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居候していた家の猫がいなくなった

たおやかな資質の猫だった

「猫は信用できない。猫は飼い主を裏切る」

私の大好きなビンおじさんが、いつものように大真面目におかしなことを言って、私とツレを笑わせてからわずか数日後、私たちが居候していた家の猫がいなくなった。

その日義姉の家に、ホームシアター級の大画面テレビが届いた。玄関のドアが開け放たれ、配達業者がテレビを家に運び入れた時、猫はまるで、大画面テレビと入れ替わるように家を出て行った。

「配達業者が訪れる前に、猫をどこか鍵のかかる部屋に入れて出られないようにすればよかった」

義姉によると、見知らぬ人が入ってくると猫は怖がることがあったそうだ。

たおやかな資質の猫だった。人間には人見知りもあまりせず、大人しく巧みに甘えてくるが、義姉によると隣の猫など、動物にはどう猛で残酷だったとのこと。



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彼女は全く取り乱さなかった

義姉はこの猫が来る数年前、紆余曲折を経て20年近く連れ添った人と別れた。

その情報を私たちに伝えた、ツレのもう1人の姉から「別れた○○の話は絶対彼女の前でしないでね」と緘口令を敷かれた。

その後私たちは、自分たちも良く知っていた彼女の前の夫のことは決して口にしなかったし、彼女も何事もなかったように、明るく振る舞っていた。


この猫がある日突然いなくなった時も、彼女は全く取り乱さなかった。嘆く様子すら見せない代わりに、猫の写真や特徴を記載した紙を100枚くらいプリントし、近所の貼れるところに貼って回った。

私たちも何度となく、猫の好きだったペットフードが入れてあった缶を持って、近所を探し歩いた。


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2度と猫を見ることはなかった

私たちが彼女の家を去った後も彼女はまだ諦めることなく数ヶ月間、町の相当遠くまで猫を探しに行っていたと聞いた。

印刷した紙を見て連絡してきた人も2人いたという。でも2人とも「似たような猫を見たことがある」というだけで、手掛かりにはならなかった。

猫を匿う事業者や、猫の亡骸を預かる機関にまで電話したりしたけれど、2度と猫を見ることはなかった。


義姉はちょっとしたイヤなことも冗談で笑い飛ばしてまわりも笑わせ、会話の中心にいて、切れる頭でみんなの代わりに決断する。

国家公務員として長く勤め、仕事が大好きで、とても多くの部下を指揮していたと聞く。

自分が忙しい1日の仕事が終わって帰宅後、テレビのスイッチを入れ、お気に入りのドラマを見るのが何より好きだった。

しかしそれ以上に、この猫をとりわけ可愛がり、愛おしんでいた。

あれからすでに何年も経って、もうとっくに猫のことは彼女も、まわりの人たちも諦めた。

彼女はいなくなった猫をくれた男性と交際を発展させ、今も継続している。

捨て猫を保護する事業者から、新しい猫も手に入れた。彼女はもう独りぼっちではない。

ある日、カフェで仕事をしていた時、彼女が外を通るのが見えた。ガラス窓の向こうで私には気づかないでいる彼女は虚ろで弱々しく見え、まるで失った大切な何かを今も探し続けているように見えた。
その彼女は、私の知らない女性であり、ありのままの彼女であるかのようにも見えた。


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