時間的搾取について考える~天からの理不尽な時間的搾取からは逃れられない~
もうね。サブタイトルから全力直球ストレートですけども。
時間的搾取について考えた時、ほとんどの人が労働が~とか言いますけど、
生まれた時点で、ありとあらゆる生命は死までのタイムリミットという制約を受けている、と私は考えている。
ほんとにこれは理不尽なもので、何をしたから、いくら稼いだから、いくら良い事をしたからといって、変える事の出来ない制約だ。
その視点から考えると、ほとんどの人がそうだと思うが、当たり前に明日がやってくるという意識がいかに危機感のない考えだかお分かりになるだろうか?
この死までの理不尽なタイムリミットについて、学校や職場や友人関係の中で触れることはまずない。
あってもおとぎ話程度に触れられるだけで、実際に明日自分が死ぬと思って生きているヤツがどれだけいるのだろうか、と問いたい。
実際私も明日死ぬなんて思ってないけども。。。笑
ただ、ある程度の危機感は持っておいた方が損はないはずだ。
人というのは他人の事に関しては割と考えられるが、自分の事にあまり関心が行かないようにできているようで、
例えば、家族の誰々が死んだら・・・ なんて考えることはできても、自分が死んだら・・・ まで考えが進むような人は少数派だ。
話が脱線したが、何が言いたいのかというと、今の人はのほほんと、優雅に生きすぎている気がするんだ。
生まれる時代も、生きている有限な時間も選べぬまま生まれてきて、たまたま日本という恵まれた国に生まれ、IT社会に育ち、
のほほんとインスタやらツイッターやらyoutubeやらゲームなどで、その有限な時間を浪費している。
まあ浪費するのは良いとしても、その有限な時間の貴重さに気づいていますか?ということが言いたい。
また話は変わるが、
類まれなる能力を持って生まれて、ただ時勢が悪く、徴兵され戦争で死んでいった青年がいる。
はたまた、生まれつきの障害を持って生まれて僅か2.3か月で死んでしまった赤ちゃんがいる。
志半ばで病に倒れ、「ただ、無念だ」と言い残して死んでいった医者がいる。(白い巨塔より)
どれだけの資産より得難いもの、それは時間なんです。
その時間を、有意義に生きていますか?
数十年後、死の間際に振り返って、俺の人生は豊かだったと、胸を張って言えますか?
そこから逆算して、生きようねって話でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?