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パレスチナ映画『ラナー、占領下の花嫁』が映す、過酷な分断の現実
イスラーム映画祭もいよいよ最終日。この日最初の上映は、午前10時からの『ラナー、占領下の花嫁』。ほぼ満席。朝から映画館がこんなににぎわうことはそうそうないのでは。
監督のハーニー・アブー・アスアド氏は、イスラエル北部ナザレ生まれのパレスチナ人。「パラダイス・ナウ」「オマールの壁」など日本で劇場公開されたものも多い。
上映作は、2002年制作で彼の最初の長編。婚姻の自由を求めるヒロインの日々を通じて、占領下のパレスチナ人が直面する抑圧をあぶり出している。
この映画の大きな特徴は、主人公たちが、エルサレムとラマッラーという、イスラエル占領地にある二大都市を行き来するロードムービーであることだ。ラナが暮らすエルサレムと、ハリールの演出家としての活動拠点である「アルカサバシアター」があるヨルダン川西岸地区のラマッラー。この間の移動は、本来なら車で30分もかからない。しかし、1967年の第三次中東戦争でイスラエルに占領下され、さらにこの映画が撮影される直前に第二次インティファーダが勃発したことで、とても困難な行程になった。
ラナーが、結婚という個人的な選択を貫こうとする過程は、彼女が都市間の分断を乗り越えようとする旅と重なる。イスラエル軍の検問所がラナーやハリールの行く手を阻む。恋人に会いに行くという当たり前の行動すら制限されるというパレスチナ人の現実が、随所に描かれている。
ただ、そうしたシリアスな題材を扱いながらも、随所にコメディーの要素を取り入れているため、軽妙さも感じられる作品になっている。ハリールがラナーに車の窓越しに「変顔」をするシーン、あるいは、イスラエル軍の兵士たちが押し付ける無意味なルールや、結婚手続きに関する官僚主義なども、ブラックユーモアとして機能している。
上映後のトークで、アラブ文学者の岡真理さんは、「パレスチナ映画の父」とも称される映画監督、ミシェル・クレイフィの影響を指摘していた。
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