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Toho FC-810というカメラ

@cutnipperです。今回はTOHO FC-810を取り上げます。FC-810は東邦機械株式会社(以降TOHO)という会社によるメタル製大判カメラで、同社の大判カメララインナップにおける最大フォーマットを担っていました。ちなみに公式サイトの記載ではSHIMO FC-810という表記もされていますが、当時の雑誌でSHIMO名が使用されている形式がない為この記事ではFC-810と記載します。

下の方に有料エリアがありますが内容は全部無料で読めるようにしてあります。

カタログ的フルムーブメント状態

東邦機械というメーカー

TOHOはもともとオーディオ部品メーカーとして創業した会社で、カメラメーカーとしてはかなり珍しい出自の会社です。レコードプレーヤーの針を押さえているトーンアームという部品を主力とし、2000年代まで漆塗りなど高級ラインを維持していた様子。その辺りの記事がオーディオ系のサイトに残っています。カスタムメイド的な製品を得意としていたようで、現在では中古品を扱っているショップで検索してもあまり製品はヒットしません。

インターネットアーカイブ上のウェブサイトの記録は2010年7/22が最後となっており、このあと数年以内に消滅したものと思われます。当然ながら2024年現在では既に廃業していると判断せざるを得ず、アーカイブ上に残されている会社の住所を見てもそれらしい建物はなくマンションが建っています。ただしマンションが「東邦レジデンス」という名前なので、何か繋がりはあるかもしれません。

TOHOはオーディオ機器メーカーとしてだけでなく、産業用装置のメーカーとしての顔も持っていたようです。その辺りについて詳しく記載したサイトが残存しています。

産業機械やーディオの物を作る→カタログ撮影のために設計者兼社長が大判カメラの使い方を学ぶ→カメラを作って売り出す→カメラにシフトする、という流れだった模様。とかくカメラメーカーとしてスタートしたわけではないという素性からか個性の強いカメラをラインナップしており、最盛期はフルラインナップで4x5、5×7、8×10と一般的な大判カメラのフォーマット全てをカバーしていたばかりか、各種ホルダーアダプタなどを取り揃えていたのはなかなかのものと言えるでしょう。ヨドバシにも4×5の初期型であるFC-45Aのページがある為、入手の難しいカメラではなかったようです。

https://www.yodobashi.com/product/000000101354501229/

TOHO大判カメラの発展

4x5判モデルFC-45A/FC-45Sの登場

TOHO大判カメラのラインナップは1991年2月1日頃発売の4x5判カメラFC-45A 、及び45Sという2機種に始まります。定価は11万8000円、発売から5ヶ月後の同年7月末まで9万5000円での特価販売であった旨がアサヒカメラの1991年3月号に記録されています。このうち45Aが後のモデルの基本型となり、TOHO大判カメラの方向性を形作りました。

45Aの重量はそれぞれ1,100g,これは2024年現在の視点から見ても超軽量機です。穴空きの角形レールから垂直に支柱が立ち上がり、蛇腹と接着された枠部を咥え込むと言う構造は既にこの時点で完成されており、より大型のフォーマットを扱うために開発された後継機種でも変化しませんでした。レールは長短2種類が用意され、短レールは30cm、長レールが40cm。長レール使用時の最大フランジバックは370mmを確保しています。僅か10センチの差で長短を用意したのはテレタイプの望遠レンズを500mmまで使用するためとの説明ですが(アサヒカメラ 1996年3月号 pg. 130)、大判カメラ、テレタイプ、500mmということはまず間違いなくニッコールT ED 500mm F11(フランジバック349.9mm)の使用を念頭に置いたものと思われます。

同時に発売されたFC-45Sは重量1,150g、レンズボード部以外45Aとは全く別物の設計だったそうで、フロントにL型フレーム (リンホフ・カルダンマスターTLホースマン45Lのような物か?)を搭載していたとされます。ですが、当時の雑誌やカタログ等にも写真がなく実態が全く不明となっている機種です。あるいは販売されていないのかも、とも思いましたが、アサヒカメラの1996年3月号という比較的後の時代の機種紹介にも記載があり、どれだけの数量が出たかは別として販売されていたこと自体は間違いないと結論してよさそうです。

いずれにせよ45Aと45Sはどちらのモデルともメタル製であること、重量が僅か1.1kg程度しかなく4x5判カメラとしては木製フィールドカメラ級で極端に軽量であること、そして独自の円形レンズボードを使用する事を大きな特徴としていました。TOHOはこれらの特徴を維持しつつ、モデルのバリエーションを増やして行く事になります。

