恋をした
夕方思いがけず掛かってきた電話から聴いた声があまりにもいつも通りで泣きそうになった。
10年くらい前に流行ってすぐに廃れたJ-POPの歌詞みたいな既視感を超えて、刹那、心が感じてしまった圧倒的な安堵にいまだに戸惑っている。
ゆらぐということは、どこかに芯があるから起こるんだと思う。愛しさは、ゆらぐ。
私はいわばロココ調の、美しいだけでいいかげんな作りものばかりを恋と疑わず、いたって清廉に誠実に繰り返して、その都度すぐにぶっ倒れた。
起き上がらないのは自分の意思なのに、起き上がれないのをいつしか相手のせいにして、果ては、なんだ忘れさせてくれるんじゃなかったのか!と約束もしていないのに「時間」というそもそもの概念を非難し、そのくせ自分を慕い寄ってくる他人に対しては何故か恐怖しその反動かいつもひどく冷たくあしらってしまうという有様だった。
そうやって生きてきたからなのだろう、いまだに少し気をぬくと口角がだだ下がっているようだ。
そして毎回「なんだか顔色が悪いね?」と他人から指摘されないとそのことにすら中々気付かない。
初めて挨拶を交わしたときからこの人はいい人だな、と何の確証もなく思い、近い将来いとも簡単に詐欺にでも遭いそうなこんな自分を笑い、この「自嘲」といういかにも中二病的な状況とそれにそぐわない実年齢に大きく絶望する。
地方遊園の微妙にスリルに欠けるジェットコースターのようにがたんごとんと感情が動くその鈍い轟を味わいながら、ぎこちない姿勢で一度は地上へと降り立つ。
振り返る。
君は優しい。
いつも私にする、目に見える振る舞いが特別優しいとは思わない。
誰にでもそうするのかも分からないその声に、目線に、いちいち心は撫で回され歓喜し、猫のように喉を鳴らして君に擦り寄りたがり飼い主の私をひどく困らせるのだ。
心はいつも私には懐かない。
だから、死んでしまう前に言いたい。
どうしようもなく凡庸だけど一度だけ、君だけに聴こえる周波数でそっと。どうか。
それを、拾ってください。
※この小説はカクヨムにも掲載しています。