Televisionのレコードと味のしないフライドチキン - #文脈メシ妄想選手権
慣れ親しんだ味がある。
いつでも食べられるものの1つに、ファーストフードというものがある。
ある意味、飽きてしまいそうで、ある意味、安心感を覚える拠り所。
大人になった今、機会は減っているけれど、時々無性に食べたくなるもの。
その1つがケンタッキーフライドチキンだ。
脂っこくて、塩の味が口いっぱいに広がる。大好きだ。
だけど、1度だけ全く味わうことができずに食べたケンタッキーがある。
高校二年生の時、僕は人生最大レベルの恋をした。
地元の90分に一度来ればいいような最寄り駅に向かうバスを待っている日のことだった。
その日は、クラスメイトとイエローモンキーのコンサートにいくためにバスを待っていた。しかし、如何せん田舎のバス。時間通りになんて来るはずがない。
僕はバスが来るまで、向かいの書店で時間を潰すことにした。
結果、雑誌を立ち読みする僕の視界には、通り過ぎていくバスが映った。
残念。そして、次のバスが来るまで再び僕は雑誌を読み始めた。
結果、2本目のバスが目の前を通り過ぎた。
もはや、待ち合わせには間に合わない。
「あー、また乗れなかったですねぇ」そんな声が背後から聞こえてきた。
後ろを振り返ると、NirvanaのNever MindのTシャツを着た女の子が手作りアクセサリー売るフリマを出していた。
田舎の高校生にとって、まさか洋楽を聴いていることさえ「マニアック」と言われ続けていながら過ごしていた高校生活を送っていた日々に
こんな出会いがあるなんて思ってもいなかった。事件だ。
「逃せない!」そう思った僕は、その子に話しかけた。
「ぼ、僕も Nirvana聴きます」。
完全に挙動不審だったのではないかと思う。
笑顔で「話しよう」と言ってくれた子とぎこちなく会話をして、なんか電話番号を交換した。
一通り適当な話題を終えた後、彼女は僕に電話番号を教えてくれた。
夜、緊張しながら勇気を持って電話をかけて、数時間話し込んだ。
共通の友人がいることがわかり、その日から彼女と毎晩のように電話をする日々が始まった。
LINEなんてない時代。お互いに予定を気軽に合わせることが簡単ではない当時、なんとか最寄りの大きな街でゆっくりと会いましょうとなり、約束の当日、駅の改札口で彼女を待った。
携帯も何もないので、いつ来るかわからない状態でただ待っていると、待ち合わせ時間よりもだいぶ遅れて彼女は現れた。
待ちぼうけの僕はただ、お腹が空いていて、人生で多分3回目くらいの女の子との待ち合わせの僕はなぜか「ケンタッキーに行きたい」と言った。
「よし!行こう!」いつもの明るい口調で彼女はケンタッキーに入り、僕がお腹を満たすのをニコニコしながら見守ってくれていた。
普段は、塩辛い味に舌鼓を打つのだけど、目の前に気になる子がいると、びっくりするくらい味がない。味覚が緊張で感じられないのだ。
コーラでさえも、甘みを感じることなく、味覚ではなく身体感覚のみで炭酸のシュワシュワ感が通り過ぎていく。
こんなにも味のしないケンタッキーフライドチキンは人生で初めてだった。
「さて、どこに行きますか」という彼女に、僕は何をしていいのかわからず、「レコード屋に行こう」と言い、ディスクユニオンの中古センターに
連れ立った。
普段の電話から醸し出される美術科に通う彼女に対して、「単なるインディロック好き」という勝負ポイントしかない僕は、
この日、自分の土俵に持っていきたくて仕方がなかったのだと思う。
「いっぱいありますなぁ」。そんなことを言いながら彼女は次々とレコードを棚から取り出しては、ジャケットデザインをしげしげと見つめている。
「こ、このレコードは・・・」と1つ1つ、洋楽雑誌で手に入れた記憶の中から受け売りの知識でレコードについて話す僕。
自分の世界で泳いで行きたい!とだけという明らかに今思い出すと痛い行動をしていたのではないか・・・そんな回想はまた別の機会に。
