20年・10年のあゆみを振り返る--カフェバグダッド×比呂啓対談③
比呂 さっきも話した、ボスのピーターですけど、おみやげに肖像画をたくさん買ってきてくれるんですよ。モロッコに旅行行った時も買ってきてくれて。そこにあるモロッコの王様(の肖像画)は、全部ピーターからの寄贈です。たくさんあります。
カ なんていうか、貢献がすごいですね。
比呂 貢献した人です。顕彰しないといけない、ピーターは。
指導者の肖像画を集め始めたのは、国、というものにものすごく意識的だったからと思う。私が帰国子女だった、ってのがある。国に対する意識がすごく高いんですね。国について、なにかやりたいっていう気持ちがおそらく勝手に湧いてくるんだと思うんです。
比呂 この写真(プロジェクターに映した画像)は、ニューヨークで結構有名なインド・グジャラート料理のお店で…
カ この写真、よく撮ってましたね。今、みられてよかったです。
比呂 結構写真は撮っていた。だから、117か国の料理写真を使って、本にしようと思った。一つ一つ説明をつけて、世界の料理とは、どんなものかって。この時本にしてれいれば、結構なものになったと思う。その後の人生も変わったと思うんだけど… 2001年、2001年に米同時テロがあって(実現できなかった)。
(写真を示して)ニューヨークには、こういう移民の街があるわけですよ。こういう移民の街で、そこにあるナセル(・エジプト大統領)とか、 サダム・フセイン(・イラク元大統領)とかの肖像画を入手した。マグカップとかも。
カ ニューヨークでも買えるものが結構あったんですね。
比呂 買える物は買っていました。2001年にはシリア、レバノンに旅行したので、そこにある、レバノンとシリアの指導者の肖像画も手にいれた。この時期、結構わさわさと、中東のものが集まってきましたね。
カ シリア・レバノンに行ったのは、同時テロの後でしたっけ。前でしたっけ?
比呂 ギリギリ前。なので6月かな、2001年の。ちなみに、同時テロの時に私が住んでたのが、ハドソン川沿いで、ちょうどワールドトレードセンタービルが建っているところの目の前。ハドソン川をはさんだ対岸に家があって、部屋は5階でした。すべて普通に目視できるところだったんです。
カ 生で見たんでしょ。そのシーンを。
比呂 はい。ただ、ワールドセンターって電波塔なので、倒壊後は、テレビが見られなくなったんです。
参加者 あー
比呂 情報がなく、「何がおきているのか」と、結構怖かったです。
カ 何が、何が起きているのかわからない、世界破滅なのか、とか。
比呂 そんな感じ。だってあの時、はじめは結構いろんな情報が交錯していて、飛行機10何機もハイジャックされたっていう情報もあった。あと、ハドソン川にかかる橋を 爆弾積んだトラックが何台も走っているとかね、そんな情報もありました。で、しばらくしたら、もう安全だってわかったんで、ニューヨーク行ったりしましたけど、地下鉄で。そんな経験をしました。
カ コレクションの話に戻ります。その頃は、展示はしていなくても、集め続けていたわけですね。
比呂 まあ、ただ、自分の部屋には飾ってあった。
カ こう、なんていうか、自己満足的な。
比呂 まあ、あと、アメリカってホームパーティーをやるので、 家に人を呼んだ時に、こういうのがあると面白いんですよ。話のネタになるので、そういうこともあって飾ってたっていうのがあります。
比呂 そんなこんなで、2003年までアメリカにいました。
カ このペースで話していると、20年後までたどり着くのに結構時間かかりそうですね。
比呂 いや、でもまだ20分。全然大丈夫です。とにかく、2003年まできましたよ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?