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人間の器

ある朝目覚めたら、「人間の器」が見えるようになっていました。

夢の話です。
わたしにだけ、「人間の器」が見える夢を見たのです。
最初に見えたのは自分の器で、それは白くてザルのように浅い器でした。
ちょうどおヘソの辺りに水平に付いていて、大きさは、自分の胴回りくらいのサイズ。

「ふむふむ、自分の器はこのぐらいか」

と、妙に感心しながら、ちょっと浅いけど、自分の体の幅と同じ大きさというのはおそらく人並みなのでは?
むしろ、人並み以上かも?
お茶碗サイズじゃなくてよかった、などと夢の中で考えるわたし。

隣に目を移すと、夫がいます。
彼のおヘソの辺りに付いている器は、わたしより一回り大きく、深い。
それを見た瞬間、「おっ……負けた……」と思うわたし。
そしてすぐに、「でもまあ、男だし。体格が違うんだからちょっとサイズは大きくて当然なのかも」などと、自分を納得させます。

そのうち、その器は状況によってサイズを変えることを発見しました。
ちょっとした出来事で、わたしの器も、夫の器も、大きくなったり小さくなったりするのです。
例えば、眺めのいい座り心地の良さそうな席に、我先にと座る夫の器はギュイーンと小さくなり、そんな夫の行動に腹を立てずに黙って残された席に座るわたしの器はグッと少し広がる、という具合に。
それでも、基本のサイズは大体決まっているようでした。

その後、隣に住む姉夫婦をはじめとして、友人たちやお店のお客様など、日々顔を合わせているいろんな人達と次々と夢の中で会いました。
みんな、おヘソの辺りに白い器をつけていて、それがわたしだけに見えていて、中には直径2mほどの大きな器を付けている人や、深い深いどんぶり状の器の人もいました。

そして判明したのは、わたしの器より小さい器の人が、一人もいないということ。

「自分が一番、器が小さいんだ……」

と、愕然とするところで目が覚めました。

目覚めたわたしはベッドの上で、自分のおヘソの辺りをそっと覗いてみる。
器は、見えません。
良かった。
一番小さい器である上に、「ザル」って……。
自分、どれだけ小者なんだ。
ガックリしつつも、自分だけに見えていたことにホッとした朝。


こんなわたしが、「これからは、少しずつ器を大きくしていきたい!」と友人たちを前に宣言した時、
「そんなことしたら、nakazumiじゃなくなっちゃうよ!」
「無理やり大きくしようとしたら、その器、割れるよ。壊れるよ」
「器が小さいのがnakazumiさんだよ。面白いからそのままでいいんだよ」
とその場にいた全員に止められました。
どうやらわたしの器の小ささ、周知の事実だったみたい……。

ささいな出来事に心揺れてうろたえ、すぐにいっぱいいっぱいになるわたし。
そしてその右往左往を家族や友人達に漏らしては、励ましと慰めを期待する日々。
40歳を過ぎたら、もっと堂々とした懐の深い大人になれるはずと思っていたけれど、その40歳を10年以上過ぎても自分の小ささに驚くばかりです。

やっぱりあの夢は正夢なんだろうなあ、と確信して反省するこのごろです。

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