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あの日教卓で弁当を食べていた君が…
僕たちは決まって教卓で弁当を食べていた。
高校生にもなると担任の先生はお昼休みの時間は教室から消え、教室は生徒だけの世界になる。
机をくっつけて食べるのは面倒だし、かといって一つの席で弁当を並べるのは狭すぎる。そこで僕たちの机より一回り大きな教卓で弁当を食べていた。5時間目の授業のはじめ、縮緬雑魚が教卓の上に落ちていて先生に怒られたことがあったが、怒られたのはそれきり。大した問題ではないようだ。
昼食時、他の教室を覗いたことがあるが、教卓で飯を食う生徒は見たことがない。僕たちはその意味で異質な存在であり、皆から「違和感」として見られていたかもしれない。
ただ、そんなことより、僕らには重大な違和感があったから、教卓で飯を食うことに違和感を覚えられることはなかっただろう。その違和感とは、一緒に弁当を食べていたヨシキの食べる量とスピードである。
弁当箱という概念はおそらく彼になく、彼はコストコで買った大きな保存用タッパーにこれでもかとギチギチに詰め込まれた重そうな弁当を毎日持参していた。ヨシキは強豪テニス部に所属していたため、所謂「食トレ」の一環で大量の飯を胃に入れなければならないのだ。
しかしその食べるスピードたるや、周東のベースランニングの如し。話しながら食べているのに、気づいたら彼の弁当箱(というかタッパー)の中身はなくなっている。いつの間にかホームインしていた周東に引けを取らない。
彼の食べるスピードがあまりにも早いものだから、お昼休みの後半、僕はいつも彼に飯を食べているところを見られながら食べていた。毎度、心中胸の内に秘めていたが、「人と食べる時間を合わせられない奴はモテない」と思っていた。これに関しては親友だからこそはっきり申し上げる。案の定、彼は別にモテるような存在ではなかった。
ただ、毎日教卓で弁当を食べていたヨシキが、「ごめん、オレ今日彼女と飯食べるからさ」なんて言おうものなら僕は寂しくて泣いていただろう。それくらいヨシキは昼飯に必要な存在である。僕からすればヨシキは「箸」だ。箸がなければ飯が食えないのと同じように「ヨシキ」なしでは弁当が胃に入らない。少々おおげさかもしれないが、僕にとって彼の存在は大きかった。
ーーー
高校を卒業したのはもう4年も前になる。僕は大学へ進学しこの春卒業を迎えた。彼は専門大学を卒業した後就職し、社会人3年目を前にしている。高校を卒業しても彼とは定期的に会っていたが、コロナ禍になってからはなかなか会えなくなってしまった。それでも、オンライン飲み会を催したこともあったし連絡はマメに取っていた。
夜中、彼と電話していたときのことである。
「結婚するんだよね~」
最近の進捗を聞くや否や、とても軽いトーンで彼は話した。
「へー…………えっ?」
僕は漫画や映画とかでよく見るやつを本当にやってしまった。
「オレ、結婚する」
「…………」
彼女が居ることは知っていた。しかしあのヨシキのことだからすぐに捨てられると思っていたが、まさかまさかだった。言葉が喉を通らない。どのような声をかけたらいいのか、いやそもそも自分の気持ちの整理ができなくてフリーズしてしまった。
電話越しでヨシキが笑っている。一瞬ドッキリかと思って、「本当か?」と確認したが本当だと言う。なんなら彼の横にそのパートナーが居たため、ご挨拶をし、「ヨシキを頼む」と言って電話を切った。
それから僕がヨシキに電話をすると、必ずといっていいほど彼のパートナーも会話に混ざるようになり、むしろ僕と彼のパートナーとの会話が大半を占めるようにもなった。ただ、気を遣わない相手とはいえ新婚生活の邪魔をしてはいけないと思い、連絡の頻度を少なくした。
それから数か月たったある日、時間を合わせて久々に電話をした。
「妊娠したよ~」
またとてつもなく軽いトーンで彼は口を開いた。
「へー…………えっ?」
なんか、前にもこのようなことがあった気がする。
「…………おめでとう、ヨシキ」
感極まって北島康介みたいになってしまった。それから彼のパートナーも交え、いつ出産予定なのか諸々、話をした。絶賛コロナ禍ということもあり、出産に立ち会うことはおろか妊娠中のパートナーの病棟に会いに行くことすらできなくなるという。
ならいっそのこと、入院する前に会いに行こうとも思ったが、もし僕がコロナに感染していたら、新しい命を殺すことになってしまう。そこからはもう、会いたくても会えない時期が続いた。
その時期は、出産後も続く。定期的に二人に電話をしていたが、それはすなわちスマホに向かって応援していただけということだ。出産後、二人はより忙しくなって電話もできなくなった。このまま距離が離れてしまうのではないかとも思ったが、親友の赤子をこの目で見たい。いや、父になったヨシキの姿を見たかったのかもしれない。
ーーー
2023年、3月。大学の卒業式に出席し卒業旅行で全国に赴き、大学生活最後の春休み、思い残すことはなかったかどうか、胸に手を当てて考えたとき、そこに大きなタスクが残っていた。
