ヘモグロビン2.4で緊急入院 - 退院日
「mariさーん、採血ですよー」
まだ起床時間前にも関わらず、ガラガラとカートの音がして私のカーテンの前で止まった。
この病院は、ベッドを仕切るカーテンはともかく、窓にかけておくカーテンまでとても薄い。6時近くになると、陽の光が透けて明るくなっている。朝日で自然に目を覚ます癖は、このたった4日間の入院中に身につけた。
これで今日か明日あたりに検査結果が出て退院日が決まるのかな、などと考えながら採血を受けた。
自傷瀉血をしていたときもそうだったが、私は肘裏の肘正中皮静脈が浮きにくい。
看護師さんでも刺しづらいのか、採血はいつも手の甲から行った。
「手の甲の採血は痛いから、ここからしか取れなくてごめんなさい」と丁寧に言っていただいたが、22Gの細い針では大した痛みもない。
6時前の、起きたての血を提供して、一日が始まった。
退院時の採血結果
採血結果が出たのは、予想に反して午前中だった。
主治医の先生が回診に来て、ヘモグロビン値が10まで上がったことを告げてくれる。
まだ多少貧血気味だがこれなら退院できる程度でしょう、とのことであっさりとその日中の退院が決まった。
退院時の採血結果。
ヘモグロビン値が10.8まで上昇している。
4本の輸血と、4日間の鉄剤服用でHb2.4からここまで上がるのかと驚いた。
体はすっかり健康体で、歩けなかったのがまるで嘘のように動き回れる。
その健康さがなぜか少し悲しかった。
退院に向けて荷物をまとめる。
とはいっても救急搬送されたため、中くらいのハンドバッグ一つと売店のビニール袋しか持っていない。
たった4日間の入院にも関わらず、ほどほどに量のある荷物を詰め込むのは一苦労だった。
退院手続きへ
看護師さんが退院の時間を聞きにきたとき、もう荷造りが終わっていて少し驚かれた。
医事課の方が請求書を持ってきてくれるらしく、それまでベッドから窓の外をぼんやり眺めていた。
この環境で過ごせるのもこれでおしまいかと思うと名残惜しい。
請求書は数十分ほどで受け取ることができ、いよいよ退院手続きのため受付へ降りる。
なにせ着の身着のまま出てきたため、財布にも十分なお金が入っていない。
一旦コンビニへ出てATMで現金を引き出す必要があった。
コンビニまでの60m、うだるような暑さを通り越して焼けつきそうなほど。
入院中に梅雨明けしたため、すっかり季節が変わってしまっている。
ATMでお金を下ろした後、思わずアイスを買って外のベンチでかじった。
退院手続きはスムーズに進み、限度額適用認定証のおかげで費用もそこまでかからなかった。
ヘモグロビン値が上がったからと言ってもまだ家まで電車で帰る自信が無く、タクシーを待つ。
帰路
病院にタクシーがつくまで7分。
タクシーが自宅につくまで20分。
窓から景色を眺めながら、全然知らない道だな、とか、少しだけ地元に似てるな、なんて考えていた。
少しだけ開けられた窓から吹き込む風が気持ちいい。
自室の中はどうなっているかの心配と、病院への名残惜しさについて考えていたらあっという間に到着してしまう。
アパートに到着して、4日前は階段からドアまでのこの短い廊下すら歩けなかったのか……と驚いた。
家の中は心配の割に変わりが無く、元気になった体で少し掃除機をかけた後横になる。
台風のように事が過ぎ去り、疲れていた。
退院後の生活
退院してからまだ一度も自傷瀉血はしていない。
あれだけたくさんの医療従事者の方々にお世話になって、中には真剣に心配してくださった方までいるのに、以前の二の舞なんてことにはとてもできない。
病棟での生活を思い出して少し悲しくなることもある。
実際に涙を流すことも少なくない。
でも自分を傷つけようとは思わない。とりあえず今のところは。
今までにODや自傷で入院したことは何度もある。
しかし、そのときはほとんど精神科の閉鎖病棟だった。
もしかしたら内科に入院したのは初めてかもしれない。
内科病棟の快適さには大きなジェネレーションギャップを抱かずにいられなかった。
精神科だと療養病棟や開放病棟でもこうはいかない。
今回の入院が一番死に近づいた瀬戸際のものだったと思う。
にも関わらず驚くほど快適だったのはやはり科が違うからなんだろうな、と改めて考える。
喉元過ぎるまで体を労って生きようと思う。
自傷は完全にはやめられないかもしれないし、いつ再発するか自分でもわからない。
それでもしばらくはこの健康体に感謝して生きていきたい。
そんな入院体験でした。