8x10モデルFC-810の登場

続いて1992年、本エントリで取り上げる8x10モデルであるFC-810が発売されました。FC-45A/Sの発売から僅か1年での導入にカメラ業界に後発として参入した当時のTOHOの勢いのような物が感じられます。同時にこの迅速な商品展開は市場からの期待を受けて、という側面もあったようで、FC-45が発売された際にその軽量性を目の当たりにした大判カメラユーザー達は、同様の構造でより大きなフォーマットを作れないかという期待を頂いたようです。これは決してアマチュアの写真家だけでなく、雑誌に記事を書くようなレベルのカメラマン達まで含めて頭を過った普遍的な物であったらしく、日本カメラ1992年5月号にてFC-810のレビューを行った保坂健氏は以下のように述べています。

ちょうど一年前に、東邦機械(株)から4x5インチ判のFC-45が発売された。私はこのカメラを見た時、これは今までの4x5カメラとは違うと確信した。(略)さっそく社長であり設計者でも下田晴忠氏に取材を撮らせていただいた。その時、「この設計ポリシーで8x10カメラを作ってはいただけないか」と話した。重量的に負担の軽い8x10がかねてから欲しかったからだ。

日本カメラ 1992年5月号, pg.266

機構としてはFC-45の設計を維持した拡大版という趣を持っており、順当な発展型と言えるでしょう。

アサヒカメラ1992年8月号では玉田勇氏が試作型FC-810を用いてのレビューを掲載しており、FC-45Aに対しての変更点がわかりやすく列挙されています。

“(略)ティルトアオリ機構がモノレール取り付け金具の軸受部から前後枠支持軸の上端へ移り、スイングアオリの回転軸が画面外から画面内へと変更担っている。そのため、今までティルト/スイングアオリ操作時に生じた画面移動やピントの移動は少なくなり、操作性は向上している”

“(略)モノレールが断面積で約2倍、前後枠の支持軸が約60%太くなり、前後枠取り付けクランプのくわえ面の大きさも4倍担っている。各止めネジ類も直径で25〜50%前後太いものを採用するなど、各部の強化を測っている。”

アサヒカメラ 1992年8月号, pg240

FC-45の円形レンズボードはアダプターでの対応にとどめた上でジナー互換の140mm角ボードを採用しています。8x10はどうしても使用されるレンズの焦点距離が長くなること、明るくてICの大きいレンズが必要になること、そしてそれに合わせて使用されるレンズシャッターユニットも3番等大型化すること等から機材が重厚長大化する事は避けられません。こういった物理的に大きなシャッターとそこに付属する重量のあるレンズを使用する事を考えれば、下手に独自規格に拘るのを止めてある程度以上のフォーマットにおけるデファクトスタンダードに近いジナーボードを採用した変更は合理的と言えるでしょう。併せてレール、各種部品、止めネジ等も強化する事で8x10というフォーマットが扱う重量に耐えられる強度と剛性を全体に与えています。

5x7モデルFC-57の登場、フルラインナップ化

その後94年に4x5と8x10の中間である5x7判型用モデルであるFC-57が発売されます。これによりTOHOはメタル製フィールドカメラで4x5、5x7、8x10と一般的なフォーマットサイズを全てカバーするラインナップを持つことになりました。

FC-45 -> FC-810という拡大では基本的な構造を共通としつつも各部品は大型化や強化するなど再設計されましたが、FC-57はFC-810の部品をそのまま流用しつつ5x7判に対応する為にフレームの上に載っている前後枠+蛇腹を縮小する形で作成されました。 レール等は共通部品であることから、田中長徳氏はFC-810とFC-57の関係性を共通アーキテクチャ上に構築されているカメラであると評し、FC-810ユーザーは「カメラの上半分」を購入すればコンバートが可能と説明しています。猶国内でマイナー寄りのフォーマットである5x7を作成したのはユーザーからの熱心な声があったとのことで、この独特の判型を使うユーザー達の強い愛が感じられるエピソードです。(田中長徳, p.g 248, 日本カメラ1994年2月号)

