんが何か面白いことを言ったりした」際に、「笑ってあげる」ということがあります。
もちろん「嘲笑」とは違います。
が、単なる「微笑」ともまた異なる、明らかにFunnyな笑い、というよりとにかく自然初声的に「噴き出してしまう」ような笑いに近い感じにお客さんの言ったことに笑うのです。
もう少し言い方を変えると「ウケる」のです。
これは私が前職(学習塾の教室長)をしていたときに心掛けていたことでもあります。
いつも明るくひょうきんでヤンチャな生徒にはあまり適用しないようにしてましたが、マジメでクールなタイプで、でもちゃんと面白いこと言って来た生徒にはウケるようにしていました。
人は笑われる(繰り返しになりますが「嘲笑」ではなく)ことが快感であるものです。
かつて渋谷のエッグマンというライブハウスで私のバンドのデモテープを店長に聴いてもらっていた最中のことでした。
私のバンド(今も続いてます)はコミックバンド的要素も含まれており、笑える楽曲も結構ありまして、その笑える曲がライブハウスの事務所で流れた時のことでした。
近くでパソコンに向かい何やら作業をしていた女性スタッフが「プッ!(笑)」と噴き出したんです。
この時の快感わかってくれますでしょうか?
思うに人間の「笑い」という感覚の純度というのは非常に高く、「ウソ泣き、ウソ喜び、ウソ怒り」等は演技でも出来そうですが、さらに「ウソ笑い」は非常に難易度が高いのです※愛想笑いやニコニコスマイルとは異なる噴き出すような笑いのことです。
ですから本当にそれが笑いとしてふきだされた場合笑われたほうはとても気持ちがいいものです。
かくいう私は自分自身自覚もあるのですが「笑いに対するハードルが高い」のです。
お笑いやコントや漫才等でもよっぽどなことがない限り笑わないんです。
友達との会話でもそうです。
ダジャレ言って来る人には無理しないと笑えません(お見事!という意味でほほ笑むほの笑いはあれど)。
おやじギャグはスルーします。
こういう性格はもうどうしようもないので無理に笑ったりもしないことにしていますが、そんな中で思わず吹き出してしまう会心のギャグ(あるいはそれがギャグのつもりはない場合もあります)をお客さんが言う場合があります。
そういう場合、私はそれはもう遠慮なく笑うようにします。
話を整理します。
基本スタンスとしては店内は(特に入る前は)凛とした空気はあるものの実はアットホームなお店でありかつ何やらユーモアもあるお店というのが理想であるということです。
言うは易く行うは難しです。
しかも店主のトーク力などのマンパワーに頼らないでユーモア溢れる感じをそこはかとなく漂わせる・・・難しいですね。
それではこれから抽象的ではなく具体例を挙げながらお話していきます。
ここから先は
Amazonギフトカード5,000円分が当たる
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?