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疑似ドキュメンタリーが映すチュニジア社会の歪み…『チュニスの切り裂き男』
チュニジアの女性監督カウサル・ビン・ハニーヤ監督の『チュニスの切り裂き男(シャッラート)』は、2003年にチュニスで発生した、バイクに乗った男が女性たちを切りつけるという未解決事件を題材にした作品。ただ、この映画は単なる犯罪ドキュメンタリーではない。「モキュメンタリー(擬似ドキュメンタリー)」という手法を用い、実際の証言や事件の再構成を交えながらも、どこかユーモラスで風刺的なトーンを持つ。この独特のアプローチが、チュニジア社会の歪みを浮かび上がらせる。
まず注目すべきは、「シャッラート」という存在自体が曖昧であることだ。誰もが彼のことを語るが、決定的な証拠はなく、その実在さえ疑わしい。この背景には、当時チュニジアを統治していたベンアリ独裁政権の厳しい情報統制がある。都合の悪い情報を隠し、メディアは国家によって管理されていたため、事件がどこまで真実であったのかは闇の中にある。実際にシャッラートが存在したのか、それとも政府が意図的に作り上げたものなのか——事件はぼんやりとしたまま、都市伝説のように語られ続けてきた。
このシャッラートという存在が再び浮上したのは、ジャスミン革命とも呼ばれた2011年の政変の直後、チュニジア社会が大きく変化した時期だった。世俗主義の独裁政権が崩壊して情報統制は緩んだものの、イスラーム主義が勢力を増し、社会の保守化が進んでいった。その中で、女性の服装や行動に対する圧力が強まり、肌の露出が多い女性に対する男性からの反感が噴出する、という現象が生じた。こうした中で、「女性を切りつけるシャッラート」の存在が新たな意味を持ち、再び注目を浴びるようになったのだ。
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