FC-45Xの登場

FC-45A/45S, FC-810, FC-57とフルラインナップを揃えた後のTOHOは、FC-45Aの設計にFC-810/FC-57の設計を反映させたFC-45Xを発売します。FCシリーズ最後のフルムーブメント機となったFC-45Xは、FC-810<>FC-57の関係とは逆にFC-45Aと枠/蛇腹部を共有し、更新されたレール部を組み合わせることによって成立しています。

この為、前述の田中長徳氏的言い回しをするならば「下半分」、レール部と支柱部のみを購入することで既存のユーザーもアップデートする事が出来たようです。FC-45Xのレールは従来のFCシリーズが使用していた銀色の穴開き角材とは異なり、Linhof Kardan Master TLのレールを薄く小さくしたような暗い色の平レールでした。特筆すべき機構としては全体がベース板の上に前板と後板を取り付けたようなテレスコピック式の構造を持っている事があげられ、この前後板を引き出す事でレールの継ぎ足しや交換なく400mmまで延伸、これにより前後枠間364mmを達成してテレタイプの500mmレンズの使用を可能としています。逆に広角側では前後枠間436mmまでの短縮が可能とされ、これはSchniderのSuper-Angulon XL 38mm F5.6で無限遠が出せる事を意味します。

ユニークな点として、公式サイトによればレール部の色を標準の黒以外に別注で緑、青、赤、灰、そして金色へ変更することが出来たようです。とはいえ果たしてどれだけこれらのカラーバリエーション仕様が販売されたかは定かではありません。2024年現在目にする固体は100%黒レールであることから、もしカラーバリエーションタイプが流通したとしても極極少数に留まっていたのでしょ。

その後のTOHO

アオリ機構を完全に排した代わりに4x5のメタルカメラとしては空前絶後の重量1kg切りを達成したShimo FC45Miniを発売します。

その後時代と共に段階的にラインナップを縮小、前述の通り2010年前後にTOHOカメラはその系譜にピリオドを打ちます。実際に製造されたカメラはそれぞれに特徴のある6機種、FC-45A, FC-45S, FC-810, FC-57, FC-45X, Shimo FC45 Mini、無理矢理に設計種別で分けるのであれば45A系(45A), 45S系、810系(810, 57, 45X), 45Miniの4系統と、基本設計を変更しないままに長期間同一製品を製造する(例:トヨフィールドシリーズ)事の多い大判カメラメーカーとしては例外的なまでに多産のメーカーでした。

TOHO FCシリーズの特徴

FC-45, 57, 810に共通する大きな特徴として、ほぼ全ての部品が金属製のカメラでありながら"FC"=フィールドカメラという名称である通り野外に持ち出すことを前提とした非常に軽量な構成となっていることがあげられます。寧ろFCシリーズの機構は、機能を無駄にせず軽量化する為の物と言っても過言ではないでしょう。

FC-45Aが公称重量1.1Kg、後継のFC-45Xで公称重量1.4kg。これは軽量なメタルフィールドカメラであるホースマン45FAに対して600g、ウッドカメラのタチハラホープに対しても300g、特殊な機種を除いて最軽量級であるホースマンのウッドマンに対してもまだ50g軽量であると記載すればその徹底した軽量化の程がイメージできるでしょうか。ニコンZマウントの標準レンズであるZ50mm F1.2単体の公称重量が約1.1kg、これに例えばニコンZFを付けると更に710g追加で合計1.8kgですから、4x5判を扱うメタルのカメラとしてはで驚異的な軽量機と言えます(勿論写真撮影の為に必要な一式で2kgを切るミラーレスカメラとボディのみで1.4kgの大判カメラを比較するのはフェアではありませんが)。

FCシリーズ最大フォーマットの810ですら約3kg、レールを延長した状態でも3.4kg。これは超軽量木製フィールドカメラのイントレピッド810を僅かに200g(600g)上回る程度でしかなく、ともすれば4x5のメタルフィールドカメラであるリンホフのテヒニカシリーズやトヨフィールドシリーズと比較されるべき重量レンジです。この重量は、例えば肉抜きをする事で重量を削減しているレールや、そもそもメタルフィールドカメラのような折り畳み機構自体を排して現場での組み立てを前提とした構造によって達成されています。

組み立てを前提としたことで畳むための機構が不要になった結果、FCシリーズはどれも一本のレールから前後フレームが並行に立ち上がるビューカメラ的な構成を持ちます。構造がビューカメラ的となったことで軽量機にありがちな重量削減を目的とした機能の妥協は最小限に抑えられており、前後ともにフルムーブメントが可能。メタルフィールドカメラでは往々にしてオミットされがちなリアフレームのシフトとライズ/フォールも可能です。結果としてFCシリーズの可動域は一部のビューカメラに対して優っている部分すらあります。

