最後のマスカラ #毎週ショートショートnote
「これが最後のマスカラね」
祖母がにっこり笑って言った。
「最後なんて、またまだ元気でしょ」
「そうよね。あのね、このマスカラは、吉永小百合さんと共演した時に使った物なのよ」
何度も聞いた話だけど、毎回、初めて話すみたいに嬉しそうに話す、宝物のエピソード。
祖母は女優だ。女優と言っても細々と活動していただけで、ほとんど趣味のようなもの。役名も台詞も無いことが大半だった。
それでも「楽しいから良いの」と言って屈託なく笑う祖母が、私は大好きだった。
美容師の仕事で忙しい母の代わりに、いつも一緒にいてくれた。お転婆な私を叱らず、失敗しても「きれいに転んだねぇ」なんて褒めてくれた、優しい祖母。
成長して美容関係の学校を卒業した私は、普段はデパートの化粧品売場で働きながら、祖母の専属メイクになった。
それから3年。祖母は75歳になり、女優引退を決めた。
「今日はね、少しだけど台詞もあるのよ」
笑顔で言う祖母に最後のマスカラを塗りながら、私は涙を止められなかった。
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