家族だからといってなんでも言っていいわけではない
両親や配偶者、あるいは祖父や祖母、兄弟や子供。
家族だからといっても「言っていいことと悪いこと」があり、なんでも腹の中にあることをぶちまけていいわけではありません。
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僕は三兄弟の長男で、2つ下に妹、そして6つ下に弟がいます。
弟は現在東京で一人暮らし、そして真ん中の妹は両親と3人で暮らしているのですが、先日その妹が母に向かって結構ひどいことを言ったんですね。
ざっくり言うと、母に対して「だからお母さんのこと好きになれないんだよ。」みたいなことを言ったり、「お母さんのそういうところがダメなんだよ。」みたいな言い方をしたんです。
妹は親父と似てるところがあって、カチンと来るとかなりのところまで相手を追い詰めたり否定するような言い方をしてしまいます。
普段おとなしい分、溜まったものを一気に吐き出してしまうんだと思うんですが、さすがにそこまでは言ってはいけないだろうと、僕もひと言説教しました。
本人も言ってしまったあとにはいつも「またつい言い過ぎてしまった…」と反省するそうです。
でもカットなっている時は一から十まで言わないと気が済まないと。
それが身内だと思うと余計遠慮がなくなってしまうんだと思います。
ですが、母も毎回ひどく落ち込んだり深く傷ついています。
当然ですよね。娘から「好きじゃない」なんて言われて傷つかない親なんていませんよ。
だから僕もそこは強く言わせてもらいました。
「お前、親だからってなんでもかんでも言っていいわけじゃないぞ。」
「母ちゃんに対してそう思うのは、日頃からお前がそういう態度を取っているのが原因なんだぞ。」
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人間関係が上手くできない人は、この手のような変な先入観や偏見を持っている人が多いです。
「この人のこういうところが好きじゃない。」
そんな風に相手を見ていれば相手にもそれが伝わり余計不愉快な態度をとってきます。
当然ですよね。
悪意を持ってる相手にニコニコするやつなんているはずありませんから。
相手に好かれたければまず、自分から相手のことを好きなる。
相手を思いやる。
それが基本です。
精進料理の教えに【三心】というものがあります。
「三心(さんしん)」とは、道元禅師が『典座教訓』という書物に書いた教えのことで、主に食事を作る心構えが示されています。
そこに「喜心(きしん)」「老心(ろうしん)」「大心(だいしん)」の3つがあり、喜心とは、喜びの心です。
人間に生まれた喜びや感謝。今、目の前にある生命(食材)の恵みに対しての喜び。料理が出来る喜び。
老心とは、孫や子供を愛するような慈しみの心。
母が我が子を思うように、無償の愛情をもって調理すること。
料理を召しあがる人のことを思う「おもてなし」の心です。
大心とは、山の如く高く海の如く広い寛大な心で、どんな相手にも偏見や固定観念を捨て、食べる人のことを思うことです。
言葉も同じです。
相手への感謝、愛情、そして思いやり。
「ここまで言ったら相手を傷つけてしまう。」
そこまではどんなことがあろうと決して言ってはいけないんです。
一度ついた心の傷というのはなかなか元には戻りません。
言い方次第では一生消えない傷をつけることだってあるのです。
だからこそ日頃から自分を律することを覚えなくてはいけません。
若いからとか歳のせいでとかは関係ありません。
あなたもカッとなった時、つい言い過ぎてしまったりとことんまで相手を追い詰めて傷つけたりしてませんか?
「喜心」「老心」「大心」
食事を作る時だけでなく、日頃から相手と接する時には忘れてはいけない大事な教えです。
ぜひ心に留めておいてください。