折りたたみを前提とせず輸送時はバラしてケースに収納して必要な時に組み立てとする構成は、どちらかというとビューカメラ的と言えます。その意味でFCシリーズは超軽量ビューカメラ的なフィールドカメラと言う事が出来るでしょう。

フィールドカメラ的ビューカメラ/ビューカメラ的フィールドカメラとして

フィールドカメラ的ビューカメラ、またはビューカメラ的フィールドカメラという折衷アプローチはTOHOが最初のものではなく、例えば黒檀とチタンという豪華な構成で知られるエボニーは折りたたみ式ビューカメラとでも呼べるラインナップ (6x9で23S, 45で45S(U)、5x7で57S系列)を揃えていましたし、カーボン素材を多用することで軽量化したCarbon Infinityはビューカメラでありながら3.3kgという重量を達成していました。現役大判カメラメーカーであるK.B Canhamの看板製品であるDLCシリーズ (4x5判: DLC2,  5x7判: MQC57(ディスコン), 8x10判JMC810)はフィールドカメラ的折りたたみカメラでありつつも独創的な設計で大きなアオリ量を確保しています。しかし、逆にいうとこの程度しか名前が上げられず、かつどの機種もTOHO級の重量を達成できていないのがこの折衷アプローチの難しさなのでしょう。即ち、ビュー的なフィールドカメラ、またはフィールド的なビューカメラとはどっちつかずになってしまいがちなのです。そしてフォーマットが大きくなるにつれ求められる剛性は上がり、その剛性を確保する為に重量が増大し……

そんな中でFCシリーズはそのアプローチの数少ない成功例と言えます。 そしてそれは、東邦機械が元々カメラメーカーでないという理由と無関係ではないように思えます。往々にして、スタート地点がカメラ製造でないメーカーの作るカメラには独創的な機構を持った物が多く存在します。例えばハーフ判レンズ交換式レンジファインダーという空前絶後の極北を作り上げたのはバイクメーカーのDUCATIでしたし、最終的にカメラを作り上げるためという目的があったとはいえ、ブロニカが余りにユニークな機構で各種機能を達成しているのはライター等全く別の製品を製造していたという事実と無関係ではないのでしょう。

円形レンズボード

前述の通りToho FC-810は一般的なジナー互換の角型ボードを使用する為直接関係があるわけではありませんが、Tohoカメラのアイコニックなデザインである為Toho円形レンズボードについて少し記載しておきます。

近代的な大判カメラはまずレンズ(+レンズシャッター)を穴の空いた板であるレンズボードに取り付け、そのレンズボードをボディに取り付ける形でレンズをマウントします。レンズボードはフォーマットやメーカーを問わず四角形を基本としているのが普通であり、例えばトヨフィールドなら110mm角、トヨビューなら158mm角とサイズに差こそありますが四角形のレンズボードを使用します。

ところが、FC-45A/45S以来TOHOの4x5モデルはφ100mm, t=3mmの円形レンズボードを使用する大変に珍しい構造を持っています。このレンズボードは他のメーカーが採用した形跡が無いTOHO独特の意匠でした。ただ円形にしただけでなく、その穴の位置を偏心させることでムーブメントの移動量を増加させる、あるいは微妙なムーブメントの組み合わせを可能としているのは、設計者であるTOHO下田社長自身が大判カメラのユーザーであったからこそのアイディアでしょう。大判カメラユーザーであるならばフレームの位置を変えずにほんの少しだけライズ/フォールやシフトができるということがどれだけ撮影の手間を省いてくれるか想像するのは難くないはずです。

レンズボードの穴を中心からずらすというアイディア自体は、大判カメラの雄たるリンホフがテヒニカIV型以降採用しているリンホフボードで先行例があります。偏心円形レンズボードはこの発想を更に前進させたものと言えるでしょう。大判カメラユーザーの方なら一度はご覧になった事があるであろうKelly L Thalmann氏のウェブサイトには後期のモデルであるFC-45Xのレビューが存在しており、トーホー円形ボード、及び凸ボードの鮮明な画像を見る事ができます。