「うんうん」。そう言いながら笑顔で聴いてくれる目の前の好きな人。
そこで彼女が放ったキラーワード。
「じゃあさ、もし、私たちに彼氏、彼女がいたら相手が聴いていたらいいな!と思うレコードを交換しようよ。」とまさかの提案が。
真剣に考えた。この1997年というUKロック最強の当たり年の中で、新譜という選択肢を見失っていた僕は、The Jamの1stアルバム、
In THe CItyのレコードを手に取って、彼女に渡した。
彼女からのお返しは、ニューヨークのパンクバンド、TelevisionのMaquee Moonだった。
冷静に考えてみると、恐ろしくイケてるセレクトだ。
それぞれ「はい!」とレコードを交換し、高校生らしくプリクラを撮りにいく。
相変わらず自分の緊張はマックスに近い。
そこでまさか、彼女は腕を組んできた!「いいねー」と言いながら、出来上がったプリクラを受け取る彼女。
「フ、フラグ・・・」と思いながらも脳内はパニック状態になる。
あっという間に最終バスの時間が近づいてきて、帰宅することに。
帰り道、同じ方向のバスに1時間揺られる間、彼女はJimi Hendrixをモチーフにしたという手作りバッグを自慢げに見せてきた。
なんというか、その時点でTelevisionとJimi Hendrix。泳がされていたのは僕の方だ!
完全にフラグが立っていて、田舎でこんな子に出会うこと自体がインターネットさえない中で奇跡的な出来事だとはわかっていた。
でも、僕の中ではそのキラーパスをシュートする思考なんて出来ないくらい脳の回線はショートしていた。
翌日の電話で彼女は言った。「あのね、誰かね、私を拾ってくれる人、いないのかな」。と。
「今、一言好きだっていうだけで言い」そう思いながらも僕はそのパスにシュートを打とうとしなかった。
単純に、「この関係が終わることの怖さ」の方に負けた。
「いるといいよね」それが精一杯の返事。気づいて欲しいというこちらの一方的な思い込み。
「そっか。じゃあね「」とこの日の電話は終わり、彼女は修学旅行に出かけた。
数日後、久しぶりに電話をしてみると「すごくイケてる男子が見つかった」と言われた。事実上、僕の想いは終わった。
たった一言言うだけで良かった。そんな後悔はもう取り戻せない。
手元に残ったTelevisionのレコード。針を落とすことがができなかった。
数年後、僕はロンドンに少しだけ住んだ。もちろん、彼女のその後はすることもなく、別な人を好きになり、相手を残して1人、海外の地で食事が合わずに悩みながらも、ケンタッキーに入った。
そこで口の中に広がったのは、普段愛していた脂っこいフライドチキンの味。ただ、懐かしさがこみ上げてくる。
あの日のキラーパス。決めることはできなかったけれど、新しい出会いへの期待と、見知らぬ土地で思い出したレコード交換。
時々、今はレコード棚を整理していると、高校時代以降開けることのなかったMaquee Moonが目に入る。
「元気かなぁ」。僕はその後それなりに生きています。という届く当てのない手紙を出すかのような気分になりながらそのレコードを見つける。
映画、ハイフィデリティでレコードマニアの主人公のロブが過去の思い出と共に、買った順番に1枚1枚のレコードで過去を確かめるかのように、
棚を並べていくシーンを見ると、あの日の数時間を思い出す。
多分、あの日のパスを決めていたらロンドンにいなかったかもしれないし、新しい出会いも、なんとなく「自分よりもイケてる」と言われたことで
何かしてやろう!と奮起してしまった自分もいない。
悔しいけど、ありがとよ。
ファーストフードだって悪くない。時には力強い味方になってくれることもある。そんな出来事を思い出す1ピースのチキン。
初デートはどんな食べ物でも味がしないのかなぁ。
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※セリフもほぼ再現の実話です。
#文脈メシ妄想選手権 に参加でした。