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その花は、花屋で売られていました。

「どんな人がわたしを買ってくれるんだろう」

今を盛りに咲き乱れるさまざまな花たちに囲まれながら、その花は毎日ドキドキしながら待っていました。

ある日、一人の男がその花を買いました。
男は花を持ち帰り、窓辺に置いた美しい花瓶に挿しました。
多くの花の中から自分を選んで丁寧に扱ってくれる男に、花はとても感激して、窓から見える素晴らしい自然の景色にうっとりとしました。

雨の日も風の日も、花は暖かい室内で窓の外を眺めながら穏やかに咲くことができました。
こまめに水を換え、毎日自分を眺めてくれる男のおかげで、花はとても幸せでした。だから、一生懸命咲き続けました。

ところが時間が流れ、男は水を換えなくなりました。花に目を向けることもなくなりました。みるみるうちに輝きを失う花。

ある日、すっかりしおれて枯れてしまった花に気づいた男は、花を庭に捨てました。
花は、「これで自分は一生を終えるんだな」と諦めました。そして深い眠りにつきました。

それからまた時間が流れました。
ある時、花は自分がまだ生きていることに気がつきます。
しおれて枯れて土の上に捨てられたはずなのに、その場所にまた芽を出したのです。
でも、今度は暖かい室内ではありません。雨も降り、風も吹き、嵐の日もあります。花は耐えました。

そうやって土に生えていると、花の周りには昆虫や野鳥や動物が遊びにきます。
道を通りかかる登山者や近くを散歩する人間たちが、花を見つけて微笑んでくれます。
花は嬉しくなりました。今度はいろんな生き物が、自分を眺めてくれる。
そして思いました。

「もしかしたら、また誰かが自分を摘み取って、どこか居心地のいい場所へ連れて行ってくれるかもしれない」

ある日、雨に打たれながら咲く花に、そっと傘を差しのべるおじいさんがいました。
おじいさんは、それから毎日花を見に来てくれました。花もおじいさんを待つようになりました。

そしてある暖かい春の日、花は思い切っておじいさんに言いました。

「お水をちょうだい」

するとおじいさんは言いました。

「今、もうすこし辛抱して我慢すると、根が伸びるんだよ。
そうすると、もっとここでがんばっていけるんだよ」

花は、やっと気がつきました。
生きていく、ということに気がついたのでした。

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