Thalmann氏のサイトでも見る事が出来ますが、この円形レンズボードのクランプ機構は大判カメラにおけるレンズボードのデファクトスタンダートたるリンホフボードを斜めに挟み込む形で使用できる構造となっています。流石に凹ボードは使用できず、リンホフセンターのボードとは相性が悪いそうですが、機構としての独自性を十分に発揮しつつ互換性を確保する設計と言えるでしょう。ちなみにこのTOHO円形レンズボード自体は米国の大判カメラ用レンズの改造等で有名なS.K Grimesにてまだ入手が可能です。

TOHOカメラの受容

TOHOのカメラは2024年現在でこそドマイナーなカメラになってしまっておりウェブ上でアクセスできる情報も大変に限られていますが、FC-45A/45Sが登場した当時はそれなりにエポックメイキングであったようです。例えば日本カメラの91年5月号、「第20回国際プロフェッショナル・フォト・フェア座談会<私の選んだベスト5>」と題された田中長徳、那和秀峻、野沢大、保坂健という写真家4名による座談会において、FC-45については以下のように好意的なコメントが記録されています。

保坂健
"私は実は、これを今回のナンバーワンに入れたんです。4x5というのは本来重さがないと安定性がないと言われてきたんですが、ボディだけで1.1キロとひじょうに軽いんです、これは。本当に指1本で持ちあがる。しかし、トーンアームを作っているだけあって、締め付けネジや仕上げはひじょうにしっかりしていると思います。こんなに軽くても、十分ちゃんと4x5が撮れますね。"

那和
"(略)作りからも価格からも4x5カメラの入門機としてはベストではないかなって気がします。"

日本カメラ 1991年5月号, pg. 252-253
第20回国際プロフェッショナル・フォト・フェア座談会<私の選んだベスト5>

トーホーが公式サイトに掲載していたスペックは以下の通り。参考までに8x10ビューカメラからジナーPとトヨビュー810、フィールドかメラタイプからトヨフィールド810MIIとIntrepid 810を記載しました。数値から一目瞭然ですが、FC-810はムーブメントの自由度で完全にビューカメラ的でありながら、その重量でフィールドカメラ的、それも超軽量の部類に入ることが伺えます。おそらく当時のプロからの要求であったのでしょうが、ニッコールT ED1200mmを使えるベローズ長の800mmを確保していることの記載がある辺りに時代を感じます。そしてこのニッコールT ED1200mmを使用できるというスペックについてはトヨもトヨフィールド810MIIのスペックに記載しており(こちらはベローズ長820mmで同レンズにおいて20mの接写ができることを謳っている)、それなりに普遍的な要求であったことが伺えます。

FC-810実機見聞

では実機を見ていきましょう。

全体図

レールの前後に前後フレームが取りつく構造はやはりフィールドカメラというよりビューカメラと考える方が正しいのでしょう。前後のフレームはそれぞれ下から接続ユニット、支柱を持つベアラー、そして蛇腹と一体化された前後の枠へと繋りカメラを構成します。軽量化を意図してかレールが穴開きの中空となっているところは執念でしょう。レールから枠に伸びている支柱部は一見華奢に見えますが、角材でかなり頑丈です。ライズとフォールはこの支柱自体のロックを緩めて手で上げ下げする形で行いますが、それなりに重量のある枠が(及び前フレームの場合はレンズも)取り付いている為、注意して取り扱う必要があります。(特に減速機構はついていないので自由落下してフレーム同士がぶつかるor手を挟む)

レンズボード固定部

レンズボード取り付け部

前述の通りFC-810はジナーボード互換の□140mmボードを使用します。目盛が向かって右と下についているのが見えますが、これは縦横切り替え時に上部を丸々横倒しにするという機構の為です。レンズボード止めは上下ともにスライドさせてロックするタイプ。これもやはり横倒しにした時でも確実に固定する為でしょう。

レール

短レール
直接設けられている三脚穴

レールはFC-45A/57/810に特徴的な穴空きの角材で、構造は全く同一の460mmと360mm、長短2本が付属しました。当然長レールを使用した際は若干重量が増え、3.1kg (vs. 短レール時3kg)となります。

レールのほぼ中央に三脚穴が設けられています。ある面は1/4インチネジ、その反対側の面には3/8インチネジの穴が設けられており、ネジの種類に関係なく使用する事が出来る作りです。

ちなみにレールの前にフレームを押し込むことで超広角モードに出来ます。雲台のサイズにもよりますが、ハスキーでやるとあまりにギチギチになるのでオススメしません。この場合は長レールでやるのが正解です。

