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ママと呼ばれることについて

たまにお客様から、「ママさん」とか「ママ」と呼ばれることがあります。

子供もいないので、当然ながら店を始めるまで「ママ」と呼ばれた経験はゼロ。
しかも、明らかに自分より年上の男性に、初めて「ママ」と30代で呼ばれた時、一瞬誰のことなのかわかりませんでした。
自分のことだと知った時、それはそれはびっくりしました。

でも、お客様にとっては呼び方に困るのかもしれません。
カフェ店主が男性なら「マスター」で済みます。
だけど、女性の場合は「ママ」しかないのでしょうね。
「ママ」とおっしゃるお客様は、まず100%年配の方で、さらにほとんどが男性(しかもなんとなく上品で遊び慣れた雰囲気の方々)なので、時代的なものもあるのだろうと思います。
大抵のお客様は、わたしのことを「nakazumiさん」と店名で呼んで下さいますが、「ママ」も最近ではすんなり受け取れるようになりました。

20代の頃に買った丸谷才一のエッセイ『軽いつづら』に、こうありました。

……問題なのは「マダム」をなぜ「ママ」と呼ぶかといふことである。をかしいぢやないか。客である男たちは一人として彼女の息子ぢやないのに。
(中略)
 われわれの文化はよく言へば融通無碍ゆうづうむげ、わるく言へばいいかげんだから、こんなふうに他人の立場に立ちやすい。思ひやりも、自己の喪失も、ここから生ずるのですね。
 さて、これでもう、わかつたと思ひます。バーの客がマダムのことを「ママ」と呼ぶ。あれは彼女を「ママ」と呼ぶホステスたちの立場に、ちよつと身を置いて、なのですね。男が女の立場を借りる。しかも客が使用人の立場を借りる。だから滑稽と言へば滑稽である。
 もつとも、この種の言葉づかひはわが花柳文化の伝統かもしれない。江戸時代、吉原では、太夫(位の高い遊女)を花魁おいらんと称し、客もこの語を使つて敵娼あひかたに呼びかけた。
 しかしあれは、禿かむろ(遊女見習ひの少女)が「おいらの(太夫)」と親しんで言つた言葉から生じたのですね。つまり客たちは、ちよいと禿に身をやつして、喜んだのでした。

丸谷才一『軽いつづら』より

これを読んだ当時は、まさか自分がいずれ「ママ」と呼ばれるようになるとは想像もしていませんでした。
この丸谷才一の言葉が頭にあったので、「ママ」はわたしの中ではパリッとしていてやりくり上手で、従業員をうまくさばいて、お客様のあしらいもこなれている、というイメージなのです。
今のわたしのように、たった一人でボンヤリと営業しているのは「ママ」なんでしょうかね~、と16年近くやっていてもいまだに自信がありません。

そこで、調べてみました。

「ママ」
・バーなどの女主人(広辞苑)
・バーなどのマダム(三省堂国語辞典)
・飲食店の女主人(Wikipedia)

「バー」……。
当店は「バー」じゃなくて「カフェ」だけど、まあ同じ飲食店だし、夏季限定ですがビールもあるしね。ふむふむ。
そして「女主人」に「マダム」か……。
たしかに女主人ではありますが、やっぱりちょっと気が引けるなあ。
部下がいないと「ママ」と言うにはどうしても足りない気がしてしまいます。

そんなふうに思って過ごしてきたのですが。
先週、ついに、とうとう、初めて「女将おかみ」と呼ばれました。
女将……。
わたしに向かってそう声をかけたお客様は、やはり年配男性ではありましたが、雰囲気がなんというか、「ママ」と呼ぶ方々のように「バーへ通いそうなタイプ」というよりは、どちらかというと「スナックに通いそうなタイプ」の方でした。
だけど、スナックで「女将」と呼ぶだろうか。

そこで、「女将」も調べてみました。

「女将」
料理屋・旅館などの女主人(広辞苑)
料理屋などの女主人(三省堂国語辞典)
旅館、食堂や相撲部屋などを取り仕切る女性(Wikipedia)

比べてみると、
ママ=バー・飲食店の女主人」
女将=料理屋・旅館・食堂・相撲部屋の女主人」
のようです。
旅館と相撲部屋には該当しませんが、カフェは料理屋といえば料理屋で食堂といえば食堂です。
アルコールを提供する前提ではない店という点では、「バー」よりも「料理屋・食堂」は当店にマッチしている気がします。
ということは、「ママ」より「女将」のほうが近いのか。

「ママ」という呼び名にようやく動じなくなった今になって、新たな「女将」の登場。
これは当店が基本アルコールを提供しない店だというのが浸透したのか、それともバーよりも相撲部屋に近い和風の雰囲気を醸し出しはじめたのか、あるいはわたしの加齢によるイメージの変化なのか。
「ママ」と「女将」のイメージを比べて、その違いがたいへん気になるこのごろ。

というわけで、はたして実際どうなのでしょう。
「ママ」から「女将」に移行したかもしれない店主が、お待ちしております。


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