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和菓子、この味《桃六の沖の石》

日本の伝統的なスイーツ「和菓子」。都内には魅力あふれる和菓子店が多数あり、世代を超えて愛されている商品がたくさんあります。
ここでは、東京近郊の名物和菓子をご紹介。素材を吟味し、手間暇かけてつくられる名店の看板商品には、時代を超越するおいしさがあります。

直径5㎝前後のまん丸の形が愛らしい「沖の石」(230円)は、東京・京橋で150年余営む「桃六」の名物の1つ。いわゆる”あんドーナツ”だ。和菓子店では珍しい商品だが、食べれば納得。コクのある生地は数㎜とごく薄く均一で、内側には旨味豊かで、かつ後味にキレがある粒あんがぎっしり。確かな包あん技術をもとに、”店の味”といえるあんを堪能させてくれる一品である。

あんドーナツは漉しあん入りのものを多く見かけるが、同店ではずっと粒あん。「粒あんは粒の部分がデコボコするので、それがとび出ないようにごく薄く均一に生地で包むのはとても難しく、経験を要します。また、粒あん入りの生地は、粒が膨らむためか、加熱時に割れやすいという難しさもありますが、昔ながらに中華鍋で少量ずつていねいに揚げています」と、同店5代目の林 登美雄さんは語る。

風流な名前は、波によって角が取れた、海の中の丸い石を意味。生地に対する粒あんの量は約2.7倍。粒あんを満喫できつつ、全体の風味のバランスやサイズも絶妙で、くどさがない。仕上げにまぶすグラニュー糖がアクセントだ。消費期限は約3日間。”ここにしかないお菓子”とまとめ買いするファンも。

同店は1869(明治2)年に、林 六兵衛さんが現在地で創業。「桃太郎だんご」を名物とする餅菓子店としてはじまり、3代目の時代ごろに、時流やオフィス街という立地に合わせ、上生菓子や贈答にも向く焼き菓子、そして沖の石など、品ぞろえを拡充。一番人気のどら焼き「一と声」をはじめ、社用の手みやげ需要も多い。また、おこわの茶飯や野菜の煮しめなどを詰めた弁当も評判。付近の会社員や地元住民から厚い信頼を得ている老舗だ。林さんは都内の和菓子店2店で計6年修業後、約30年前に入店してのれんを守っている。

同店のこだわりは、”昔ながらの手づくり”。たとえば、団子は”混ざりものなし”(林さん)の上新粉100%。杵が落ちる動作以外は手動の旧式の餅搗き機で、手で返しながら搗く。「季節によっても変わる固さの塩梅を、自分の手で見極めたいんです。蒸し加減や水加減などにも、うちなりの伝統のノウハウがある。そこには自信をもっています」と林さん。団子の分割も、木製の球断器による手作業だ。「手づくりは確かに大変ですが、お客さまに喜ばれるものを提供したい。もちろん、機械による大量生産にも利点があり、やり方はそれぞれで正解はない。でも、お客さまが当店を愛してくださっていることが答えなのかなと。保存料や脱酸素剤なども不使用で、日持ちのしないうちのお菓子を選んでくださることを、本当にありがたく思っています」。

沖の石も、多くの塩梅を経て完成する。生地は薄力粉、全卵、上白糖、加糖練乳、無塩バター、重曹、ベーキングパウダーによるもので、特徴的なのは、ボウルでまとめた生地を、分量外の薄力粉を敷いた台に少量ずつ取り出し、固さを調整していること。「やわらかすぎれば、ここで何回か折りたたんで固くするなど、”塩梅をとる”わけです」と林さん。適切な固さになったら手で分割し、分割して丸めておいた粒あんを、粒あんがうっすら透けるほど薄く包む。「包めるようになるには、経験を重ねて、力の入れ加減を手のひらの感覚でつかむことが大切です」。ちなみに、あんの部分が生地からとび出ると、揚げた時にそこから割れ、油が入って傷みやすくなり、油っこくもなるそうだ。

包あんする林さん。

包あんしたら、中華鍋に適温に熱した植物油で揚げるが、揚げる様子も一般的なドーナツとは異なる。「沖の石はあんこの比率が高くて重いので、油に入れるとドンと沈んじゃうんです。最後まで浮いてこない」と林さん。そのままでは鍋底の熱で焦げるので、生地を傷つけないように気をつけつつ、菜箸で終始やさしく転がしながら揚げ、黄金色になったらそっと取り出す。

粒あんたっぷりで鍋底に沈むため、焦げないように菜箸で転がしながら揚げる。「つきっきりの仕事です」と林さん。その奥には、長男の雄也さんがどら焼きの生地を同じく一心に焼く姿が。

伝統製法による中の粒あんは、大納言アズキを使用。渋切り(アク抜き)後、粒が割れないように注意しながら、やわらかくなるまで煮て蒸らしたら、水を少しずつ入れて煮汁を釜からあふれさせ、きれいな水に入れ替える。「雑味となる不純物を除く作業」と林さん。ユニークなのは、この後、ザルにアズキをあける際、ザルの下にボウルも置くこと。「こうすると、ボウルに水と一緒に呉(アズキの中身)もたまる。気をつけて煮ても、多少は粒が割れて呉が出てくるのですが、呉はいわゆる漉しあんのもとで、アズキのエキスが詰まっているので、呉もとっておくわけです」。

一般的に粒あんは、水と砂糖を熱した液に、煮たアズキを加えて炊くなどの製法が多いが、同店では、前述の呉を水にさらして沈殿させて水を除き、グラニュー糖を少量加えて熱した液に、煮たアズキ、グラニュー糖を交互に加えて炊く。「雑味は除き、呉の旨味は残さず生かす。漉しあんとのハイブリッドのような粒あんです」。仕上がりの固さは、水分が多すぎると揚げた時に生地が割れやすく、また、揚げるとあんがやわらかくなることなどをふまえて塩梅しているそうだ。

じつは、沖の石の生地は昔はもう少し厚く、林さんの代に今の薄さにしたのだそう。「お客さまを喜ばせたい」という実直な思いは、手づくりの伝統を守ることはもちろん、包あんなどの難度が増しても進化に挑む心意気にも結びついているのである。

◎桃六
東京都中央区京橋2-9-1
電話:03-3561-1746
営業時間:9時30分~17時
土・日曜、祝日休

東京メトロ京橋駅、都営地下鉄宝町駅から各徒歩2~3分。串団子「桃太郎だんご」(生醤油、漉しあん)、銅板でこうばしくふっくらと“手焼き”する生地に粒あんをたっぷり挟むどら焼き「一と声」をはじめ、品目数は約40。昼時には、特製の醤油ダレによるおこわの茶飯や、野菜の煮しめなどのおかずが評判の弁当も数種類提供。一と声や弁当は芸能人のさし入れなどとしても愛され、メディアでもしばしば話題に。製造は店から徒歩約5分の工場で行い、通常は林さんと長男の雄也さんの2人体制。接客は林さんの妻の容子さんを中心に常時約4人。菓子の仕上げや包装は店で行い、弁当のおかずも容子さんが店内の厨房で仕込んでいる。日本橋と銀座の間にあるオフィス街の京橋は近年、再開発が盛ん。「今後はこの地域の方はもちろん、京橋に遊びに来てくださる方にも喜ばれるお店にしていきたい」と林さん。

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※本記事の掲載内容は取材当時のものです。


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