レール連結ユニット

レール連結ユニット

FC-810のセットにはレール連結ユニットが同梱されており、前述の長短レールを接続して一本のレールとして使用する事が可能です。猶このパーツの三脚穴は1/4インチネジのみで、残念ながら3/8インチネジの雲台には接続できません。2024年的用法としてはアルカスイス互換クランプを使用するでしょうから、実用上問題にはならないでとは思いますが。

長短レール接続時

レールの端を抑えこむ形なので重量で大きく撓みそうな雰囲気がありますが、やはりガタ無く斜めにレールを固定するからでしょう、殆ど気になりません。この状態で総重量が3.4kg程度、Nikkor TED 1200mmの使用が可能になります。

FC-810の最大長状態

蛇腹サポート

連結ユニットを使用した際に前後枠をいっぱいに離してしまえば問題ありませんが、焦点距離によっては連結は必要でもギチギチにならない場合もあるでしょう。その際は蛇腹の撓みが問題になります。

撓んだ蛇腹

ビューカメラでは中間フレームを使用して、フィールドカメラでは蛇腹自体にストラップやベルクロを取り付けて撓む分を収納する形で対応する問題ですが、FC-810の場合は専用の蛇腹サポートユニットが付属します。単純なロック機構のついた棒ではあるんですが、簡単で効果的に蛇腹を支える事ができます。

レールとベアラーの接続ユニットまわり

レールとベアラーの接続ユニット

非常に特徴的なレールと支柱周りの固定構造。穴開きの角材を斜めにクランプする構造がユニークです。しかし着実に固定するという意味で斜め二点留めは正しいチョイスでしょう。インダストリアルな香りが漂います。フォーカシングの為にフレームを前後させる時は左手側の斜め下向きネジ、ライズ/フォールの際は右手の水平ネジ。操作に混乱を生じさせない為の配慮でもあるのでしょうか。ローレットの刻みが違うあたりもシビれます。

リヤの接続ユニット

リヤも基本構造は全く同じですが、フォーカシング用の微動機構が追加されています。上写真の左にある真下向きのネジがついているユニットがそれで、リヤの接続ユニット内にラックギアを突き刺す形を取ります。ユニット内のピニオンをユニット上部の大きなネジで回す事で微動させますが、構成上無いとレールに位置が固定できないわけではないので、究極的に重量を追い求めるのであれば使用しないことも可能です。

ベアラー支柱部

垂直に立ち上がる支柱部には青と青の線が引かれており、ライズ/フォールの目安になります。こちらも斜め方向から固定しているのがわかります。

ベアラーと枠の接続部まわり

ベアラーの最上部、枠部のクランプ直下の前後にはノブが3つ(上から大黒ノブ、背面にある銀ノブ、そして前の小黒ノブ)設けられており、それぞれ異なった役割を持ちます。この構造は前後フレームの支柱部で共通です。

  • 黒ノブ(大): 蛇腹付き枠のクランプをロックしているノブです。左右シフトの際、及び縦横変換の際に使用します。

  • 背面銀ノブ: 左右スイング用のノブです。緩めると大黒ノブを含む上部の枠支持機構が360°回転するようになります。

  • 黒ノブ(小)x2: 直ぐ下にある大きな銀色の回転軸のロックで、緩める事で前後のチルトが可能です。チルト量を定量的に図る事は出来ない物の、軸の赤ドットと機構の白線を合わせる事で中立を出す事はできます。

構造を見て気付く方もいるかもしれませんが、少なくともFC-57/810のベアラーは機構自体として左右スイングには制限がありません。枠が無い状態ではロックを緩めれば360度回転します。また、前後へのチルトも前後100-110度ずつ程度の稼動域を持っており、挙動に制限を加えるのは蛇腹という作りになっています。これは前述のビューカメラ的フィールドカメラとして例を上げたK.B CanhamのDLC45シリーズと似た構造です。

リアシフト

背面

8x10判カメラらしい大型のピントグラスは標準で方眼、角のケラレ覗きの切り欠き付きのガラス製です。クリップ止めのタイプなので交換も可能でしょう。見えは悪くありませんが、拘りのある人は交換しても良いかもしれません。向かって左に垂直に、また中央下部支柱のクランプ周りに水平に入っている切り欠きが左右シフト用のレールとしての働きをする溝です。ベアラーのクランプ部にこの三角の切り掛きとマッチする形で突部があり、位置が決まるようになっています。非常にシンプルながら実用上必要な強度と精度を持たせた美しい意匠と言えるでしょう。

