和菓子、この味《成城あんやのあんわらび》
「成城あんや」の名物の1つである「あんわらび」(281円)は、漉しあんが練り込まれたわらび餅。独特のもっちりした食感が印象深い、ありそうで意外にない菓子だ。「和菓子店ではあまり見かけないかもしれませんが、黒蜜を練り込んだわらび餅もあるように、わらび餅自体に甘味をつける方法として、あんを練り込むことも昔からあるんじゃないかなぁと。本当にシンプルなお菓子ですが、ご評価いただけてありがたく思っています」と、同店を経営する(株)成城凮月堂の代表取締役社長・堀 芳郎さんの妻であり、同社取締役マネージャーの堀 澄子さんは語る。
同店は、豆大福や春の桜餅など、定番や季節の菓子とともに、あんわらびなど、シンプルでいて個性が光る菓子も豊富。そして、あんわらびを含め、日持ちが当日中〜3日ほどの生菓子が多いのも特徴的だ。「『和菓子の原点に戻る』ことをテーマに開業したのが、成城あんやなんです」と澄子さんはふり返る。
同店の経営母体は、同店の近くに本店を構える、東京・成城の老舗「成城凮月堂」だ。京都で和菓子を修業した初代・堀清之亟(せいのじょう)さんが上京して1918(大正7)年に創業し、30(昭和5)年から現在地で営む。ちなみに、江戸時代創業の和菓子店に起源をもつ「凮月堂」との関係はなく、店名は地元の名士が名づけ親だそうだ。初代はフランスから職人を招聘し、洋菓子職人も育成。手づくりのできたての和菓子と洋菓子を提供し、地元住民から厚い信頼を得続けてきた。
そんな成城凮月堂も、方向性が揺らいだことがあったという。昭和の高度経済成長で菓子業界も活況を呈したころから、商品を切らすことがないよう、大量につくって冷凍したり、消費期限をのばすための添加物などを使ったりする商品も一部置いていた時代があったのだ。3代目である芳郎さんは、そもそもは銀行員だったが、家業への責任に目覚めて92年、28歳の時に入店。製造や販売も経験し、会社組織をととのえつつ、余計なものを加えない、昔ながらのつくり方にもどすことに注力した。そして、この“原点回帰”をより鮮明に表そうと2004年に出店したのが、成城あんやだった。「自分たちが本当にやりたいことは何なのかを突き詰め、“白紙”から立ち上げました。日持ちさせるための添加物の使用や冷凍を行わない、風味豊かな“本物のおいしさ”を追求することに加え、もう1つテーマがあって。和菓子は洋菓子に比べて進物利用が多く、ご自分のために買っていただけないというジレンマがすごくあったんです。贈りものとしてはもちろん、自分のおやつにも1個、2個と買っていただける和菓子をめざし、朝生菓子、上生菓子、進物菓子などの枠にとらわれずに、本当に自分たちが食べたい、食べていただきたいお菓子を置こうと考えました」と澄子さんは語る。
こうした発想から、独自性豊かな菓子が誕生した。たとえば、米粉のスポンジ生地で漉しあんと求肥を挟んだ「こめ粉サンド」は、芳郎さんの「シベリアのようなお菓子を」という発案から開発された“おやつ菓子”。そして、あんわらびは、澄子さんの子どものころの思い出がもとだという。「日本画家だった父には来客が多く、家に食事に見えていた料理好きの画家の方がつくってくださったお菓子なんです。もちもちしたなかに漉しあんのさらさらした粒子も感じるような、独特の弾力と舌ざわりに感激して。製造スタッフに話したところ、食感や風味の塩梅が絶妙なものを完成させてくれました」と澄子さんは語る。
あんわらびは、本わらび粉も入ったわらび粉や水、自家製の漉しあんを銅サワリで合わせてつくる。火にかけて、ダマができたり焦げたりしないように注意しながら充分に練り、蒸してから羊羹舟に移して落ち着かせ、羊羹包丁で切り分けて、京都産の黒須きな粉をまぶす。なお、漉しあんには、同じ問屋から毎年一番できのよいものを仕入れる北海道産アズキと、白ザラメ、塩を使用。塩は伝統製法による「海の精」を選び、すっきりした甘さにアクセントを与えている。
テレビでの紹介をきっかけに人気に火がついたという、あんわらび。同店はほかにも人気商品が多く、すっかり地元に根づいた存在だ。「“ほかにはないお菓子”とお求めいただいているあんわらびなどが生まれたのは、成城凮月堂という安定した母体をもとに冒険ができたことも大きい。また、日持ちのしない生菓子を多くそろえ、いい状態で提供し続けるのはとても難しく、それができたのは、成城凮月堂が培ってきた技術や稼働力、何よりも製造や販売のスタッフの努力と工夫の賜物だと思います」と澄子さん。成城凮月堂と成城あんやはスタッフの行き来もあり、伝統的な技術を磨けることから、若い世代の入店希望者も多いそう。「スタッフが働きやすい環境をよりととのえ、昔ながらの手づくりをよいかたちで守り続けることに、力をそそいでいきたいです」。
※本記事の掲載内容は取材当時のものです。
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