ダメな産学官プロジェクトの理由
10年前東京藝術大学の教員になったときは、産学連携や産学官連携プロジェクトは積極的にやったほうがいいと思っていた。しかし今は、その考え方を改めている。
最先端テクノロジーなどの独自の技術開発や理論探究の研究を行っている研究室ならば、情報と資金を交換し合うなどしてWin-Winの関係が築けることは容易に想像がつく。しかしデザインや美術を学ぶの研究室は、基本的に学生のやりたいことが先にあって、研究室レベルで何か独自の技術を開発しているというケースは稀だと思う。特に藝大はそうである。
すると結局、学生ならではのアイデアというのが価値になる。企業人の発想にはない、自由奔放なアイデアというと聞こえがいいが、大体は使えない。実現するのは、広告代理店経由より格安で実現できたパッケージデザインやラッピングバスとか電車など……。上流からのデザイン開発を目指しながら、実現したのは下流のスタイリングデザインということになる。
デザインは実践あっての学問であり、大学側にとっては、企業や地方自治体とともに実践的なデザインを学生が体験できるのは、とても良い教育機会と捉えている。……とはいっても、即戦力を育てるだけが社会に貢献する人材を育てることでないとも思っている。
いままで私が関わった産学・産学官連携のデザインプロジェクトに関していえば、最も足りなかった部分は「評価プログラムのデザイン」だと思う。アウトプットの提案をするが、それをどう発信してどう世の中に評価してもらうかといったプログラムまではデザインしていない。
企画する、試作をつくる、展開まで提案する、提案が通れば実践する、というデザイン提案まではやってきたが、どのような評価を受けるかまでは考えてこなかった。企業の人と教員が「講評しておしまい」というケースは多々ある。でも、それは「評価プログラムのデザイン」というレベルの話ではない。授業の成績付けと同等のものである。
また成果展をやればいいというものでもない。報告書をつくればいいものでもない。「展示を行う=評価」ではないし、「冊子にまとめる=評価」ではない。展示や冊子が、適切な評価をしてくれる人に行き渡って、その人たちが評価を発信してくれるまでをデザインしないといけない。発信は評価でなく、発信して評価がフィードバックされるまでのプログラムを用意しておかないといけないのだ。
自分たちのが提案した、もしくは実践する企画が適切に評価される場を探して応募して審査を受けたり、ターゲットになる人たちに効率的に届く場を設定して話題にしてもらったり、識者に論じもらったり、ということまで考えないといけない。売り上げだけで勝負するには産学プロジェクトは営業力で力不足だったりするケースが多いので、特にこの「評価プログラムのデザイン」が重要となる。
外部から適切なフィードバックを得られる評価プログラムをデザインしないで、よく産学や産学官のデザインプロジェクトをやれてきたね?と思われるかもしれない。それがやれたのは、藝大さんといっしょにやることがプロジェクトの目的になっているケースが多々あるからだ。藝大といっしょにプロジェクトを行うこと自体がトピックス性をもつので、企画が出来上がった時点で、つまり外部からの評価を受けることなくプロジェクトが完結してしまう。
特に藝大でなくとも、「地元の大学生がデザインしました」という話題性だけが目的になっているケースはよく見かける。産学官プロジェクト自体が目的化してしまうこの現象に、やっているほうは気づきにくい。産学官のプロジェクトはよく地方新聞で記事にしてもらえるが、それは企画自体の評価ではない。産学連携プロジェクトが新聞ネタ向きだから取り上げられているにすぎない。今年もまた藝大さんが来てくれ共同制作できて、などと喜ばれるのは、嬉しいことでもあるが、それがデザインを中途半端なものにしてしまうのだ。
そんなことを考えるようになって、産学・産学官プロジェクトは控えめにするようにしている。ただ続けることは意味がある、続ければ必ず長期的な評価につながる、続けることも評価プログラムデザインの一環とも思っているので、今行っているプロジェクトは続けていこうと思っている。
「連携プロジェクト自体が目的化してしまう」「藝大さんと行うことが目的になる」みたいなことにならないように、評価プログラムの策定には今後も気を配っていきたい。地域活性化やデザイン開発において学生ならではの発想を求めるという安直な考えのプロジェクトは避け、学生たちが大学時代しかできない社会との繋がり方のできる場ができるかどうかを見極めてプロジェクトを実践していきたい。
たとえば自分の研究室が手がけたプロジェクトなら、秋田県の過疎地域の地域包括ケアの現状を、現場で働く医師やケアマネージャーさんの取材して冊子にまとめたが、それはものすごく有意義なものだったと思っている。ただそれも評価プログラムのデザインまではできていない。プロジェクトを行うなら中途半端にならないように、そう自戒して前へ進んでいきたいと思う。
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