ヨシキはLINEの返信が遅いから、彼のパートナーに日程を確認し、彼らに会いにいくことになったのだ。
その前日、ご祝儀袋を買った。表紙に「寿」と記した。新札を詰めた。その行動ひとつひとつに、彼が父になったことを実感し、僕も少し大人になったと感じる。
手土産を持って、電車に乗り込んだ。彼の家へ向かう。はじめて向かう家だったから、行き方に少々手間取ってヨシキが近くまで出迎えてくれた。
「お久~」
高校時代、短髪だった彼の髪は長く、目が隠れそうなくらい伸びきっていた。
「髪、なっが。ちょっとキモイね」と僕は軽く挨拶をして玄関を上がった。もちろん、親しい仲にも礼儀あり。お邪魔しますと言って、少し震える手で手土産とご祝儀を渡した。
「あ、はじめまして」
彼のパートナーとは幾度もスマホを通じて話していたが、面と向かって会うのは初めてである。はじめましてなのだが、はじめましてではない絶妙な距離感。
彼女は照れくさそうに「はじめまして」と返答した後、続け様に口を開いた。
「寝てるよ」
この夫婦、実は会話をするときに主語がない。ただ、この空間にいるのは僕とヨシキとそのパートナーと赤子だけだ。つまり、寝ているのは赤子こと、ヨシキの娘である。
僕はヨシキに案内されて寝室に向かった。仰向けになってすやすやと寝ている人形みたいだった。
「かわいい~、てかヨシキに似てないね。似なくてよかったわまじで」
本音がこぼれたところで、しばらく眺めていると大きな目が開いた。
目がばっちりと合う。
「あ、はじめまして斉藤と申します。ヨシキがいつもお世話になっております」
なぜかは分からないが、僕は赤ちゃん言葉というのが使えないみたいだ。
「誰?誰?」
ヨシキが赤子の心情を読み取って通訳してくれた。
その後もあんた誰ですかという表情は消えなかったが、僕が持ってきた一眼レフでパシャパシャ写真を撮っていたら、一眼に興味を持ったらしく、笑顔が垣間見えるようになった。
写真撮影だけではなく、抱っこもした。思っていたよりずっしり重い。もう8ヶ月らしく、ご飯の量も平均と比べるとはるかに多いらしい。この点、よく食べるというヨシキの遺伝はポジティブに働いているといえそうだ。艶やかな肌。ぷくっとした頬、富士山みたいな三角形の唇。これは愛おしい。
そろそろ飯でも行こうと、外へ出る準備をはじめた。ヨシキが「その前に」と言って新しいオムツを手に取った。
「絶対うんちでてるだろーなぁ〜」
そこには、はみかみながらオムツを変える彼の姿があった。提出物をろくに出さなかった、あの問題児ヨシキが真面目な父親になっていた。
オムツを変えた後、彼のパートナーが抱っこ紐で赤子をヨシキに固定させる。ヨシキがおしゃぶりを咥えさせ、ゆっくり家を出た。そこから歩いておすすめだという町中華へ向かった。ゆっくり、時間という概念が存在しないのではないかと思うくらい、ゆっくり歩く。
思えば高校生のときの彼の歩くスピードは本当に早かった。しかし、今、彼の胸にはもう一つの命がある。
赤子も僕にずいぶんと慣れたようで、歩いているときは手を握ってくださった。僕にしてみれば人肌という人肌に触れるのは超久しぶりのことだったので、「人肌懐かしい!」と口にすると、「人と呼べるかは疑問だぜ」とすぐさま彼のツッコミが入った。
普通に歩けば5分ほどで着きそうな町中華屋さんまで、10分ほどかけて到着した。
「量、めっちゃ多いよ」と嬉しそうに話すヨシキ。僕は青椒肉絲定食を頼んだ。ヨシキは油淋鶏定食、彼のパートナーは単品で豚骨ラーメンを注文した。
提供スピードは思っていたよりずっと早く、料理はすぐに出揃った。定食は彼が言っていたようにボリューム感で溢れている。ヨシキは「おーすげー量だな」とつぶやき、満面の笑みを浮かべる。
食べている間、僕たちはたいていプロ野球の話で盛り上がった。その日も、高校生だったときも。
無論、野球の話だけではない。第一、彼はくだらない人間である。赤子に股間を蹴られて、「娘に息子を蹴られた!」と喜んでいるような人間だ。そんなくだらない彼の姿に元気をもらう。父になっても、なんら変わりのない、普遍的な少年の姿があった。
しかし、変わったことがひとつある。それは彼の食べるスピード。「先に食べててくれ」と僕は二人に言われ、彼らは赤子に持ち込んだ離乳食を与え始めた。
「ほんとよく食うな〜」とスプーンを娘の口元へ運ぶ父。彼は隙を見て自分の定食に手をつける。心地良い時間に見えた。父の定食はゆっくり、ゆっくりと減っていく。「あーちょっと冷めちゃったなあ〜」と、笑顔で呟いて自分の食事をするヨシキ。
大人になったな、お前。
教卓で弁当を食べていたあの頃、僕は彼から元気をもらっていた。彼は今、家族の「箸」になって元気を与える父になった。娘と共に成長していく親友の姿に、第三者の僕も元気を貰わずにはいられない。
彼の娘の成長はもちろんたが、今度彼と会ったとき、どんな男に、どんな父になっているのか楽しみだ。
どうか健やかに。
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