←方向にシフト

左に最大までシフトした状態。シフトガイドの溝は刻みが縁では浅くなっており、クリアランスを狭くする形でブレーキがかかる為に枠がスポッと抜けてしまう事故は起きません。

Intrepidやトヨフィールドといったフィールドで使用する事を前提としたカメラはリアでの左右シフトを備えていない傾向があり、フルムーブメントの木製カメラを得意としていたEbonyですら8x10フォーマット機では折り畳み機/非折り畳み機を問わずリアのシフトをオミットしていました。当然フロントシフトの量が十分にあるならそれで問題ないじゃないか、という主張はその通りですが、軽量機でありながらリアにもフルムーブメントがついているのはFC-810の大きな特徴と言えます。

シフト量は縦横時を問わず左右65mmと大きく、この値はビューカメラの雄であるトヨビュー810のリア(左右60mm)やSinar P2のリア(←60mm / 20mm→)を上回っていました。

終わりに

というわけでFC-810とその兄弟機達についてポロポロと書き殴りました。8x10機でありながら重量3kg前半、十二分以上のムーブメント、そしてメタルという安心感。FC-810はカメラとして大変に面白い存在であり、その他FC-45やFC-57も決して奇をてらっただけのカメラではない代物です。発売当時それなりに認知された存在されたカメラであった事は間違いありませんが、2024年の現在ではすっかりマイナーになってしまった時代の徒花。どうぞ探してみてくださいとは言い辛い物の、機会があったら手を出してみてはいかがでしょうか。

おまけ)カメラスペック比較

4x5カメラ比較

FC-45系の"/"は左が横構図、右が縦構図。
360や90<表記は実際のところ蛇腹に邪魔される事に留意

5x7カメラ比較

FC-457の"/"表記は左が横構図、右が縦構図
360や90<表記は実際のところ蛇腹に邪魔される事に留意

8x10カメラ比較

FC-810の"/"表記は左が横構図、右が縦構図
360や90<表記は実際のところ蛇腹に邪魔される事に留意

おまけ2) 自作レールクランプの件

前述の通りレールを直接雲台にマウントするとベアラーが干渉する、、さりとてアルカプレートをつけても一点留めなのでθ方向に力が加わるとグニっと回ってしまう、というわでCADで図面引いて作りましたレールクランプ。メタルの切削で下部がアルカスイス互換になっています。固定はレールの穴に動画リグ等で使用される1/4ネジで固定します。

組立時

組立るとこんな感じです。前枠の支柱の干渉を避ける事が出来、恐らく120mm以下ぐらいまで無限が出るようになりました。

お役立ちリンク

FC-45Xレビュー by Kelly L Thalmann氏

FC-45A/45Xプレビュー by Brian Breczinski氏 / Q.-Tuan Luong氏 (Largeformatphotography.info内)

FC-45Xレビュー by Obakesan氏

FC-45Xレビュー by Kyu-hachi TABATA氏

FC-45X 紹介 @ Prograf

FC-45X紹介 by Mark Darragh氏

参考文献

ファーストレビュー トーホーFC-810 / 保坂健/p266~267,『日本カメラ』(610),日本カメラ社,1992-05. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7918600 (参照 2024-05-12)

MECHANISM 新製品試用速報 東邦FC-810 / 玉田勇/p240~241,  アサヒカメラ』77(9)(769),朝日新聞出版,1992-08. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7969963 (参照 2024-05-12)

MIECHANISM 新製品ニュース/p203, 『アサヒカメラ』78(5)(779),朝日新聞出版,1993-04. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7969973 (参照 2024-05-12)

MECHANISH トーホーFC-57&パノラマボード / 田中長徳/p248~249, 『日本カメラ』(631),日本カメラ社,1994-02. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7918621 (参照 2024-05-12)

特報1:第20回国際プロフェッショナル・フォト・フェア 座談会<私の選んだベスト(5)> / 田中長徳 ; 那和秀峻 ; 野澤勝 ; 保坂健/p248~255,『日本カメラ』(598),日本カメラ社,1991-05. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7918588 (参照 2024-07-08)

TOHO FC-810ページ(Internet Archive) 

https://web.archive.org/web/20010813194418/http://www.toho-machine.co.jp/FC-810.htm

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