【ショートショート】 ほこり
「手に持ってるそれ、なんですか?」
わたしは、そう男にたずねた。
「ああ、これですか。ほこりですよ、ほこり」
そう言って、男は手の上にのせたフワフワとした物をわたしの前に差し出した。
「ずいぶん掃除をサボってたんですね。こんなデカい埃見たことない」
「なにをおっしゃるんです。「埃」じゃありません、「誇り」です」
男はあきれた顔でそう答えた。
「えっ、「誇り」って自分に対する尊敬の念みたいなことですか?」
「そうです」
「こんな形をしているんだ・・。はじめて見た」
「おや、あなたは「誇り」をお持ちじゃないんですか?」
勝ち誇った顔で男がいう。
「わたしが「誇り」なんてとんでもない。家に帰れば埃は山ほどありますが、こっちの「誇り」は持ってないなぁ。誇りがないのが誇りなぐらいで」
「まあ、誰もが持っているわけじゃないですからね」
そう言って大事そうにジャケットの内ポケットにしまいこんだ。
「ところで、その「誇り」ってどうやって手に入れたんです?」
「それは難しい質問ですね。事業での課題や困難を乗り越え、業績が伸びていくことで自分は社会に貢献しているという自信を徐々に深めて行くわけですから、一言では言い表せません」
ふ〜ん、いいなぁ。
「お願いなんですけど・・・」
「?」
「それちょっと分けてもらえません?」
「分けるって・・・、「誇り」をですか?」
「イエス」
「・・・。あなた、なにも分かっていないようですけど、「誇り」は自分の手で築いていくからこそ価値があるんですよ」
心配そうな顔でわたしを見ている。
「本当にそうでしょうか?「誇り」を手に入れるには時間と労力がかかるんですよね?」
男は当然だと言わんばかりの顔でうなずく。
「じゃあ、手に入れたとしても時間と労力は失ってしまうじゃないですか。タダで手に入れた「誇り」の方がなにも失っていない分、価値があるように思うのですが?」
「そんな見せかけの「誇り」に価値なんてない」
「そうでしょうか?例えばですよ、家を購入してもローンを組めば借金ができるじゃないですか。でもタダで家を手に入れることができれば、家そのものの価値だけが残ります」
ため息交じりで男は答えた。
「・・・だとしても、あなたにはあげません」
「なんで?ケチ」
「あなたのような人にポンと渡すようじゃ、それこそわたしは「誇り」を失ってしまいます」
「そんな人にも寛大さがあることを「誇り」にしてはいかがでしょう?減るどころか増えるかもしれませんよ」
男はそれ以上なにも言わず、立ち去っていった。
ちぇっ、仕事で「誇り」を手にするのは難しいもんだな。
ふと、反対隣に目をやると別の男性が同じように手に「誇り」を持って立っていた。
しかし、こちらは先ほどと質感が違っている。
「もしかして、それは「誇り」ですか?」
「ええ、そうです」
「先ほどの方と感じが違うようですが?」
「私は経済的な成功に興味がありません。それよりも自分らしく好きなことをして生きていくことを「誇り」にしているんです」
「具体的にはどうやって?」
「常に自分に問いかけています。本当にこれは自分がやりたいことなのか、周りに流されてはいないかってね」
こっちもいいなぁ。
「それ、少し・・」
「あげません!」
まだなにも・・
「先ほどのやり取りを見ていました。わたしも同じ意見です」
そういって男はやはり、立ち去って行った。
仕事で成功して社会貢献していることを「誇り」にする人もいれば、仕事にとらわれない自分らしい生き方を「誇り」にする人もいる。
ベクトルの向きは外側か内側か?
いったい、わたしの「誇り」とやらはどこにあるのだろう?
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